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ゼロになる
第200話
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肆羽宮の浴室は、王宮のものにしては小さめだ。白を基調とした造りで、天井はステンドグラスのようになっている。
陽があるうちに入浴すると、色のついた光が落ちてきて湯を染め上げる。今は丁度夕暮れ時だったので、浴室全体が朱く染まっていた。
光太朗は固形石鹼を入念に泡立て、リーリュイの髪に指を滑り込ませる。リーリュイの髪は見た目通り、とても細くて柔らかい。まるでひよこの毛のようだ。
襟足まで指を伸ばして、入念に洗う。かつて自分が原因で短くなった髪も、大分伸びてきていた。
「髪伸びたなぁ、リュウ」
「……うん」
「まぁだ、落ち込んでんのか?」
顔を覗き込むと、リーリュイは目を伏せていた。長い睫毛に雫がついて、きらきらと夕陽を反射している。薄い褐色の肌とのコントラストが、とても美しい。
「綺麗だなぁ、リュウは。本当に綺麗だ」
目を伏せていたリーリュイが、光太朗を見て微笑む。最近定着してきた『困ったような笑み』だ。
「……本当に君は……何というか……」
「こんな時に呑気か? 落ち込んでも仕方ないだろぉ」
大げさに声を立てて笑い、光太朗はわしゃわしゃ指を動かす。
指の腹を使ってマッサージするように洗っていると、リーリュイから困惑したような声が漏れた。
「そんなに丁寧に洗わなくてもいい」
「だめだめ、リュウは雑過ぎるんだよ。風呂の時間が短すぎるから、頭も適当に洗ってんだろ? 駄目だぞぉ? 男はすーぐ、禿げちゃうんだからなぁ」
「……そうなのか?」
「まぁ禿げたあんたも、まるっと愛せるけどなぁ俺は。流すぞ! 目ぇぎゅっとして!」
「……っ君は、ほん」
何か言いたげなリーリュイに構わず、光太朗は水で泡を洗い流した。指を髪に絡めていると、多幸感に包まれる。
他人の髪を洗うことが、こんなに幸せなんて知らなかった。頬が自然と緩んでしまう。
「いやぁ俺、ほんとにリュウが好きみたいだわ。その愛たるや、エベレストよりも高く、マリアナ海溝より深いぞ?」
「……」
「えべれすと、とは? とか聞くなよ?」
光太朗がにやりと微笑むと、リーリュイが濡れた前髪をかき上げた。その色気のある仕草に仰け反っていると、手首を掴まれる。
挑戦的な緑色の双眸が、光太朗を捉えた。
「私の中の君への愛は、天より高く、地底よりも深い」
「…………ずるい。俺もそれにすれば良かった」
「私の勝ちだ」
「いいや、具体例を出した俺の勝ちだ。……引き分けにしてやってもいいぞ?」
歯を見せて笑う光太朗の両脇に、リーリュイは突如として手を突っ込む。そしてそのまま勢いよく立ち上がり、光太朗を持ち上げた。
いきなり高い位置に上げられた光太朗は、慌ててリーリュイの腕を掴む。
「お、おいおい、どんな筋力してんだ!」
「脚を絡ませないと、落ちるぞ」
「こえぇ……」
お互い座った状態だったのに、リーリュイはいとも簡単に光太朗を抱えあげた。恐るべき下半身の筋力だ。
リーリュイの腰に脚を絡ませると、完全に抱っこされている赤子の完成となる。想像する自分の姿が滑稽すぎて、光太朗から笑いが漏れた。
「これされると、いかにお姫様抱っこが好待遇か分かるな」
「……今から湯に飛び込む」
光太朗の背後に浴槽がある状態で、リーリュイがぽつりと呟く。浴槽に飛び込むなら、身一つの時にしてもらいたい。
「……! う、嘘だろ!! 飛び込み禁止!!」
「……冗談だ」
「! リュウ! このあほ!!」
