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ゼロになる

第201話

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「……それとさ、俺……側室でもいいぞ? 正室に誰かを迎えて……」
「拒否する。君もそれだけは絶対言うな」
「……いや、でもさぁ……」

 リーリュイの想いは痛いほど分かる。しかし彼の立場を考えると、光太朗も簡単には頷けない。リーリュイはこの国の皇子で、次の王になる人だ。

 リーリュイが誰かと結婚して、可愛い子供をたくさん授かる未来が、光太朗には想像できる。
 彼は優しい笑顔で子供を抱き、その横には寄り添うように立つ女性がいる。胸が痛むが、それがきっと彼にとって幸せだ。

 しかし目の前のリーリュイは、鼻梁に皺を寄せ、『非常に不本意だ』といった表情を浮かべる。

「王妃にも言ったろう。国を立て直したら、兄上の誰かに王座を譲る。…………光太朗、結婚してくれ」
「…………あんた今、さらっと言ったな」
「婚姻の誓いは、神に向けてするものだ。王の許しなど、本来いらん」
「……だからさ、いま……うぉおっ」

 急に身体が半回転し、光太朗はリーリュイと向き合う体勢になった。リーリュイは自身の太腿の上に光太朗を乗せ、目線をしっかりと合わせる。
 何を言われるか見当が付いていた光太朗は、少しだけ吹き出す。なんとも力強い告白だ。

「結婚してくれ。光太朗」
「うん、いいよ」
「……相変わらず、返事が軽いな」

 光太朗が微笑むと、リーリュイが眉を下げて幸せそうに笑う。
 その顔を見るためなら、何だってするのに。光太朗は心底そう思う。

「結婚式は、ランパルの聖堂で行う。騎士らや親しい者だけ呼んで、神と皆の前で誓おう」
「それが終わったら、飲めや歌えの大騒ぎが良いな」
「そうしよう。いつがいい? 私は明日でも構わない」
「……おいおい、随分急ぐなぁ……」

 困ったように笑うのは、今度は光太朗の番だった。
 リーリュイの憂いの一つは、自分だ。彼が急ぐ理由も分かる。

 光太朗は両手を伸ばして、リーリュイの頬を優しく包んだ。何を言われるのかリーリュイも分かっているのか、少しだけ眉根に皺を寄せる。

「……国を立て直してからな。あんたも分かってるだろ?」
「……しかし……君が……」
「あのな、リュウ……」

 手に力を籠めて、リーリュイの頬を挟む。タコのような口になったリーリュイを、光太朗は睨むように見つめた。

「俺はあんたと結婚するまで、ぜぇっっったい死なないから。……心配するな、成長した俺の生への執着を甘く見るなよ?」


 以前の自分とは違う。光太朗は最近、そう思うことが多くなった。
 生きて、やりたいことがたくさんある。
 感情が豊かになった自分で、色々なことを経験したい。
 欲張りになってしまったようにも思えるが、光太朗にとって大きな成長だった。

「元気になったら、リュウとやりたい事がたくさんある。また街に行きたいし、リュウの手料理も食べたい。元気いっぱいのセックスもしたい!」
「……っ」
「だから俺は生きて、あんたを待つ。……ずっと待ってるよ。リュウ」

 抱きしめられて、湯が跳ねる。リーリュイは光太朗の首筋に唇を落とし、ぽつりと零した。

「……まったく君は……本当に格好いいな」
「だろぉ? 男前だろ?」
「心が痛い。愛おしい。死にそうだ」
「……分かるよ……俺もだ」

 抱きしめながら言うと、自然に涙が零れた。
 随分と涙脆くなったものだと、光太朗は我ながら思う。でもそんな自分が、前よりずっと好きだ。



________


(……やっと寝たな……)

 寝台の中でリーリュイに抱きしめられながら、光太朗は目線だけを動かした。リーリュイの目は閉じられていて、規則的な寝息が聞こえてくる。
 よっぽど疲れていたのだろう。風呂から上がって光太朗の髪を乾かしている時から、リーリュイはとても眠そうだった。

