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いざ、競技会!

第183話 激怒と優しさ

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「リュウ……。え? 幻じゃないよな? どうやってここまで……」
「……」

 光太朗の問いにも答えず、リーリュイは押し黙ったままだ。そして荒々しく歩を進めると、光太朗の頬を両手で挟む。その手が氷のように冷たくて、光太朗は肩を跳ねさせた。

「っつ、めた!! なぁ、大丈夫か!?」
「君が熱いからだ!!」
「へ? ……うぉ!?」

 視界がぐるりと変わったと思ったら、リーリュイに横抱きにされていた。いつもなら優しい抱き上げ方も、今回はひどく荒々しい。
 至近距離になったリーリュイの顔を、光太朗は改めて見た。泥と傷だらけの顔に浮かぶのは、不満で満ちた厳めしい表情である。

「……リュウ……怒ってる、よな?」
「怒っている!!」

 光太朗の顔を真っ直ぐ見て、リーリュイは怒りの言葉を投げつけた。端正な顔が怒ると、かなりの迫力だ。

 リーリュイの怒りの理由については、光太朗にも見当がついていた。捨て身でリーリュイを守ろうとしたことを、彼は激しく怒っている。
 自己犠牲をするなと釘を刺された事は、まだ記憶に新しい。光太朗も理解はしているつもりだが、身体が先に動いてしまうのだ。

 光太朗が何も言えないでいると、リーリュイが片手を胸の位置まで上げた。
 手の上に橙色の光が灯り、それから暖かい風が吹いてくる。

「愛している人に対して、こんなに怒りを覚えるとは! この年になるまで知りえなかった!」
「お、落ち着いて……」
「君は何にも分かっていない! 今回ばかりは許しがたい!」

 暖かい風が光太朗の身体を包み、濡れた衣服を乾かしていく。しかし光太朗の服は一色が乾かしてくれたのか、そんなに濡れていない。対してリーリュイの服はずぶ濡れだ。

「なぁ、リュウ。まずは自分の服をさ……」
「黙りなさい! まだ話は終わっていない!」
「……は、はい……」

 リーリュイは片手で光太朗を抱えながら、もう片方を駆使して魔法を次々と繰り出す。口から出るのは詠唱ではなく、光太朗に対する恨み言だ。

「ああいう事は、もう絶対にするな! 君の犠牲によって得た生など、私には地獄でしかない! 君には同じようなことを、過去に何度も何度も伝えたと思っていたが、まっっっったく伝わっていなかった事に、怒りを通り越して絶望し、再度怒りが這い上って来ている!!」
「…………(やばい、めっちゃ怒ってる……)」


 リーリュイは空間魔法を使って、毛布を数枚取り出した。それらを地面に丸めて置いたところで、光太朗はひょいと縦抱きにされる。まるで赤子のような扱いだが、今回は愚痴一つ吐けない。
 毛布に凭れかけさせるように地面へと降ろされ、その柔らかさに光太朗は苦笑いを浮かべた。例の肌触りが馬鹿みたいに良い毛布だ。

 リーリュイの口から出る怒りの言葉と、身体に与えられる優しさの対比が大きすぎる。しかし「ありがとう」と口にしたとしても、怒られそうな雰囲気だ。


 リーリュイは更にもう一枚毛布を取り出すと、光太朗を包んだ。そして重く頷くと、びしょ濡れの姿のまま、光太朗の前に胡坐をかく。その背中は、まるで板が入っているかのようにぴんと伸びている。

 そのまま説教が始まりそうな雰囲気に、光太朗はつい口を開いた。

「リュウ、せめて身体を拭いてくれ。あと、傷の手当も……」
「黙りなさい。まだ話は終わっていない」
「……はい」

 リーリュイは光太朗を見据え、髪から流れる水滴を拭うこともしない。
 頬から流れる血も、首筋に付いた傷も、今すぐどうにかしてやりたいのに、それが出来ない。
 光太朗にとってかなり苦痛な『おあずけ』状態だ。

「君がいなくなる事を、私がどれだけ恐れているか……君は分かっていない。自分の死よりも、君を失う方が、どれだけ怖いか」
「……」
「君の危機を見る度に、命が縮む気がする。君は私を殺す気か?」
「……馬鹿な事……言うなって」

 光太朗が言うと、リーリュイは顔を伏せた。その目元には、疲労の影がくっきりと見える。今まで見たことの無いほど、彼は憔悴しているように見えた。

「……こんな雨で、どうやってここまで来たんだ?」
「魔法を駆使して、崖を降りた。あとは川に沿ってひたすら歩いた」
「そんっな、危ねぇ!! だいたい俺は、崖崩れに流されたんだぞ!? 普通に考えて助からないんだから、諦めろよ!」
「っ!! そういう所が!! 君の悪いところだ!!! 逆の立場になって考えてみろ!!」

「……っ逆……?」

 言われた通りに考えて、光太朗は無意識に身震いする。そして答えはすんなりと出た。
 ちゃんと考えれば解ることなのに、そこまで考えが及ばないのだ。人間として欠陥があると、こういう所ですれ違いが起きる。

「そりゃ地獄だわ……。俺だったら激昂して即後追いするかも。……リュウは偉い」
「……」
「ごめん、リュウ。……俺やっぱ、人間として未熟だわ……」
「……そこまでは言っていない」

 リーリュイは正していた姿勢を崩して、溜息を吐いた。そして伏せていた目線を光太朗へと戻す。その瞳から、先ほどの激しい怒りは消えていた。

「……君に、感情のいろはを教えてと言われたが、そもそも私自身欠陥がある人間だ。……キースに聞いたが、ユムトから私の母の事を聞いたのだろう?」
「……班長、無事だったんだな……。あいつとの話、聞いてたんだ……」
「意識はずっとあったようだ」

 リーリュイが薄く笑ったのを見て、光太朗も笑みを返した。やっと笑みを見せてくれたが、まだ表情が暗いままだ。
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