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戦いに向けて

第132話 規格外のお宿

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 宿に向かう馬車の中、光太朗はウトウトと船を漕いでいた。酒のせいもあるが、多くの刺激に触れたため、やはり疲れていたのかもしれない。

 リーリュイから揺り起された時、馬車はどこかの庭園の中を進んでいた。

 色とりどりの花が咲いている庭園には、噴水もある。大規模な公園かと思ったが、いささか装飾が豪華すぎるような気がした。

 しょぼしょぼする目を擦って、光太朗は窓に張り付いた。

「……すごい綺麗だな。ロワイズの公園か?」
「いや、宿だ」
「うん?」

 光太朗が首を捻っていると、馬車が静かに停まった。扉が開けられると同時に、光太朗は顔を出す。

 光太朗の目の前には、大きな邸宅があった。白と青を基調とした建物で、豪華な装飾が至る所に施してある。しかし開放感のある造りだった。

 タイル張りのテラスが張り出し、そこにソファとテーブルが置かれている。テラスの奥にある部屋にも扉はなく、目隠しの薄布が揺れているだけだ。

 豪華な別荘といった感じが近いが、荘厳な雰囲気も醸し出している。一般庶民は近づいてはいけないと、本能が告げるほどだった。

「これが、普通の宿だと……?」
「ああ、普通だ」
「もしかして、この庭も……宿の敷地?」
「勿論だ。中へ入ろう」

 大きなエントランスでは、数人の使用人が並んで頭を下げている。顔は見えないが、皆緊張しているのが雰囲気で分かった。

「リーリュイ殿下。お待ちしておりました」
「呼び鈴を鳴らすまで、下がっておけ」
「かしこまりました」

 使用人は更に深く頭を下げ、奥へと下がっていく。

 リーリュイの声がいつもと違うことに、光太朗は気付いた。騎士団にいる時は厳格で熱い声だが、今は冷たく尖っている。

(皇子としてのリュウって、こんな感じなんだな……)

 急にリーリュイが遠くなった気がして、光太朗はその背中をぼんやりと見つめた。

 使用人が下がったのを確認して、リーリュイは振り返る。光太朗の予想に反して、その顔は優しかった。街にいた時と同じ顔だ。

「もう夕食の時刻だが……腹は減っていないだろう?」
「うん、街でたくさん食ったからな。……酒とつまみなら別腹だけど」
「用意させる。先に風呂だ」

 リーリュイはそう言い放つと、指先で自身の髪を摘まんだ。眉には縦皺を寄せている。

「早く染料を落としたい。ベタベタする」
「そうだな。風呂は男二人が入れる広さか? この豪邸を前にして、聞くまでもないけど」
「……入れる。……内風呂と外風呂、どちらがいい?」
「え? 外があるなら、外が良いな」

 リーリュイは頷くと、光太朗の髪をくしゃりと撫でた。


 室内は思った通りの豪華さで、床を埋め尽くす白いタイルには、金で紋章が描かれている。
 広いリビングには男が10に座れそうなソファがあり、足元には綿毛のようなマットが敷いてあった。

 感嘆の声をあげる光太朗をよそに、リーリュイはずんずん進む。
 彼は以前にも、ここへ来た事があるのだろう。浴室の扉の前に立ち、リーリュイは光太朗を促した。

「私は使用人に酒を指示してくる。君は先に入っていてくれ。……外湯は、内湯の先にある」
「わかった」


 家族で暮らせそうな広さの脱衣所に目を剥きながら、光太朗は服を脱いだ。
 真っ裸になると、置いてあったタオルをひっつかむ。そのタオルは案の定、以前リーリュイの屋敷で出会った、『意地でも肌を傷つけません』タオルだ。

「ふわっふわだなぁ、オイ。お湯に入れたら溶けちまうんじゃないのか?」

 光太朗は軽口を叩きながら内湯を通り抜け、ガラス張りの扉を開け放つ。

 庭に面した外湯は、石造りで内湯よりも小ぶりだった。小ぶりと言っても、男5人は余裕で入れる大きさだ。
 身体を清めて湯に浸かると、口から自然に声が漏れ出してくる。

「あああぁ、さいこう。庭は綺麗だし、良い匂いするし……」

 先ほど通った庭園が、月の光を受けて輝いている。光太朗が知っている花もたくさんあった。
 湯の中を漂いながら花の名前を呟いていると、後方から水の音が響く。

 振り向くと、リーリュイが内湯に身を沈めている。彼はこちらに背を向けたまま、光太朗に向けて言葉を放った。

「湯加減はどうだ?」
「うん。丁度いいよ。花の香りもすごく好きだ」
「そうか」

 そう言ったきり、リーリュイは黙り込んだ。
 内湯と外湯を隔てる扉は、開け放たれている。それなのに何故か、そこには壁があるように感じた。

「リュウ? こっちには入らないのか?」
「……」

 暫くの沈黙の後、リーリュイは背を向けたまま立ち上がった。その逞しい身体が露になって、光太朗は息を呑む。

 盛り上がった筋肉が、彼の背中に陰影を描いている。金の髪から滴り落ちる水は、光り輝きながら彼の背中を滑り落ちていった。

 リーリュイの背中は、畏れを抱くほど完璧で美しかった。雄としての本能が、ねじ伏せられるほどの圧を感じる。

 リーリュイは頭だけを動かし、少しだけ振り向いた。

「入らない。……どうしてだと思う? 光太朗」
「……どうしてって……」
「先に上がる」

 髪をかき上げながら、リーリュイは浴室を出ていく。残された光太朗は、煩く鳴る心臓を押さえた。

(どうして、だって……? わかんねぇよ。……俺と一緒に、風呂に入りたくないって事だよな。リュウが皇子だから? いや違う……あいつはそんな奴じゃない……)

 光太朗は鼻まで湯につかり、ぶくぶくと泡を立てた。いくら考えても、リーリュイの裸体のインパクトに思考がかき消されてしまう。

 自身の腹部に触れると、リーリュイとの圧倒的な差を余計に感じてしまう。
 光太朗も鍛えてはいるが、彼の身体に比べると脆弱だ。まさに、男も惚れる身体といったところだろう。

 いくら考えても問いの答えは見つからず、光太朗は湯からのろのろと這い出た。
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