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側にいるために

第121話 本当に恐ろしかったのは

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 マオとイーオの状況が分かり、光太朗の気持ちは少しだけ落ち着いた。
 催淫薬を吸い込んだ騎士らも、薬を飲んで今は問題なく過ごしていると言う。巻き込まれた彼らに害がなくて、光太朗はほっと胸を撫で下ろした。

「光太朗が気にすることは、もう何もない。あとは身体を休めて欲しい」
「……リュウ。俺さ、助けられた時の記憶が無いんだけど……どんなだった?」
「……君は……」

 言い淀んだリーリュイを振り返ると、彼は手を強く握り込んできた。リーリュイの表情は、光太朗よりも不安そうだ。
 そんなに酷かったか、と光太朗が苦笑いを浮かべると、リーリュイが口を開いた。

「君は、子供のように怯えていた。『せんせい、こないで』と言って蹲り、私の事も分からないようだった」
「あ~……。そうか、そんなんだったか。ごめんな、リュウ」
「謝ることなど無い」

 リーリュイからは、それ以上追及する素振りがなかった。
 光太朗は少しだけリーリュイへ身を寄せて、彼の体温を確かめる。そしてぽつりぽつりと話し始めた。

「俺が所属していた組織は、親の無い子を集めて、物心つく前から訓練する所だった。たくさん集めて訓練して、出来ない者は容赦無く消される。次は自分がいなくなるかもって、いつも怖かったな……」
「……ひどいな……」
「うん。……確か5、6歳ぐらいの時だったと思う。俺は身体が小さくて、体術が苦手だったんだ」

 脳裏に甦る光景を読み解くようにして、光太朗は語った。いつの間にか抑え込んでいた記憶は、他人事のようにただそこにある。ただそれを、自分のものと実感するのが怖かった。

 物心ついた時から、訓練するのが光太朗の日常だった。
 衣食住はしっかりと提供されていた。完璧な戦闘員を作り上げるための提供ではあったが、それが命の支えであり、それに必死で縋るしかなかったのだ。

「毎日居残りさせられて、先生せんせいから体術を教え込まれたんだ。弱い俺に先生は容赦がなくて、毎回押さえ込まれて、殴られた。そして、俺が身動きできなくなると……先生は俺の身体中を触って、舐め回したんだ。抵抗すると、もっと激しく殴られる。子供ながらにそれが嫌でさ……。でも、嫌がるのがおかしいのかもって思ったりしてた」
「そんな馬鹿な事………」
「そう思うだろ? でも小さい時は、組織の在り方に疑問なんて持たなかったんだ。日常に溶け込んで任務を遂行する組織だから、人間関係を学ぶために、学校へも通わされた。学校に通うとさ、組織の異質さに子供ながら気付くだろ? でも組織に逆らおうとは思わないんだ。洗脳みたいなもんかな」

 光太朗自身も驚くほど、すらすらと言葉が流れ出る。武器庫で味わった身も凍るような恐怖も、リーリュイの側にいると薄らぐようだ。
 当時の光太朗は良く、先生から逃れて更衣室の隅へと逃げていた。薄暗いところへ行くと、大人の思うつぼだという事も知らずに。

「……俺が9歳の時に、先生はこう言ったんだ。『精通を迎えたら、コウも気持ちよくなる事をしよう。ここに、先生のを入れるんだよ』って。俺を押さえつけて、尻の穴を撫でながら……」
「光太朗、もう良い。……大丈夫か?」
「いや、大丈夫。結局……未遂に終わったんだ」

 光太朗はリーリュイの胸に背を預けて、下から彼の顔を見上げる。
 後頭部を胸に擦りつけると、リーリュイは眉を寄せて光太朗を見下ろした。憂いを帯びた瞳が、こちらを窺うように覗き込んでくる。

「……そんなに心配しないでくれ。……先生の言葉に危機感を持った俺は、その日から狂ったように体術を磨いて、先生を打ち負かした。10歳の時だ。俺の尻の処女は守られたってわけだ。……どう? 偉いだろ、俺」
「……うん。……君は偉い」

 片手で髪を撫でられて、光太朗は得意げに笑った。
 しかしリーリュイの顔は憂いを帯びたまま、続く言葉も出てこない。静寂の中で髪を撫でられ続け、光太朗はうっとりと微睡んだ。
 しかしリーリュイの様子が気になり、憂いを払いたくて言葉を続ける。

「……俺ね、先生の足の指を折ったんだ。しかも両足合わせて5本。でも一番……怖いのはさ……先生がそれっきり、居なくなっちゃったって事だ。……用無しは消えるって……先生も対象だったんだよ……」
「光太朗……」
「俺……せんせいを、消したんだ……」

 「駄目だ、もう眠い」の言葉は出てこなかった。光太朗はリーリュイの胸に凭れ、目を閉じる。そこから一筋、涙が零れ落ちた。
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