154 / 248
いざ、競技会!
第151話 相次ぐ選手交代
しおりを挟む
◇◇
王族用の観覧席は、闘技場が全て見渡せる場所にある。
皇子たちに用意された席の周りには豪華な料理が並び、酌をする為の侍女も側に控えていた。
第1、第2皇子たちは、見目麗しい侍女に鼻の下を伸ばしている。
第3皇子であるオーウェンは、少しだけ憂いを含んだ顔で闘技場をぼんやりと見つめていた。
オーウェンの正室は、少し前から床に伏せっている。元々身体が弱かった彼女だが、いよいよ危ないとの噂があった。
本来なら、彼女の側にいたい所であろう。しかしそうしないのは『私の事より職務を優先すべき』という彼女の願いがあったからだ。
加えて彼女は、後に残されるオーウェンとウルフェイルの仲を後押ししている。ウルフェイルが参加する競技会は、必ず観覧するようにと毎年念を押しているようだ。
リーリュイは他の皇子の姿を流し見た後、空になった闘技場を見遣った。
剣技会に出る光太朗は、控えで準備しているはずである。彼の雄姿をここで見るのは、あまりにも勿体ない。
(……しばらくしたら、騎士団の観覧席に紛れ込むか。酒が入れば兄上らも気付くまい)
豪華な食事や酒よりも、騎士らと一緒に光太朗の雄姿を応援したい。王族の席より、騎士団の観覧席の方がどれだけ楽しいだろう。
酌をしに来た侍女を手で制し、リーリュイはまっすぐ虚空を見つめる。その視界の隅に、人影が見えた。
その人物にリーリュイが眉を顰めると同時に、衛兵が駆け寄って来る。
「リーリュイ殿下。……ウィリアム様が、お話があると」
「……直ぐに行くと伝えよ」
王族の席から少し離れた階段下に、ウィリアムは人目を避けて立っていた。リーリュイを見つけると、彼は親し気に手をひらひらと振る。
リーリュイは距離を取ったまま、ウィリアムを睨みつけた。
ウィリアムという男は、本当に読めない。
リーリュイは幼少期、この男に気を許していた時があった。
フェブールを母に持つ王宮の兄よりも、左上宮のこの兄の方が、よっぽどましに見えていた時期があったのだ。
しかし光太朗を傷つけられ、それもすっかり発ち消えた。加えてウィリアムには、考えれば考えるほど疑わしい所が増えていくのだ。
「やあ、リーリュイ。戴冠式以来だね」
「何の用だ」
「……いやあ、君には驚かされたよ。堅い男だとは思っていたけど、まさか真向ど正攻法で突き進んでくるなんて……」
階段下の壁に凭れて、ウィリアムは肩を竦める。
「皇子らにバレないように、囲って閉じ込めてしまえば良かったのに。公に晒してしまうと、競争相手が増えるじゃないか」
「囲ったら、お前がどんな手を使って奪うか分からない。……敵は増えてしまうが、牽制させ合う方がよっぽど良い」
「おや? 僕の事をよほど買ってくれてるんだねぇ? 嬉しいなぁ」
(良く言う……。王宮のどの皇子より、力も権力も桁違いだろうが……)
王宮側は、年々衰退して行っている。勢力を伸ばしている左上宮の柱の一つが、ウィリアムと言っていい。
水面下で力を伸ばし続けている彼らを、王宮側は警戒している。抑制など出来ず、警戒しているだけの現状だ。
くすくす笑っていたウィリアムが、人差し指を唇に当てた。
「素直に嬉しかったから、一つ教えてあげるよ。……この後の剣技会の事だ」
「……?」
壁から背を離したウィリアムが、そっと近寄ってくる。彼はリーリュイに身を寄せると、そっと呟いた。
「さっき競技会役員の所に行ってきたんだけど、剣技会の選手入れ替えが多くて慌てふためいていたよ。前座である剣技会なのに、隊長クラスが続々参加の意向を示している。おかしいと思わないか?」
「……」
ウィリアムが、目を細めた。少しの昏さを含んだ瞳をしながら、唇は弧を描く。
「君は、ちゃんとコータローの教育をしているのかい?」
「……何だと?」
「開会式前にね、騎士らが衝突したらしいよ。中心に居たのはコータローだ。……彼は対戦する騎士らに、何て言ったと思う?」
眉を顰めるリーリュイを見て、ウィリアムは肩を竦めた。やれやれといった風に、彼は片眉を吊り上げる。
「コータローってば、『俺に勝ったら、夜の相手をしてやる』って騎士ら全員の前で言っちゃったらしいよ。だから出場予定じゃなかった隊長クラスまで、我先に出場したがってるってわけ。……コータロー弱そうだしね、やる気満々ってとこかなぁ」
「……!」
「もうすぐ競技開始だよ。どーすんの、リーリュイ殿下?」
ウィリアムの言葉の半ばで、リーリュイは踵を返していた。
腹の底からふつふつと、怒りと困惑が湧き上がってくる。しかし脳裏に浮かぶ愛しい人は、無邪気な笑顔を浮かべているだけだ。
光太朗は対戦相手を煽っただけ。そんな事は容易に想像がつく。しかしそれでも、嫌なものは嫌だ。
(まったく君は……! 本当に!!)
