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ゼロになる
第214話 過去の傷
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頭に鋭い痛みが走って、リーリュイは顔を顰めた。隣にいたオーウェンが、その様子を見て心配そうに眉根を寄せる。
「……頭痛ですか? 後の処理は騎士らに任せて、お休みになっては?」
「兄上……。その言葉遣いはお止め下さい」
「そうは言っても、一応皇太子だからねぇ」
穏やかに言うオーウェンだが、その頬には大きなガーゼが貼られている。腕にも包帯が巻かれ、満身創痍と言っていい。
リーリュイも同じようなもので、中でも脇腹に受けた矢傷は重かった。
カディールの言った通り、北軍との戦いは厳しいものとなった。戦力を欠いたザキュリオ軍は、士気も低く統制も行き渡らない。
やっとの思いで制圧した時には、丸5日が経過していた。
「……っ!」
頭の痛みが急激に増し、リーリュイは頭を抱えた。慌てるオーウェンの声が聞こえるが、反応できない。
痛みに集中しないと、何かが壊れていくような痛みだった。
(この痛み……幼い頃に味わったものと酷似している……)
まだ王宮にいた幼い頃、ディティの側に居ると、いつもこの痛みが襲ってきた。本能でそれに抗うと、痛みが増したものだ。
ディティは近くに居ないはずだ。しかし気のせいとは思えないほど、感覚が似ていた。
オーウェンの手が、そっとリーリュイの背中に添えられる。
「……やはり休んだ方が良いよ。もう陽も落ちたし、王宮への帰還はどうせ明日になる」
「いいえ、私は一刻も早く帰らなければなりません。先に戻り、報告を済ませます」
愛おしい人の姿が浮かぶと、何故か頭の痛みが増す。
オーウェンはリーリュイの背中を撫でて、柔和な笑みを零した。
「王宮に置いてきた側室の事が、本当に大事みたいだね。……リーリュイが寵愛するほどだ。よっぽど美しいんだろうね、会ってみたいよ」
「……?」
脂汗を流しながら、リーリュイはオーウェンを見据える。その顔は決して冗談を言っているようなものではない。
「どこで出会ったんだい? 出身は?」
「……っ兄上……っ痛……」
一度零した言葉は、痛みに呑み込まれた。どくどくと波打つように襲ってくる痛みが、何かを引き剥がしていく。
(どこで出会った? ……光太朗と、出会ったのは……)
名前が出てきた瞬間、じわりと光太朗の姿が脳裏に浮かぶ。しかし思い出そうとしたものが、頭の中のどこにも無い。
覚えているはずなのに、想いはまったく変わりはしないのに、光太朗の一部が曖昧になっていく。
オーウェンは、本当に光太朗の事を知らないように見える。これがオーウェンに限った事であるはずがない。
嫌な予感が、痛みを伴って背中を這い上がる。
「……っ通信士!! 王宮のカザンへ繋げ! 今すぐだ!!」
苦悶の顔で指示した言葉に、通信士はすぐさま反応した。彼は目を閉じると、通信魔法を発動させる。
しばしの後、通信士が首を傾げた。
「殿下。王宮にカザンはいません。体調を崩して肆羽宮を離れたそうで……。現在肆羽宮には、誰も仕えていないようです」
「……な……そんな事……」
あのカザンが、光太朗を置いて肆羽宮を離れるはずがない。他の者も同様だ。光太朗を守るという想いは、リーリュイに負けないほど強固だった。
リーリュイは馬を呼び寄せ、頭を抱えながら飛び乗る。オーウェンの焦った声が後を追うが、止まれるはずがない。
「リーリュイ! その身体で王宮まで走るのは無茶だ!」
「……っ兄上……! 後は頼みます……!!」
馬を走らせると、冷たい夜風が頬を刺した。熱くなった頭が冷やされ、肆羽宮にいた光太朗の姿が浮かぶ。
その何かを考え込むような表情に、胸の奥が締め付けられる。
(……もしかして君は、気付いていたのか? いつからだ? ……そうだ、この頭痛も……いつから……)
最後に肆羽宮へ行ったとき、寝台の中で頭痛に襲われた事は覚えている。隣にいた光太朗は心配そうな顔をしていた。
その時、彼の腕にあった知らない傷跡の事を問うたはずだ。
(……知らない? ……いいや、知っていた。……彼の過去の傷だと分かってて、今まで触れなかった傷だ)
光太朗の左腕には、自傷の痕が幾重にも刻まれている。それに触れなかったのは、彼の過去が辛いものだったと知っていたからだ。
光太朗も、リーリュイがあえて触れないことを解っていたはずだ。
あの日リーリュイは、その傷の事に触れてしまった。
(……光太朗の傷に、私は触れたのか……! 彼の心の傷を、抉るような事を……)
肆羽宮にいる光太朗は、穏やかに見えた。それが上辺だけであるとするなら、光太朗はどれほどの痛みを抱えていただろう。
(あの王宮で……独りでいるのか……光太朗……)
馬を急かすと、彼は応えるように早足になった。光太朗も乗ったことのある馬は、しっかり彼の事を覚えているような気さえする。
