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いざ、競技会!
第168話 降ろすべきではない
しおりを挟む柱に凭れるように立ち、アゲハはウィリアムを睨みつける。まるで仇を目の前にしているような、殺気を含んだ視線だ。
対するウィリアムは、見知らぬアゲハに眉を顰めた。身に覚えのない殺気を向けられている事にも、不快感を露わにする。
「……おまえ、誰? この国の者じゃないよね?」
「そんな事はどうでも良い。この国に転移者を引き込んでいるのは、お前か?」
「……引き込む? まるで奪ってるような言い方だな」
ウィリアムから剣呑な雰囲気が漂い始める。しかしアゲハは臆することなく、更に語気を荒くした。
「天が晄露で輝き、転移者は降りてくる。彼らがどこに降りるかなど、誰にも分からんはずだ」
「……根拠の無い事言わないでくれる? 少なくとも、コータローは間違いなく降りてきた。他のフェンデとは違う」
アゲハがちらりと光太朗を見遣る。
「コタロは、どこで目覚めた?」
「え、俺? ザキュリオの聖堂」
アゲハに問いかけられ、光太朗は即答する。異世界で初めて目覚めた先は、ウィリアムがいた聖堂で間違いない。
光太朗の応えに、アゲハは力強く頷いた。
「ザキュリオの転移者は皆、聖堂に降りていると聞く。繰り返すが、転移者がどこに降りるかなど、誰にも分からない。故意に引き込まない限りは」
「……」
「どこかに降りるはずだった転移者を、お前らは……」
ウィリアムの殺気が膨れ上がったのを感じ、光太朗は咄嗟にアゲハの前へと飛び出した。アゲハからも殺気が膨れ上がる中、光太朗はウィリアムを睨みつける。
「ウィル! 落ち着け!」
「……コータロー、誰なのそいつ。どいて、怪我するよ」
「コタロが聖堂で目覚めたなら、お前らが降ろした事になる! どこかに降りる途中だったコタロを、お前らは無理やりこの国に引きずり込んだ!!」
後ろにいるアゲハから、グルグルと威嚇のような声が漏れる。
瞳の色も朱に染まっていき、顔の輪郭にそって鱗のようなものが浮き出してきた。出会った姿と同じ、黒い鱗だ。
アゲハを見たウィリアムが、驚きの表情へと変わる。
「そいつまさか、燐神一族……? コータロー、こいつとは……」
「ウィル! いいから早く出ていけって!!」
アゲハの背中から、ビキビキと何かを裂くような音がする。翅が生えそうになっている。
出会ったときは小さかったが、今はどれだけ大きいか分からない。怒りのまま暴れたら、騎士らの身が危ないかもしれない。
光太朗はアゲハの頬を挟み、その双眸を覗き込んだ。
「アゲハ、落ち着くんだ。俺は大丈夫だから、怒らなくていい」
「馬鹿な! コタロはもっと怒るべきだ! あいつは、この国は、コタロを物のように……!」
「ああ、分かった。いや、まだ良く分かってねぇけど……ごめんな。俺の為に、怒ってくれて、ありがとう」
光太朗が必死にアゲハを宥めている間に、ウィリアムは屋敷を去っていた。
アゲハもようやく落ち着きを取り戻し、瞳が海の色へと戻っていく。生えかけていた翅も、黒い粒子と共に消え去った。
アゲハと光太朗を囲っていた騎士らも、ほっと胸を撫で下ろす。
リーリュイはずっと光太朗を守るように立っていた。アゲハが落ち着いたのを確認して、リーリュイは光太朗の背中に手を添える。
「光太朗……。大丈夫か?」
「あ……うん。リュウも、大丈夫か? 俺も……ちょっと混乱してるけど……」
「……そうだな。しかし、捨て置けない話だ。もしも事実だとしたら、我が国は恐ろしいことをしている……」
「我は……事実しか言わん」
アゲハはぽつりと呟き、不貞腐れたように黒豆柴の姿になった。
珍しく光太朗の側を離れ、柱の陰で丸くなる。しかし、愚痴のような呟きは止まらない。
『我は……嘘は言わん』
「アゲハ、分かってる。色々、調べなきゃいけないな……」
『……我も詳しいことは分からんが、転移者は降りてくるもの。それだけは事実だ。……転移者は天からの恵みだ。彼らの恩恵にあやかりたければ、自らの足で探すのが道理。リガレイア国の王も、降りてきて暫くは見つからなかった』
「そっか……。でも俺、そんな大層なもんじゃ無いけどなぁ……」
『……コタロは、別の国の転移者だったかもしれん。その事実から、逃げるな』
アゲハの言葉を、光太朗は皆に伝える事が出来なかった。
ようやく出来た自分の居場所が、崩れ去っていく。その感覚が、無性に怖くて堪らなかった。
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