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戦いに向けて

第136話 初戦敗退

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 光太朗が瞼を押し開くと、目の前に大きな窓が見えた。そこから爽やかな朝陽が、痛いほどに降り注いでくる。
 隣にはリーリュイが、いつものように座って本を読んでいた。彼の髪は、朝陽と同化してきらきらと光る。
 あまりの眩しさに、光太朗は布団へ潜り込んだ。

「光太朗? ……起きられるか?」
「……むりです……」

 漏らした声はかっすかすだ。昨夜の情事を思い出すと、獣のように唸りだしたくなる。

 散々喘がされ、早いうちに喉は潰れていた。最後の方はもう、下手糞なリコーダーのような声になっていたと思う。


 布団の外から「光太朗」と呼ぶ声が聞こえる。その声が甘すぎて、余計に出られない。

「顔を見せてくれないか?」
「いやだ」
「……待ってて」

 リーリュイが寝台から離れる気配がして、光太朗は布団から顔を出した。辺りを見回すと、ここは主寝室では無いことに気付く。
 寝台も泳げるほどの大きさではない。主寝室ではなく、予備の寝室だ。

(そりゃ、あんだけどろどろになったベッドじゃ……寝れないわ)


 リーリュイは宣言した通り、最後まではしなかった。つまり挿入はされていない。
 しかし狂うほどイかされ、泣いて懇願しても彼は止まらなかった。

 お尻への外部侵入は、今回は指1本だけ。しかしリーリュイがイったかどうかも確認できないほど、光太朗は乱された。初戦は完敗だ。

 ぎりぎりと歯噛みしていると、リーリュイが部屋へと入ってきた。持ってきた盆をサイドテーブルへ置き、彼は光太朗の足元へ座る。
 リーリュイは布団から顔を出した光太朗を見て、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。

 一方、敗戦を悔しがっていた光太朗は、頬をぷくりと膨らませた。そして布団から足を出し、リーリュイをがしがしと突っつく。しかしリーリュイは、更に嬉しそうに破顔する。

「……君は、最中もそうやって私を蹴ったな。あの抵抗は非常に可愛かった」
「っ……あのなぁ、本気で止めてほしかったわけ。分かる? 死にそうだったんだから、俺」
「うん」
「……だぁから、うんって言うの反則だって……。はぁ……」

 リーリュイは顔を蕩けさせながら、光太朗の髪を愛おしそうに梳く。

 昨晩は、確かにリーリュイを可愛いと思った。しかし続く寝台の中で、光太朗は嫌というほど思い知らされたのだ。
 彼を可愛いと思って流されてしまうと、えらいことになる。

「……そんなににこにこ笑うなよ。俺の中のカッコいい戦友リュウが、どっか行っちまった」
「どんな私でも愛しいと言ってくれたのは、君だろう」

 光太朗は脱力し、枕へと突っ伏した。身体全体が鉛のように重い。指1本しか侵入を許していないのに、中に何か挟まっているような気さえする。

 結局光太朗は意識を飛ばしたが、身体は綺麗になっていた。と、いう事は、リーリュイが身体を拭いてくれたのだろう。そうだったら尚更悔しいし、恥ずかしい。
 勝負なんかしていないのに、負けた気がするのは何故なのか。

(雄として、惨敗した……。まじで悔しい……)

 
 リーリュイは光太朗の髪を梳きながら、うっとりとした表情で言葉を零す。

「しかし酔っていた事が何より残念だ。今度は素面で君を抱きたい」
「……まてまて、毎回こんなんじゃないよな? 加減というものを、ご存じですよね?」
「加減はしただろう? まだ指1本しか……」
「だぁから、指1本でも死にそうになったって言ってんの! 正気か!」

 かすかすになった喉で、光太朗は懸命に訴える。しかしリーリュイは眉尻を下げ、寝たままの光太朗を抱き締めた。

「かわいい。食べてしまいたい」
「……本当に食いそうで怖いな……。ああ、腹減った」
「用意してきた。食べたら出発だ」
「……スパルタかよ……」

 重い身体を叱咤して、光太朗は身を起こした。内腿に強い痛みが走る。酷い筋肉痛だ。

(騎士団の訓練でも、もう筋肉痛なんて起こんねぇぞ……どんだけだよ)

 リーリュイを恨めし気に睨むと、彼は爽やかに微笑んだ。薄褐色の肌に、白い歯が映える。
 反則だ、と光太朗は思う。リーリュイを前にすると、やっぱり何もかも許してしまうのだから。



◇◇

 ロワイズの領主であるゴア伯爵は、港から近い位置に屋敷を構えていた。
 広大な庭園には、多くの使用人が働いている。屋敷も3階建ての豪華なものだ。

 光太朗たちを乗せた馬車は、庭園を抜けて玄関前に横付けされた。玄関前には使用人がずらりと並び、伯爵らしき人の姿もある。 
 隣にいたリーリュイが、光太朗へと耳打ちした。

「君は少し待っていてくれ」

 光太朗が頷いたと同時に、馬車の扉が開く。
 リーリュイの身体越しに、屋敷の人たちが一斉に跪くのが見えた。

「リーリュイ殿下、お待ちいたしておりました」
「……ゴア卿、そう畏まらなくて良い。今日はお忍びで来ている。……まぁ、筒抜けだろうが」
「ふふ、そうでしょうな」

 白髪頭の男が顔を上げ、親し気な笑みを浮かべる。光太朗の見立てでは70歳ほどに見えるが、実際の年齢は聞いてみないと分からない。
 リーリュイが振り返り、馬車の中の光太朗へ手を伸ばした。その手を掴み、支えにしながらステップを降りる。

 内腿の筋肉痛に加え、膝にもあまり力が入らない。歩くことは出来るが、ふらふらと覚束ないのだ。
 リーリュイは光太朗の腰を抱き、まるで隠すように腕の中へ納めた。

 ゴア卿はリーリュイの様子を見て、理解したかのように頷く。半身を引きながら手を胸に当て、目を伏せる。

「では、ご案内させて頂きます」

 リーリュイは頷くと、ゴア卿の後を追った。光太朗は黙ったまま、リーリュイへと身を寄せる。
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