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戦いに向けて
第133話 突然始まった堅いお話
しおりを挟む光太朗が浴室から出ると、リーリュイは立ったまま髪を拭っていた。
ソファの前にあるテーブルには、既に料理と酒が準備されている。
「おお、美味そうだな」
「……ああ、そうだな……」
リーリュイは光太朗を見て、直ぐに視線を逸らす。その様子が気になったが、それよりも彼の顔が真っ赤なことに光太朗は驚いた。
「顔、真っ赤だぞ! どうした?」
「問題ない。普段、湯には浸からないからだろう……」
「つっても、そんなに浸かってないだろ? 酒飲んでたし、悪酔いでもした?」
「そうかもな。……飲みなおそう。迎え酒だ」
リーリュイに促され、光太朗はソファへと座る。
そしてリーリュイは、何かを誤魔化すように酒を煽り始めた。その勢いに唖然としながら、光太朗は彼のグラスに酒を注ぐ。
飲み過ぎではないかと不安になったが、リーリュイの表情はいつもと変わらない。赤みも治まってきている。
光太朗が肉の燻製を口に放り込んでいると、リーリュイが真面目な顔で口を開く。
「……この宿は、王家が所有しているものだ。君はこの宿をどう思う?」
「どうって……すげぇ豪華だと思う。そうか、王家の宿だったんだな。ザキュリオの財力は凄いな」
「そうでもない。国力は年々衰え、国民もリガレイア国へ流れて行ってしまっているんだ」
リーリュイはまた酒を飲み干す。光太朗はちびちびと酒に口を付けながら、彼の話に相槌を打った。
「資源である晄露は減り続け、国民への搾取が増え続けている。贅を享受しているのは王族だけ。国民は貧しさに喘いでいる」
「……確かに。そういえば、ランパルも王族の領主に搾取されていたな」
「ロワイズも変わらない。少し郊外へ行けば、貧しい民が暮らしている。……我が国は、王の血筋が増えすぎた。民を苦しめる比率が、どんどんと増えていく。今や王族は、単なる穀潰しにしか過ぎない」
「……い、言うねぇ」
遂にリーリュイは、手酌で酒を注ぎ始めた。光太朗が慌ててその手を掴む。
「ま、待て。飲むのは良いけど、何か腹に入れろ」
「リガレイア王がフェブールだという事は、以前言ったよな?」
「うん、聞いたけど……俺の話聞いてる?」
「うん」
「……うん?」
真面目な顔で「うん」と答えるリーリュイを見て、光太朗は確信した。
彼は酔っている。それもかなり。
少なくとも風呂では酔っていなかったはずだ。いつの間に、こんな状態になったのか。
光太朗は笑いながら、リーリュイの口の前に肉の燻製を差し出した。
彼は素直に口を開け、肉を咀嚼する。そして飲み込むと、また口を開く。
「リガレイア国は200年ほどの歴史があるが、フェブールは王一人だけだ。そして驚くことに、リガレイア国にはフェンデが存在しない。そもそもフェンデは、我が国にしか居ないんだ」
「……そうなのか? 何でだろ……」
「多分……リガレイア国は、合格したんだ」
「……ご、合格?」
「うん」
また「うん」が出て、光太朗はつい吹き出す。リーリュイは至極真面目な顔をしているので、笑い出すのは避けた。
しかし吹き出す光太朗を見ても、彼は口元に薄い笑みを浮かべるだけだ。その顔はどこか幼くて、可愛らしいとさえ思ってしまう。
「合格って、誰から?」
「神だ。リガレイア国はフェブールを授かり、一人目で合格した。今やその国力は、この世界で群を抜いている。我が国は4人も下賜されながら、未だ未熟のままだ。きっと、選択を誤り続けているのだと……私は思う」
「う~ん……リュウの父ちゃん、あんまり良い王様じゃないのか?」
「……うん」
リーリュイはこくりと頷き、また酒を飲み干す。真面目な話をしながら、やはりどこか様子がおかしい。