 公務に加え、都の復興や軍の立て直し。光太朗の為に無理くり時間を作っているのも、かなりの負担だろう。


 身じろぎしないようにしながら、光太朗は思考だけを巡らせる。

 ディティが去った後、落ち込むリーリュイを気遣って明るく振舞っていたが、事態はかなり深刻だ。
 光太朗は王妃の精神操作を、今日初めて受けた。その時には気付かなかった違和感がじわじわと這い出して来る。

 ちりっと頭が痛んだ後、キュウ屋の部屋が頭に浮かぶ。手を合わせているリーリュイと自分の姿も浮かんできた。

『いただきます。光太朗の元いた世界では、そう言うのだろう?』

 少し堅い表情のリーリュイが、脳裏に甦る。ランパルで再会したばかりの時の彼だ。


(……やっぱり。なんで俺、忘れていたんだ? あの時から、リュウのお母さんが日本人だって知ってたはずだ。なのに何で、アキネさんが日本人であることに驚いたんだろう)

 光太朗に謝りたくてリーリュイが髪を短くした事も、母であるアキネの影響だと聞いていた。
『頭を丸めるなんて日本人らしいな』と感じていた筈なのに、どうして忘れていたのか。


 顔を歪めながら、頭をフル回転させる。少しの頭痛と共に、次はユムトの姿が浮かんだ。

『お前が大好きな第4皇子の母は、第1のフェブールである王妃からも嫉妬を向けられ、誰一人として味方はおらず……。皇子を産んで間もなく、彼女の心は壊れました』

(……そうだ……俺、ユムトから王妃の事聞いてた……。いつから始まってた? 寝室に入った時から、もう攻撃されてたのか?)

 ディティに初めて会った時、光太朗は『綺麗な人だ』としか感じなかった。あの時、ユムトの言葉を覚えていれば、そんな風には思いはしないだろう。

 思えばディティは、終始人を観察するような瞳を向けていた。光太朗にも、アキネにもだ。
 記憶を弄っては反応を見て、加減しながら楽しんでいるのだろう。

 ぞっと背筋が粟立って、光太朗はリーリュイに身を寄せた。深い眠りに落ちていても、リーリュイは抱き締め返してくれる。
 思えば昼間のリーリュイは、本当に辛そうだった。


『カザンが言うように、王宮を去ると不思議と記憶が薄れる。他の者も同じくだ』

(……リーリュイも記憶が薄れているのなら、加護を持っていても記憶への影響は受けるという事だ。……俺はこうして思い出せたけど、加護が薄い彼らはどうなるか……)

 ディティがこの国の中枢にいる人間を操っているとしたら、この国はディティの傀儡という事になる。いつからそんな事態になっていたのか、考えるだけで怖気が走る。
 ウィリアムのいう通り、もう手が付けられない事態なのではなのかもしれない。


『_____ 何を成すかなんて、転移者次第さ』

 一色の言葉を思い出し、本当にその通りだと痛感した。生き方次第では、転移者は悪にもなれるのだ。
 あれから色々あったため、アゲハにも一色の事を聞き損ねていた。
これからは積極的に動いて、何か対策を立てなければならない。体調も良くなってきた今なら、きっと出来るはずだ。
 
 力強く息を吐いて気合を入れ直していると、ぎゅっと抱きしめられた。見上げると、リーリュイの瞼が開いている。

「……ねな、さい……」
「……リュウ、起きた……のか?」

 囁くような声で言うと、リーリュイの瞼が再度ゆっくりと閉じられる。どうやら寝ぼけているようだ。

(……寝てても俺を気遣うのかよ……。かわいいやつ)

 リーリュイの胸に顔を埋めて、ゆっくりと息を吐く。

(もうあんたを傷つけない。絶対だ……)

 決意を胸に秘めて、光太朗も瞳を閉じた。
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