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ゼロになる

第194話

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「こんな時間に誰だぁ? コウはここで待ってろよ」

 忙しなく口を動かすアゲハを光太朗に押し付け、キースが立ち上がる。警戒モードのカザンとキースは、共に寝室の入口へ向かった。
 扉に向かって誰何すいかすると、男性の声が返ってくる。

「あ、あの僕! 怪しいもんではなく、今日から護衛として勤務することになった者でして……ちゃんとリーリュイ殿下から頂いた証明書もあります!」
「…………聞いてます? カザンさん」
「いやぁ何も聞いていませんなぁ」
「ち、違うんです! もう一人の護衛の手続きに手間取ってて、殿下が僕だけ先に行くようにと……ほ、本当ですよ!!」


 光太朗の位置からは、カザンの大きな身体が邪魔をして、寝室の扉が見えない。
 アゲハのべたべたになった口元を拭っていると、扉が開く音がした。キースの低い声が聞こえる。

「武器はそこに置け。証明書見せろ。ちゃんと魔法印付きなんだろうなぁ?」
「も、もちろん! ちょっと待って下さい……」

 男の姿を見ようと、光太朗は身体を少し傾けた。カザンとキースの隙間から、男性の姿が見える。
 背は小さいががっちりとした体格だ。そばかすが散った褐色の肌に、男性にしては可愛らしい瞳。青い髪は短く整えてある。

 彼は光太朗と目が合うと一瞬固まり、そして膝から崩れ落ちた。

「ぅおおおぉわああぁ~……ほ、ほ、本当に生きてるぅ……」
「……あん?」

 光太朗が目を瞬かせると、男性はぼろぼろと泣き出した。見事な男泣きに、光太朗も唖然とする。

「ぜろぉおおお、よかっだねぇえ……!!」
「!!」

 アゲハを抱えたまま立ち上がり、光太朗は男へ近づく。輪郭がはっきりしてくると、その男性に懐かしい面影が見えた。

「……! トトか!?」

 膝をついて近くに寄り、光太朗は更に確信した。3年前、第10騎士団にいたトトだ。

 当時より顔が精悍になり、身体も大きくなっている。身長は伸びていないようだが筋肉質で、十分戦士に見える。当時の弱々しい雰囲気から、彼はがらっと変わっていた。

「……そうだよぉぉお! ぜろぉ……ほんとに、いきててよがったぁああ」
「トト、ほんとに久しぶりだ……だけど、なんで?」
「俺……ゼロが死んだって聞いて………」

 トトは泣きながら、3年前の事を話し始めた。
 光太朗が死んでから、リーリュイはフェンデの擁護活動をし始めた。その活動にトトはずっと協力していたらしい。
 国軍に入り身体を鍛え、リーリュイの護衛をしていた事もあったようだ。

「殿下が魔導騎士団を立ち上げてランパルに行かれてからは、第3騎士団に入って鍛錬を続けてきました。…………俺も、ちゃんとした騎士になったんだよぉ、ゼロ」
「すごいな、トト! っはは、あの時とは大違いだ」
「……全部、君のお陰だよ。ゼロのお陰で、僕は自分を正すことが出来た」

 姿勢を正して、トトは目元の涙を拭う。そして片膝を立てると、頭を垂れた。

「第3騎士団、トト。今日からコウ様の護衛を務めさせて頂きたく存じます。今度こそ、命を懸けて守り通す所存です! お許し頂けるでしょうか!!」
「ああ、許す」

 即答する光太朗を見上げて、トトはまた涙を溢れさせた。笑顔のまま泣いているので、今度は感無量といったところだろう。

「嬉しいです! そして、やっぱり今も変わらず…………んんん、可愛いっっ!」
「あぁ?」

 光太朗が片目を眇めると、トトが両手で口を覆った。悩まし気な表情から、歓喜の表情へと変わる。

「懐かしい……その表情……!! 前髪なしで拝めるなんて……!!」

 五指を合わせて額に当て、トトは祈りの体勢に入った。そんな彼を見て、カザンがぽつりと零す。

「……何で殿下が彼を選んだか……分かる気がしますねぇ……」 
「そうっすねぇ。左上でも王宮でもねぇ、完璧にコウ側だ」

 トトの様子を見て、キースとカザンは納得したように頷き合う。しかし光太朗に抱かれていたアゲハは、トトに怪訝そうな顔を向けた。

「くしゃくはないが、おまえ、あんまりつよくないだろう!? しんようなりゃん」
「おお! 可愛いお子様ですね! 僕、子守もできますよ!! コウ様の為なら、雑用でも何でもやるんで!」  

 トトが満面の笑みを見せ、立ち上がった。部屋を見回し、見つけた洗濯ものを掴んだ後、ついでに寝台のシーツを剥ぎ取り、小脇に抱える。

「洗濯場に知り合いいるんで、頼んできますね!!」
「お、おお……」
「あと、厨房にも友達いるんで、なんかあったら言ってください!」
「あ、ああ。……助かる」

 にっこり微笑んで、トトは嵐のように寝室を出て行った。しんと静まり返った部屋で、キースがぽつりと呟く。

「コミュニケーションスキルがカンストしてないか? あいつ」
「何にせよ……助かりました……。王宮との連絡係は、彼が適任ですな……」


 2人のやり取りを見ながら、光太朗は弱々しい笑みを浮かべる。

(再会は嬉しいけど……さすがに疲れたな……。まだ昼にもなってないのに……)

 今日は早朝から目まぐるしすぎる。護衛はもう一人残っていると言うのに、体力が持つのか心配だった。
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