抗議の声と共にリーリュイの背中を叩くと、彼の胸から笑い声が漏れた。少しだけ元気になったリーリュイに、光太朗はほっと胸を撫でおろす。
あれからずっと浮かない顔をしていたのが気になっていた。憂いを帯びた顔なんて、出来る事ならさせたくない。
湯船に入るなり、光太朗は身体を回転させた。リーリュイの胸に背中を預けて、ほっと息を付く。頭に過るのは、アキネの怯えた顔だ。
「……リュウさ。今まで一人で、よく頑張ってきたな……。ほんと偉いよ」
「偉くなどない。……結局私は、母を置いて王宮から逃げたんだ」
「いいや、逃げたんじゃないんだろ? リュウがいる事で、王妃はもっとエスカレートする。人を操るくせに、反応が楽しいみたいだからな、あいつ。……アキネさんの為に、王宮を離れたんだろ?」
「……」
どうやら図星のようで、リーリュイは口を噤んだ。嘘がつけないのも、リーリュイの可愛いところだ。
「これからは俺がいる。アキネさんは任せろ」
「……? 何をするつもりだ?」
「別に何も。なるべく会いに行って、話して、精神操作を解く手がかりを探る」
肆羽宮の庭の先は、アキネの居の庭に繋がっているらしい。リーリュイとアキネの許可があれば、自由に行き来が出来る。
下からリーリュイを見上げると、彼はまた憂い顔を浮かべていた。憂いを帯びた顔も男前だが、やはり笑顔が見たい。
「まぁたそんな顔して。危ないことはしないって。……リュウもこれから、更に大忙しなんだろ? 俺の体調も少しずつ回復してるし、リハビリも兼ねて動いた方が良い」
「君は直ぐに無理をするから……」
「大丈夫、必ずイーオさんかトトを連れていくよ。アゲハも連れていく。それに俺、アキネさんを大事にしたい。リュウのお母さんなんだから」
「……光太朗……」
後ろからリーリュイの腕が延び、ぎゅっと抱きしめられる。
これから国のために動くリーリュイの憂いを、少しでも軽くしたい。目の前にあるリーリュイの腕に、応えるようにキスを落とす。
肆羽宮の浴室は、王宮のものにしては小さめだ。白を基調とした造りで、天井はステンドグラスのようになっている。
陽があるうちに入浴すると、色のついた光が落ちてきて湯を染め上げる。今は丁度夕暮れ時だったので、浴室全体が朱く染まっていた。
光太朗は固形石鹼を入念に泡立て、リーリュイの髪に指を滑り込ませる。リーリュイの髪は見た目通り、とても細くて柔らかい。まるでひよこの毛のようだ。
襟足まで指を伸ばして、入念に洗う。かつて自分が原因で短くなった髪も、大分伸びてきていた。
「髪伸びたなぁ、リュウ」
「……うん」
「まぁだ、落ち込んでんのか?」
顔を覗き込むと、リーリュイは目を伏せていた。長い睫毛に雫がついて、きらきらと夕陽を反射している。薄い褐色の肌とのコントラストが、とても美しい。
「綺麗だなぁ、リュウは。本当に綺麗だ」
目を伏せていたリーリュイが、光太朗を見て微笑む。最近定着してきた『困ったような笑み』だ。
「……本当に君は……何というか……」
「こんな時に呑気か? 落ち込んでも仕方ないだろぉ」
大げさに声を立てて笑い、光太朗はわしゃわしゃ指を動かす。
指の腹を使ってマッサージするように洗っていると、リーリュイから困惑したような声が漏れた。
「そんなに丁寧に洗わなくてもいい」
「だめだめ、リュウは雑過ぎるんだよ。風呂の時間が短すぎるから、頭も適当に洗ってんだろ? 駄目だぞぉ? 男はすーぐ、禿げちゃうんだからなぁ」
「……そうなのか?」
「まぁ禿げたあんたも、まるっと愛せるけどなぁ俺は。流すぞ! 目ぇぎゅっとして!」
「……っ君は、ほん」
何か言いたげなリーリュイに構わず、光太朗は水で泡を洗い流した。指を髪に絡めていると、多幸感に包まれる。
