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戦いに向けて
第131話 溺愛設定
しおりを挟む港に行く前に、リーリュイと光太朗は武器屋に立ち寄った。
騎士団の経費で落ちるからと言って、リーリュイは大量の武器や装備を買い込んだ。光太朗に合わせてオーダーメイドした物は、後日騎士団に届くらしい。
さすがに買いすぎだと光太朗は言ったが、リーリュイは満足そうに微笑むばかりだ。
「さぁ、港へ行こう。腹は減ったか?」
「うん。色んなもんが食べたいな」
「港へ続く街道は、直ぐそこだ」
リーリュイは光太朗の手を握り、ゆっくりと歩き出す。間もなくして、賑わう声が耳に届いた。
港へ続く街道は、活気で満ちていた。
煉瓦で舗装された道にずらっと露店が並び、美味しそうな匂いも漂ってくる。
行き来する人種も多彩で、歩いているだけでも光太朗の心は踊った。
謎の果物、謎の食べ物、謎の人種。知らない要素がありすぎて、どこから質問していいか迷ってしまう。
目をきらきらさせながら周りを見回していると、リーリュイが歩く速度を落とした。
「光太朗? 聞きたいことは聞くと良い」
「いや、質問攻めになりそうだ。……っていうか俺、敬語の方が良いよな? あんたは主の設定だろ?」
「別に構わない。溺愛している設定だ」
「……溺愛か……」
光太朗がそう呟くと、リーリュイの手が腰へと伸びる。ぐっと力強く引き寄せられ、光太朗は息を詰めた。
ロワイズに着いてから、リーリュイは馬鹿みたいに優しい。エスコートも完璧で、少しも淀みがないのだ。
(……こうやって色んな人を虜にしてきたんだろうな……。こんなん誰だって好きになるだろ)
手練れのリーリュイからいきなり溺愛設定で接触されても、どう反応していいか分からない。
光太朗は咳払いを零し、助けを求めるように目の前の露店を見た。そこに売ってあったのは、椰子の実のような果実だ。
「リュウ、これ何? もしかして、中身が飲めるタイプ?」
「良く分かったな。これはノワトという実で、中は果汁で満たされている。果汁だけでは水っぽいので、果実酒を混ぜて販売するのが一般的だ。……光太朗、酒は飲めるか?」
「飲める。俺、酒は強いぞ」
光太朗が得意げに口端を吊り上げると、リーリュイは片眉を吊り上げた。
「ほう? 私も酒は強い方だ。潰れるなよ、光太朗」
「リュウこそ、醜態を晒さないように気をつけろよ。まぁ潰れても、俺がちゃんと運搬してやるから」
「言ったな」
リーリュイは声を立てて笑いながら、ノワトを2つ注文した。店主が穴を開けてくれ、とろりとした酒が注ぎ込まれる。
口を付けると、爽やかな香りが鼻を抜けた。しかし口当たりは甘くて濃厚だ。
「桃とシークワーサーのカクテルって感じ?」
「……しーくわーさーか。光太朗の母国語は、耳触りが良いな」
「そう? これ美味いな、いくらでも飲めそう」
「気に入ってくれて嬉しいが、度数は高い。気を付けてくれ」
光太朗は頷くものの、美味しさからどんどん飲み進めてしまう。酒を飲むのは久しぶりで、胃の辺りがかっと熱くなるのも懐かしい感覚だった。
酔ってしまえば、溺愛設定も軽くこなせるかもしれない。そう思った光太朗は、遠慮なしに酒を飲んだ。
「そういえば、いくらだった? 俺、ちゃんと金持ってきたよ」
「……手ぶらで来るように言ったろう? 加えて、溺愛している君に払わせるわけがない」
「そっか、後払いでいい?」
「君は話を聞いていたか? ……もしかして、もう酔ってるのか?」
光太朗はリーリュイを睨み上げた後、ふにゃりと笑った。「そうかも」と言いながら、彼の腕に絡みつく。酔いのせいか、緊張も解けていった。
「リュウ、俺は肉が食べたい!」
「はいはい。どの露店にしようか」
「あのタレがついてる肉がいいな」
光太朗が露店を指さすと、店主が愛想よく手を振り返してくれる。
ロワイズの住人はフェンデに対する差別意識が低いのか、光太朗に対しても分け隔てない。
光太朗はリーリュイに身を寄せて、いつも張り巡らせている警戒心を解いた。むき身のようになった状態で味わう食べ物は、最高に美味しい。
「はぁあ、全部美味しい。あんたの隣で食べると何でも美味しいが、美味しいうえに美味しいから困る」
「光太朗……本当に酔ってるな? 顔が赤い」
リーリュイから頬を撫でられ、口の端に付いていたタレを拭われる。
光太朗は、酒を飲んだら直ぐに赤くなる体質だった。耳まで赤くなるのが恥ずかしくて、人前ではあまり飲まないようにしている。
「酒飲んでるんだから、酔うさ。でも俺、こっからが長いから! 潰れないぞ」
「その可愛さがずっと続くのか? それは困るな」
「……なぁ、俺もう30歳だよ。可愛いって言われる年じゃないだろ」
光太朗が言うと、リーリュイは目を見開いた。次いで眉を寄せて捲し立てる。
「君は5年前と、なんら変わっていない。むしろ最近は肌艶も良く、更に可愛くなったと言っても過言ではない。加えてこの国では、30歳はまだまだ若い部類だ」
「そりゃ、この国の人だったら……そうかも知れないけどさぁ」
「分かった。君の可愛いところをじっくりと説明する」
「そ、それは遠慮しとく!」
慌てて言うと、リーリュイは本当に残念そうな表情を浮かべる。普段の団長としての顔とは大違いだ。
(リュウも酔ってるんじゃないか? まったく……)
光太朗がため息を吐くと同時に、鐘が響き渡る。夕鐘の時刻のようだ。
「今日は疲れただろう、そろそろ宿へと移動するか」
「おお、どんな宿だろう」
「大したことはない。普通の宿だ」
光太朗は頷くと、リーリュイの後を追う。
王族の言う『普通の宿』がどれほどの規模なのか、その時は想像もしていなかった。
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