上 下
203 / 248
ゼロになる

第200話

しおりを挟む
________

 肆羽宮の浴室は、王宮のものにしては小さめだ。白を基調とした造りで、天井はステンドグラスのようになっている。
 陽があるうちに入浴すると、色のついた光が落ちてきて湯を染め上げる。今は丁度夕暮れ時だったので、浴室全体が朱く染まっていた。


 光太朗は固形石鹼を入念に泡立て、リーリュイの髪に指を滑り込ませる。リーリュイの髪は見た目通り、とても細くて柔らかい。まるでひよこの毛のようだ。
 襟足まで指を伸ばして、入念に洗う。かつて自分が原因で短くなった髪も、大分伸びてきていた。

「髪伸びたなぁ、リュウ」
「……うん」
「まぁだ、落ち込んでんのか?」

 顔を覗き込むと、リーリュイは目を伏せていた。長い睫毛に雫がついて、きらきらと夕陽を反射している。薄い褐色の肌とのコントラストが、とても美しい。

「綺麗だなぁ、リュウは。本当に綺麗だ」

 目を伏せていたリーリュイが、光太朗を見て微笑む。最近定着してきた『困ったような笑み』だ。

「……本当に君は……何というか……」
「こんな時に呑気か? 落ち込んでも仕方ないだろぉ」

 大げさに声を立てて笑い、光太朗はわしゃわしゃ指を動かす。
 指の腹を使ってマッサージするように洗っていると、リーリュイから困惑したような声が漏れた。

「そんなに丁寧に洗わなくてもいい」
「だめだめ、リュウは雑過ぎるんだよ。風呂の時間が短すぎるから、頭も適当に洗ってんだろ? 駄目だぞぉ? 男はすーぐ、禿げちゃうんだからなぁ」
「……そうなのか?」
「まぁ禿げたあんたも、まるっと愛せるけどなぁ俺は。流すぞ! 目ぇぎゅっとして!」
「……っ君は、ほん」

 何か言いたげなリーリュイに構わず、光太朗は水で泡を洗い流した。指を髪に絡めていると、多幸感に包まれる。
 他人の髪を洗うことが、こんなに幸せなんて知らなかった。頬が自然と緩んでしまう。

「いやぁ俺、ほんとにリュウが好きみたいだわ。その愛たるや、エベレストよりも高く、マリアナ海溝より深いぞ?」
「……」
「えべれすと、とは? とか聞くなよ?」

 光太朗がにやりと微笑むと、リーリュイが濡れた前髪をかき上げた。その色気のある仕草に仰け反っていると、手首を掴まれる。
 挑戦的な緑色の双眸が、光太朗を捉えた。

「私の中の君への愛は、天より高く、地底よりも深い」
「…………ずるい。俺もそれにすれば良かった」
「私の勝ちだ」
「いいや、具体例を出した俺の勝ちだ。……引き分けにしてやってもいいぞ?」

 歯を見せて笑う光太朗の両脇に、リーリュイは突如として手を突っ込む。そしてそのまま勢いよく立ち上がり、光太朗を持ち上げた。
 いきなり高い位置に上げられた光太朗は、慌ててリーリュイの腕を掴む。

「お、おいおい、どんな筋力してんだ!」
「脚を絡ませないと、落ちるぞ」
「こえぇ……」

 お互い座った状態だったのに、リーリュイはいとも簡単に光太朗を抱えあげた。恐るべき下半身の筋力だ。
 リーリュイの腰に脚を絡ませると、完全に抱っこされている赤子の完成となる。想像する自分の姿が滑稽すぎて、光太朗から笑いが漏れた。
 
「これされると、いかにお姫様抱っこが好待遇か分かるな」
「……今から湯に飛び込む」

 光太朗の背後に浴槽がある状態で、リーリュイがぽつりと呟く。浴槽に飛び込むなら、身一つの時にしてもらいたい。

「……! う、嘘だろ!! 飛び込み禁止!!」
「……冗談だ」
「! リュウ! このあほ!!」

 抗議の声と共にリーリュイの背中を叩くと、彼の胸から笑い声が漏れた。少しだけ元気になったリーリュイに、光太朗はほっと胸を撫でおろす。
 あれからずっと浮かない顔をしていたのが気になっていた。憂いを帯びた顔なんて、出来る事ならさせたくない。

 
 湯船に入るなり、光太朗は身体を回転させた。リーリュイの胸に背中を預けて、ほっと息を付く。頭に過るのは、アキネの怯えた顔だ。

「……リュウさ。今まで一人で、よく頑張ってきたな……。ほんと偉いよ」
「偉くなどない。……結局私は、母を置いて王宮から逃げたんだ」
「いいや、逃げたんじゃないんだろ? リュウがいる事で、王妃はもっとエスカレートする。人を操るくせに、反応が楽しいみたいだからな、あいつ。……アキネさんの為に、王宮を離れたんだろ?」
「……」

 どうやら図星のようで、リーリュイは口を噤んだ。嘘がつけないのも、リーリュイの可愛いところだ。

「これからは俺がいる。アキネさんは任せろ」
「……? 何をするつもりだ?」
「別に何も。なるべく会いに行って、話して、精神操作を解く手がかりを探る」

 肆羽宮の庭の先は、アキネの居の庭に繋がっているらしい。リーリュイとアキネの許可があれば、自由に行き来が出来る。

 下からリーリュイを見上げると、彼はまた憂い顔を浮かべていた。憂いを帯びた顔も男前だが、やはり笑顔が見たい。

「まぁたそんな顔して。危ないことはしないって。……リュウもこれから、更に大忙しなんだろ? 俺の体調も少しずつ回復してるし、リハビリも兼ねて動いた方が良い」
「君は直ぐに無理をするから……」
「大丈夫、必ずイーオさんかトトを連れていくよ。アゲハも連れていく。それに俺、アキネさんを大事にしたい。リュウのお母さんなんだから」
「……光太朗……」

 後ろからリーリュイの腕が延び、ぎゅっと抱きしめられる。
 これから国のために動くリーリュイの憂いを、少しでも軽くしたい。目の前にあるリーリュイの腕に、応えるようにキスを落とす。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

処理中です...