他人の髪を洗うことが、こんなに幸せなんて知らなかった。頬が自然と緩んでしまう。
「いやぁ俺、ほんとにリュウが好きみたいだわ。その愛たるや、エベレストよりも高く、マリアナ海溝より深いぞ?」
「……」
「えべれすと、とは? とか聞くなよ?」
光太朗がにやりと微笑むと、リーリュイが濡れた前髪をかき上げた。その色気のある仕草に仰け反っていると、手首を掴まれる。
挑戦的な緑色の双眸が、光太朗を捉えた。
「私の中の君への愛は、天より高く、地底よりも深い」
「…………ずるい。俺もそれにすれば良かった」
「私の勝ちだ」
「いいや、具体例を出した俺の勝ちだ。……引き分けにしてやってもいいぞ?」
歯を見せて笑う光太朗の両脇に、リーリュイは突如として手を突っ込む。そしてそのまま勢いよく立ち上がり、光太朗を持ち上げた。
いきなり高い位置に上げられた光太朗は、慌ててリーリュイの腕を掴む。
「お、おいおい、どんな筋力してんだ!」
「脚を絡ませないと、落ちるぞ」
「こえぇ……」
お互い座った状態だったのに、リーリュイはいとも簡単に光太朗を抱えあげた。恐るべき下半身の筋力だ。
リーリュイの腰に脚を絡ませると、完全に抱っこされている赤子の完成となる。想像する自分の姿が滑稽すぎて、光太朗から笑いが漏れた。
「これされると、いかにお姫様抱っこが好待遇か分かるな」
「……今から湯に飛び込む」
光太朗の背後に浴槽がある状態で、リーリュイがぽつりと呟く。浴槽に飛び込むなら、身一つの時にしてもらいたい。
「……! う、嘘だろ!! 飛び込み禁止!!」
「……冗談だ」
「! リュウ! このあほ!!」
抗議の声と共にリーリュイの背中を叩くと、彼の胸から笑い声が漏れた。少しだけ元気になったリーリュイに、光太朗はほっと胸を撫でおろす。
あれからずっと浮かない顔をしていたのが気になっていた。憂いを帯びた顔なんて、出来る事ならさせたくない。
湯船に入るなり、光太朗は身体を回転させた。リーリュイの胸に背中を預けて、ほっと息を付く。頭に過るのは、アキネの怯えた顔だ。
「……リュウさ。今まで一人で、よく頑張ってきたな……。ほんと偉いよ」
「偉くなどない。……結局私は、母を置いて王宮から逃げたんだ」
「いいや、逃げたんじゃないんだろ? リュウがいる事で、王妃はもっとエスカレートする。人を操るくせに、反応が楽しいみたいだからな、あいつ。……アキネさんの為に、王宮を離れたんだろ?」
「……」
どうやら図星のようで、リーリュイは口を噤んだ。嘘がつけないのも、リーリュイの可愛いところだ。
「これからは俺がいる。アキネさんは任せろ」
「……? 何をするつもりだ?」
「別に何も。なるべく会いに行って、話して、精神操作を解く手がかりを探る」
肆羽宮の庭の先は、アキネの居の庭に繋がっているらしい。リーリュイとアキネの許可があれば、自由に行き来が出来る。
下からリーリュイを見上げると、彼はまた憂い顔を浮かべていた。憂いを帯びた顔も男前だが、やはり笑顔が見たい。
「まぁたそんな顔して。危ないことはしないって。……リュウもこれから、更に大忙しなんだろ? 俺の体調も少しずつ回復してるし、リハビリも兼ねて動いた方が良い」
「君は直ぐに無理をするから……」
「大丈夫、必ずイーオさんかトトを連れていくよ。アゲハも連れていく。それに俺、アキネさんを大事にしたい。リュウのお母さんなんだから」
「……光太朗……」
後ろからリーリュイの腕が延び、ぎゅっと抱きしめられる。
これから国のために動くリーリュイの憂いを、少しでも軽くしたい。目の前にあるリーリュイの腕に、応えるようにキスを落とす。
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