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最終章 そこに踏み入るには

第218話 臓器

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◇◇◇


 北軍の謀反から数か月が経ち、ザキュリオの王都も賑わいを取り戻していた。

 王宮が見える本通りには屋台が建ち並び、行き交う人々もどこか忙しそうだ。しかしその表情は、以前のような朗らかなものとは違う。


 ウルフェイルはフードを深く被り、道の端を歩く。剣も馬に括りつけ、目立たないようにしながら街の中央広場へ辿り着いた。

 目当ての屋台を覗き込むと、店主がぎょっと目を見開く。

「ウルフの旦那……い、いや、違う! ウルフェイル、魔導騎士団長、しゃ、みゃ」
「おい、舌噛んでんじゃねぇ。……いつも通りで構わねぇって。肉焼き2つと、酒くれよ」

 店主は周りをキョロキョロと見回し、肉を焼き始めた。この店の名物は甘辛いタレの絡んだ肉で、ウルフェイルの大好物だ。

「旦那ぁ~、あんたもう、こんなとこに来る身分じゃないでしょ~? あの魔導騎士団の団長ですよぉ? 王族の席に正式に入っちゃったもんなんですからぁ……」
「んなもん関係ねぇ。……ったく、どいつもこいつも、王族となりゃ態度変えやがって。遊びにくいったらありゃしねぇ」
「……だから、遊んじゃ駄目なんですって……」

 店主の呟きを無視し、ウルフェイルは肉焼きを受け取る。そして馬を引いて広場の端へ行き、そこへ腰掛けた。


 広場の中央には、教会の神父が立っている。聖魔導士がいる教会に属する神父だ。
 それに群がる民衆はかなり多く、五指を組んで神父を縋るような目で見つめている。

 神父は両手を大きく広げ、良く通る声で告げた。

「我が国にフェブールが現れないのは、この国が神の御心を理解していないからである。……今こそ、神に信仰心を示さなければならない時だ。共に祈りを!」

 神父の声に合わせて民衆が祈りの言葉を呟くと、その声は広場を埋め尽くすほど大きくなった。ついには道行く人らもその場に立ち止まり、熱心に祈り始める。

 ウルフェイルが肉を齧りながらその様子を見ていると、店主が酒を持ってきた。礼を言って受け取ると、ウルフェイルは呆れたように溜息を吐く。

「……以前に比べて、随分熱心だなぁ」
「そりゃあ、リガレイア国に素晴らしいフェブールが現れましたからね。この国は神に見放されたと焦ってるんですよ」
「……素晴らしい、フェブールねぇ」
「敵国の副将であるのに、彼はこっちでも大人気ですよ! 人物画の売り上げも、皇太子殿下と肩を並べる程ですから!」
「……なるほど、そりゃ凄い……」

 国王が襲撃されて間もなく、ザキュリオの国境にある村を、リガレイア国軍が侵略した。一夜にして制圧され、駐留していた騎士らの生死は未だ分からないままだ。
 その時にリガレイア国軍を率いていたのが、新しい異世界人フェブールなのだという。

「……なんで人気なんだ?」
「そりゃ、旦那も分かってるでしょうよ。あの伝説の神燐一族を従えているんですよ!? しかも見た目は、黒髪の美男子だって言うじゃないですか!!」
「……顔半分を仮面で隠してんだろ? 美男子と言い切れるか?」
「いやぁ、あれは間違いなく美男子です!」

 やや興奮気味の店主を眺め、ウルフェイルは溜息を吐いた。

 今でこそ悠長にしているが、当時は一番の脅威であったリガレイア国が動いたことで、国の中枢は大騒ぎになったのだ。直ぐに国軍が態勢を整え、騎士団も総動員でリガレイア国の侵攻に備えた。

 しかしリガレイア国はそれ以上進軍する事はなく、国境の貧しい村ばかりを制圧していく。要求なども一切ない。
 これには国軍司令部も首を捻るばかりで、未だに対策会議は混乱しているようだ。

 
(リーリュイも相変わらずだしなぁ……。いや、堅い性格は変わらんが……以前のような熱さが無いような気もする……)

 リーリュイが皇太子になったことで、魔導騎士団の団長という役職が、スライド式でウルフェイルとなった。通常なら中枢から反対されそうな人事だが、今はとにかく人が足りない。

 以前のリーリュイは、騎士道となれば熱くなるような男だった。だからこそ、騎士でなくなった今は、熱さの行き場を無くしたのかもしれない。

 リーリュイは未だ、方々の苦手な会議に駆り出されている。



 ウルフェイルが酒を呷っていると、馬の蹄の音が聞こえてきた。それが近づいていたかと思うと、今度は慣れた声が耳に届く。

「ウルフ、何をしている」
「…………。おいおい、嘘だろ……」
「ランパルから帰ってきたのか?」
「……お前なぁ、何してんだ?」

 呆れ顔で見上げると、そこにはすらりと背の高い男が立っていた。目元以外をターバンで巻き、一般兵士が着る軍服を身に着けている。
 しかし滲みだすオーラは隠せておらず、道行く民衆が振り返ってしまう始末だった。

「国境の様子をこの目で見てみたくてな。……やっと司令部も落ち着いた。視察するなら今しかない」
「あのな、リーリュイ。お前、その変装……あんまり隠せてないぞ?」
「何がだ? 問題ないはずだ」

 くいっと詰襟を正し、リーリュイは自信ありげにウルフェイルへと視線を寄越す。

「それより、ランパルはどうだった?」
「ああ……。キースがちゃんと仕切ってたよ。問題なかった」

 人材不足のため、魔導騎士団からも数名ほどが王都に異動になった。
 人員が減った魔導騎士団は編成を組みなおし、1班編成としたのだ。団長にウルフェイル、副団長がキース、班長がロブという形で動いている。

 リーリュイはウルフェイルの報告に納得したように頷き、あっさりと踵を返す。ウルフェイルは慌てて立ち上がり、その背に問いかけた。

「お、おい! 国境になんて行ってどうするつもりだ? 他の者に偵察させればいいだろう?」
「……」

 リーリュイは少しの間黙した後、ウルフェイルを振り返った。自身の胸に手を当てて、真顔で言い放つ。

「……私には、失われた臓器がある」
「………………。……はぁ?」
「ここにあったはずなんだ。私を突き動かす、一番重要な臓器だ」

 まるで何かを呼び起すかのように、リーリュイは胸にある手を上下に擦った。しかし何の変化もないのか、悔しそうな表情を浮かべる。

「その臓器を、私は求めて止まない。……王都ではないどこかに、それはある」
「…………全然わかんねぇ。詩人にでもなるつもりか?」

 困惑するウルフェイルを一瞥し、リーリュイはまた踵を返す。今度は呼び止める声も無かったため、王都の門へと足を向けた。
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