(駄目だ、もう笑っちゃえ。……可愛いリュウを堪能しよう……)
光太朗はトマトのような野菜を手に取り、リーリュイへと差し出した。しかし彼はそれを見ると、プイと顔を背ける。そして「……食べない」と小さく呟く。
光太朗は緩み出す口元を、慌てて押さえた。
「……なーるほどぉ。リュウはこの野菜が嫌いなんだな? かーわいい」
「さて置いて、話を続ける」
「っはは。はいはい、どうぞ」
光太朗はリーリュイに近づき、彼の好きそうな食べ物を見繕った。用意された料理は多彩で、食材も多く使われている。
それをちょいちょいとリーリュイの口元に運ぶと、見事に好き嫌いが分かれた。彼は意外な事に偏食家のようだ。
「フェブールが来る前は、父上は賢王だったらしい。ザキュリオは小さな国だったが、民は飢えることなく幸せに暮らしていた。……フェブールが来てから、父上は変わったんだ。フェブールの力に狂い、更に求めた」
「確か、3人のフェブールを手中に収めたんだっけ? あと一人は?」
「3番目のフェブールは男だったんだ。父上は、初めての子であるオリビア様に彼を譲った。4番目のフェブールが、私の母だ」
光太朗は頷きながら、皿の上の魚を切り分ける。するとそこにリーリュイの手が伸びた。
光太朗の手を掴み、リーリュイが悩まし気に顔を歪める。
「フェブールは、王家から逃げられない。……君がフェブールだったらと思うと……怖い。でも私は、決して負けないと決意した」
「……」
「君を、兄上達に渡したくない」
「……リュウ?」
リーリュイから肩を掴まれ、ソファの上へ静かに押し倒される。
上から見下ろすリーリュイは、泣き出しそうな表情を浮かべ、光太朗を見据えていた。
押し倒されていても、相手がリーリュイなら恐怖を感じない。冷静に状況を判断していた光太朗だったが、ある事実に気付いた。
光太朗の太腿に、硬いものが当たっている。それは考えるまでもなく、それはリーリュイの欲情している証だ。
静まっていた心臓が、大きく跳ね上がる。
『そんなはずが無い』と逃げようとする自分がいる。しかしリーリュイの顔は、まるで懇願するように光太朗を見下ろしている。
そんな彼を前にして、逃げることなどできない。
ごくりと喉を鳴らし、光太朗は口を開いた。
「あん、たは……俺を、抱きたいと思うのか?」
つっかえながら放った言葉は、自分が思うよりも小さかった。しかしリーリュイはその言葉を拾い、くしゃりと顔を歪める。
「……君が……気持ちを受け入れてくれるまで……待つ」
「……リュウ……」
「絶対に、待つ」
リーリュイはそう言うと、耐えるように唇を噛んだ。光太朗から身体を離し、ソファから降りる。
「……酔いを、覚ましてくる」
「……うん……」
光太朗は天井を見上げながら、リーリュイの足音が遠ざかっていくのを聞いた。
(そうか。そういう事か……。だから、風呂にも……)
光太朗はすんと鼻を鳴らし、腕で鼻を覆った。
耳まで真っ赤になっていくのが、自分でも分かる。分かりやすい反応に、我ながら笑いが漏れた。
(なんだよ、これ……。そうか、俺……嬉しいのか……)
リーリュイと想いは繋がったとしても、身体の繋がりまでは考えていなかった。
しかし彼が自分に欲情したという事実は、素直に嬉しい。これまで自分に欲情する男は数多くいたが、彼らには嫌悪感しかなかった。
あれだけ泥酔した状態でも自制した彼を想うと、頬がとろけて落ちるくらい緩んでしまう。
リーリュイにとっては、一時の戯れなのかもしれない。それでも良いくらい、彼に惹かれている。
この国であと何年生きられるか分からないのだ。一瞬でもリーリュイの何かになれる事は、心から嬉しかった。
光太朗は立ち上がって、リーリュイの後を追う。
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