リーリュイは顔を歪めながら夜道を走った。
頭に鋭い痛みが走って、リーリュイは顔を顰めた。隣にいたオーウェンが、その様子を見て心配そうに眉根を寄せる。
「……頭痛ですか? 後の処理は騎士らに任せて、お休みになっては?」
「兄上……。その言葉遣いはお止め下さい」
「そうは言っても、一応皇太子だからねぇ」
穏やかに言うオーウェンだが、その頬には大きなガーゼが貼られている。腕にも包帯が巻かれ、満身創痍と言っていい。
リーリュイも同じようなもので、中でも脇腹に受けた矢傷は重かった。
カディールの言った通り、北軍との戦いは厳しいものとなった。戦力を欠いたザキュリオ軍は、士気も低く統制も行き渡らない。
やっとの思いで制圧した時には、丸5日が経過していた。
「……っ!」
頭の痛みが急激に増し、リーリュイは頭を抱えた。慌てるオーウェンの声が聞こえるが、反応できない。
痛みに集中しないと、何かが壊れていくような痛みだった。
(この痛み……幼い頃に味わったものと酷似している……)
まだ王宮にいた幼い頃、ディティの側に居ると、いつもこの痛みが襲ってきた。本能でそれに抗うと、痛みが増したものだ。
ディティは近くに居ないはずだ。しかし気のせいとは思えないほど、感覚が似ていた。
オーウェンの手が、そっとリーリュイの背中に添えられる。
「……やはり休んだ方が良いよ。もう陽も落ちたし、王宮への帰還はどうせ明日になる」
「いいえ、私は一刻も早く帰らなければなりません。先に戻り、報告を済ませます」
愛おしい人の姿が浮かぶと、何故か頭の痛みが増す。
オーウェンはリーリュイの背中を撫でて、柔和な笑みを零した。
「王宮に置いてきた側室の事が、本当に大事みたいだね。……リーリュイが寵愛するほどだ。よっぽど美しいんだろうね、会ってみたいよ」
「……?」
脂汗を流しながら、リーリュイはオーウェンを見据える。その顔は決して冗談を言っているようなものではない。
「どこで出会ったんだい? 出身は?」
「……っ兄上……っ痛……」
一度零した言葉は、痛みに呑み込まれた。どくどくと波打つように襲ってくる痛みが、何かを引き剥がしていく。
(どこで出会った? ……光太朗と、出会ったのは……)
名前が出てきた瞬間、じわりと光太朗の姿が脳裏に浮かぶ。しかし思い出そうとしたものが、頭の中のどこにも無い。
覚えているはずなのに、想いはまったく変わりはしないのに、光太朗の一部が曖昧になっていく。
オーウェンは、本当に光太朗の事を知らないように見える。これがオーウェンに限った事であるはずがない。
嫌な予感が、痛みを伴って背中を這い上がる。
「……っ通信士!! 王宮のカザンへ繋げ! 今すぐだ!!」
苦悶の顔で指示した言葉に、通信士はすぐさま反応した。彼は目を閉じると、通信魔法を発動させる。
しばしの後、通信士が首を傾げた。
「殿下。王宮にカザンはいません。体調を崩して肆羽宮を離れたそうで……。現在肆羽宮には、誰も仕えていないようです」
「……な……そんな事……」
あのカザンが、光太朗を置いて肆羽宮を離れるはずがない。他の者も同様だ。光太朗を守るという想いは、リーリュイに負けないほど強固だった。
リーリュイは馬を呼び寄せ、頭を抱えながら飛び乗る。オーウェンの焦った声が後を追うが、止まれるはずがない。
「リーリュイ! その身体で王宮まで走るのは無茶だ!」
「……っ兄上……! 後は頼みます……!!」
馬を走らせると、冷たい夜風が頬を刺した。熱くなった頭が冷やされ、肆羽宮にいた光太朗の姿が浮かぶ。
その何かを考え込むような表情に、胸の奥が締め付けられる。
(……もしかして君は、気付いていたのか? いつからだ? ……そうだ、この頭痛も……いつから……)
最後に肆羽宮へ行ったとき、寝台の中で頭痛に襲われた事は覚えている。隣にいた光太朗は心配そうな顔をしていた。
その時、彼の腕にあった知らない傷跡の事を問うたはずだ。
(……知らない? ……いいや、知っていた。……彼の過去の傷だと分かってて、今まで触れなかった傷だ)
光太朗の左腕には、自傷の痕が幾重にも刻まれている。それに触れなかったのは、彼の過去が辛いものだったと知っていたからだ。
光太朗も、リーリュイがあえて触れないことを解っていたはずだ。
あの日リーリュイは、その傷の事に触れてしまった。
(……光太朗の傷に、私は触れたのか……! 彼の心の傷を、抉るような事を……)
肆羽宮にいる光太朗は、穏やかに見えた。それが上辺だけであるとするなら、光太朗はどれほどの痛みを抱えていただろう。
(あの王宮で……独りでいるのか……光太朗……)
馬を急かすと、彼は応えるように早足になった。光太朗も乗ったことのある馬は、しっかり彼の事を覚えているような気さえする。
リーリュイは顔を歪めながら夜道を走った。
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