駆け足で光太朗の元へ駆けながら、リーリュイは苛立ち気に喉を鳴らした。
王族用の観覧席は、闘技場が全て見渡せる場所にある。
皇子たちに用意された席の周りには豪華な料理が並び、酌をする為の侍女も側に控えていた。
第1、第2皇子たちは、見目麗しい侍女に鼻の下を伸ばしている。
第3皇子であるオーウェンは、少しだけ憂いを含んだ顔で闘技場をぼんやりと見つめていた。
オーウェンの正室は、少し前から床に伏せっている。元々身体が弱かった彼女だが、いよいよ危ないとの噂があった。
本来なら、彼女の側にいたい所であろう。しかしそうしないのは『私の事より職務を優先すべき』という彼女の願いがあったからだ。
加えて彼女は、後に残されるオーウェンとウルフェイルの仲を後押ししている。ウルフェイルが参加する競技会は、必ず観覧するようにと毎年念を押しているようだ。
リーリュイは他の皇子の姿を流し見た後、空になった闘技場を見遣った。
剣技会に出る光太朗は、控えで準備しているはずである。彼の雄姿をここで見るのは、あまりにも勿体ない。
(……しばらくしたら、騎士団の観覧席に紛れ込むか。酒が入れば兄上らも気付くまい)
豪華な食事や酒よりも、騎士らと一緒に光太朗の雄姿を応援したい。王族の席より、騎士団の観覧席の方がどれだけ楽しいだろう。
酌をしに来た侍女を手で制し、リーリュイはまっすぐ虚空を見つめる。その視界の隅に、人影が見えた。
その人物にリーリュイが眉を顰めると同時に、衛兵が駆け寄って来る。
「リーリュイ殿下。……ウィリアム様が、お話があると」
「……直ぐに行くと伝えよ」
王族の席から少し離れた階段下に、ウィリアムは人目を避けて立っていた。リーリュイを見つけると、彼は親し気に手をひらひらと振る。
リーリュイは距離を取ったまま、ウィリアムを睨みつけた。
ウィリアムという男は、本当に読めない。
リーリュイは幼少期、この男に気を許していた時があった。
フェブールを母に持つ王宮の兄よりも、左上宮のこの兄の方が、よっぽどましに見えていた時期があったのだ。
しかし光太朗を傷つけられ、それもすっかり発ち消えた。加えてウィリアムには、考えれば考えるほど疑わしい所が増えていくのだ。
「やあ、リーリュイ。戴冠式以来だね」
「何の用だ」
「……いやあ、君には驚かされたよ。堅い男だとは思っていたけど、まさか真向ど正攻法で突き進んでくるなんて……」
階段下の壁に凭れて、ウィリアムは肩を竦める。
「皇子らにバレないように、囲って閉じ込めてしまえば良かったのに。公に晒してしまうと、競争相手が増えるじゃないか」
「囲ったら、お前がどんな手を使って奪うか分からない。……敵は増えてしまうが、牽制させ合う方がよっぽど良い」
「おや? 僕の事をよほど買ってくれてるんだねぇ? 嬉しいなぁ」
(良く言う……。王宮のどの皇子より、力も権力も桁違いだろうが……)
王宮側は、年々衰退して行っている。勢力を伸ばしている左上宮の柱の一つが、ウィリアムと言っていい。
水面下で力を伸ばし続けている彼らを、王宮側は警戒している。抑制など出来ず、警戒しているだけの現状だ。
くすくす笑っていたウィリアムが、人差し指を唇に当てた。
「素直に嬉しかったから、一つ教えてあげるよ。……この後の剣技会の事だ」
「……?」
壁から背を離したウィリアムが、そっと近寄ってくる。彼はリーリュイに身を寄せると、そっと呟いた。
「さっき競技会役員の所に行ってきたんだけど、剣技会の選手入れ替えが多くて慌てふためいていたよ。前座である剣技会なのに、隊長クラスが続々参加の意向を示している。おかしいと思わないか?」
「……」
ウィリアムが、目を細めた。少しの昏さを含んだ瞳をしながら、唇は弧を描く。
「君は、ちゃんとコータローの教育をしているのかい?」
「……何だと?」
「開会式前にね、騎士らが衝突したらしいよ。中心に居たのはコータローだ。……彼は対戦する騎士らに、何て言ったと思う?」
眉を顰めるリーリュイを見て、ウィリアムは肩を竦めた。やれやれといった風に、彼は片眉を吊り上げる。
「コータローってば、『俺に勝ったら、夜の相手をしてやる』って騎士ら全員の前で言っちゃったらしいよ。だから出場予定じゃなかった隊長クラスまで、我先に出場したがってるってわけ。……コータロー弱そうだしね、やる気満々ってとこかなぁ」
「……!」
「もうすぐ競技開始だよ。どーすんの、リーリュイ殿下?」
ウィリアムの言葉の半ばで、リーリュイは踵を返していた。
腹の底からふつふつと、怒りと困惑が湧き上がってくる。しかし脳裏に浮かぶ愛しい人は、無邪気な笑顔を浮かべているだけだ。
光太朗は対戦相手を煽っただけ。そんな事は容易に想像がつく。しかしそれでも、嫌なものは嫌だ。
(まったく君は……! 本当に!!)
駆け足で光太朗の元へ駆けながら、リーリュイは苛立ち気に喉を鳴らした。
82
お気に入りに追加
2,970
あなたにおすすめの小説
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる