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戦いに向けて
第129話 安らげる場所
しおりを挟むリーリュイが絶句しても、光太朗は説明を止めない。
「3,4,5段は、右端を歩いてくれ。右端以外を歩くと、横からナイフが飛び出す仕様だ。6,7,8,9は左端、10、11は真ん中を。12段は飛ばして上り切ったらOKだ」
「こ、光太朗。もう一度頼む」
もう一度説明を受け、リーリュイはそれを頭に叩き込んだ。
そして1段目に足を掛ける。光太朗は後ろから付き添って、2人は共に階段を上った。
「……裸足でも、気を抜けば音が鳴るな」
「うん。でも弱ってると、俺はその音に気付けない」
「……」
階段を上り切ると、正面と両側に扉が現れた。この家の造りから、右側はダミーだろう。
リーリュイが考え込んでいると、肩口から光太朗がひょっこり顔を出した。
「右と正面はダミーで、開けると扉に付けた鈴が鳴る。左の扉は正解だが、同じく大きな音が鳴るようになってる。扉をゆっくり開けて、鈴を押さえれば煩くないよ」
リーリュイは頷いて、左の扉に手を掛けた。ゆっくり開いて、扉の裏についていた鈴を押さえる。
くぐもった鈴の音を聞きながら、目の前の光景を瞳に写した。
その小さな部屋には、小さな窓が一つだけ付いている。家具はなく、彼の持ち物が隅の方に集められてた。
寝台は無い。敷物に使っているであろう布が無造作に置かれ、枕元にはナイフが数本刺してある。
(ここが……彼の安心できる場所か? こんなのは……決して違う……)
そこは、何の色もない部屋だった。喜びや楽しさという暖かい色が一切ない部屋だ。
身体を弱らせ、こんな所に独りで寝ていたと考えるだけで、胸が引き裂かれるように痛む。
黙り込んだリーリュイを見て、光太朗は苦笑いを零す。
「あ、はは。情けないとは思ってるよ、俺だって。この世界では怯えて生きる事なんて無いのに、どーしてもゆっくり寝れなくてさ。……呆れた、よな?」
「呆れない」
リーリュイは振り返ると、光太朗を抱きしめた。つい力が籠ってしまい、光太朗が「ぐぇ」と声を漏らす。
「……光太朗、やはり私の私邸に寝泊まりしてはどうだ?」
「う~ん……慣れないんだよなぁ」
「私と共に寝れば、安眠できると言ったろう?」
「そうだけど……リュウも不眠気味だろ? 俺がいると、きっと邪魔だ」
「邪魔だと、誰が言った? 私は、少しでも君の側にいたい」
「う~ん」と唸る光太朗の髪を、リーリュイは優しく撫でる。彼は応えるように胸に縋るが、気持ちまではいつも縋ってくれない。
「……ありがとう、リュウ。考えておくよ」
「ああ。……明日は……楽しみにしておいてくれ」
「うん、楽しみだ」
胸元の光太朗が、リーリュイを見上げて微笑む。
その額に唇を落とすと、彼はくすぐったそうに瞳を閉じた。
◇◇
早朝。キュウ屋の前に停められた馬車の規模に、光太朗は唖然とした。
馬車を引く馬は2頭。馬車のボディは艶の無い黒の素材で作られ、窓や扉には目隠しが付いている。
後方には従僕が乗るランブルシート※があるが、今日はそこに乗る者はいない。しかし『偉い人が乗っている』と声高に言っているような馬車だ。
馬の側に立っているロブとカーターは濃い緑のコートに身を包み、剣を腰に佩いている。
良いお屋敷の私兵といった出で立ちで、彼らは光太朗へ親し気な笑みを送っていた。
「ロブ、カーター……なんかいつもと違う」
「コウも、いつもと大分違うぞ」
「……だろ? この衣装、どういう設定なんだ?」
旅行は手ぶらで参加してほしいと、光太朗はリーリュイに言われていた。そして光太朗にも衣装が準備されていたのだ。
白い襟付きのシャツに、黒い細身のベスト。同じく黒いパンツに、黒いロングブーツ。用意された衣装は、光太朗には馴染みのない服装だった。
「ゴスロリみたいな服だな」
「ごすろり?」
「いや、何でもない。こんな服は、偉い人じゃないと着れないんじゃないか?」
光太朗が言うと、リーリュイが隣に立った。先ほどから見ないように努めているが、どうしても視界に入る。
黒いロングコートは細身で、銀の装飾が惜しみなく施されている。パンツも細身で、光太朗と同じくロングブーツだ。どこからどうみても格好良くて、直視できない。
リーリュイは光太朗に、外套をそっと掛ける。首元に紺のふわふわが付いた、かなり上質な外套だ。
「お忍びで行くが、伯爵家には私の身分を伝えてある。ロワイズには貴族も王族も多いから、悪目立ちはしないだろう」
「……いや、リュウは目立つだろ……」
「髪も染めた。そう簡単には気付かれまい」
『そうかぁ?』と心中零しながら、光太朗はリーリュイを見上げた。
彼の金の髪は青く染め上げられ、後ろへと流されている。眉まで青くなっているが、違和感はない。
違和感はないが、やはり彼が持つ存在感は隠しきれていない。
「リュウは、どんな格好をしても男前だな」
「君も、すごく似合っている」
「そうかぁ?」
「……君の容姿は特殊だから、フェンデと一目で分かってしまう。屋敷の主である私に囲われている立場になってもらうが、構わないか?」
「うん。何か問題が?」
黙って聞いていたカーターが、光太朗に向けてこっそりと呟く。
「囲うって、そっちの方面っすよ、コウさん」
「……あ~……。なるほど」
光太朗が呟いていると、リーリュイが身を屈める。彼特有の香りが鼻をくすぐり、光太朗は耳に熱が集まるのを感じた。
「お気に入りのフェンデという設定だ。いけるか?」
「も、もちろん。どんと来いだ」
「言ったな」
リーリュイは笑いながら、光太朗の腰に手を回した。ロブが馬車の扉を開け、カーターがステップを地面へ置く。
ぐぅと喉が鳴った。女性のような扱いは嫌だが、ここは従うしかない。
リーリュイの手を握ったまま、ステップを上る。馬車の中は意外と大きく、6人は乗れそうな広さだ。
座席にはふわふわの毛皮が敷かれ、光太朗は「うわお」と声を漏らした。
=======
※ランブルシート
馬車の後方にステップが出っ張ってて、そこに従僕が立ったまま乗ります。
光太朗たちの馬車は大きいので、ランブルシートは2人乗りです。
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