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側にいるために

第110話 強気に振舞っても

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 光太朗はキュウ屋に着くなり、カウンターの引き出しを開けた。そこに入っていた薬を口に放り込み、水で流し込む。
 ミカが教えてくれた風邪の引き始めによく効く薬だ。光太朗はそれに手を加え、今では最強の風邪対策薬となっている。

 光太朗は水を飲み干しながら暖炉へ近づき、ブランケットを身体に巻きつけた。そしてそのまま暖炉に火を点ける。
 戦闘服を着替えたいところだが、今は温まるのが先だ。ガタガタと震えながら、暖炉に火が灯っていくのをぼんやりと見る。

「温まれ俺の身体、高まれ俺の免疫力……」

 まるで魔法の詠唱のように唱えながら、光太朗は目を閉じた。
 今は、身体の不調が有難かった。余計なことを考えなくて済む。


 夜明け前に目を覚ました光太朗は、目の前の暖炉をぼんやりと見た。暖炉の火は燻っていて、まだ暖かさを残している。
 身体を確認すると、ぐっしょりと汗に濡れていた。夜中に出た熱が、汗と共に下がっているのを感じる。

 勝った。光太朗はそう思った。
 自分の免疫力と薬が勝利したのだ。若干の怠さと喉の痛みはあるものの、確実に悪化は回避できた。

 ブランケットから這い出して、ずっと脱ぎたかった戦闘服を剥いだ。それを桶に放り込んで、新しい服を身に着ける。
 そして喉の痛みを和らげるために、カプリの蜜を舐めた。蜂蜜みたいなもので、喉に良いのも似ている。

 そこまでやって、光太朗は息を吐いた。最善を尽くしたので、あとは身体を休めるしかない。

 怠い身体を引きずって、光太朗は2階へと上がった。布を敷いただけの簡素な寝床に身体を横たえる。
 眠気はすぐに訪れた。慣れない訓練で、疲れが溜まっていたのかもしれない。身体を休めるいい機会だ。

「そうそう……いい機会だ……」

 そう零していると、涙が溢れた。何故か止まらない涙に、心底うんざりする。

「どうしてこんなに、弱くなってんだよ……!」

 胸が絞られて、頭が痛い。頭に浮かぶのはリーリュイの顔で、消しても消しても浮かんでくる。
 流れる涙を拭わずに、光太朗はそのまま目を閉じた。

________

 コツコツ、という音に、光太朗は薄く目を開けた。
 かなり長く眠っていたようで、部屋が薄暗くなっている。

 コツコツ、という音が規則的に響いてくる。同時に「コウ」と呼ぶ声も。
 光太朗は身を起こし、慌てて扉へと向かった。
 このノックの仕方は暗号みたいな物で、それを知っている人物は一人しかいない。

 階段に直通する扉を開けると、階下にミカの姿が見えた。ミカは光太朗の姿を認めると、眉根を寄せる。

「コウ……! 大丈夫なの? 降りられる?」
「だ、大丈夫! ミカさん、上がって来ないで良いから!」

 2階の部屋の鍵を閉め、光太朗は階段を降りた。熱は下がっていて、ふらつくこともない。しかしミカは光太朗が降り切るまで、終始心配そうな顔を浮かべていた。

 光太朗は普段、あまり2階では寝ない。疲れた時か、体調の悪い時だけ2階を使う。それをミカは知っているのだ。
 今回は昼間から2階で寝ていたため、ミカには体調が悪いことを勘付かれている。
 階段を降りると、早速額にミカの手が伸びる。

「……具合はどうなの? 熱は無いみたいだけど、頭は?」
「ミカさん、大丈夫だよ。……ちょっと座って話そうか」

 ミカは頷くと、光太朗の手を取ってソファへと導いた。相変わらずの子ども扱いに、光太朗は苦笑いを零す。
 隠せば隠すほど、追及するミカである。光太朗は素直に口を開いた。
 
「ちょっと喉が痛いんだ。あとは治まった」
「分かった。カウンターを借りるわね」


 ソファに座ると、暖炉には新しい薪がくべてあった。少し前からミカはキュウ屋に来ていて、降りてくる気配のない光太朗を待っていたのだろう。
 休みを把握しているミカは、時々こうしてキュウ屋にやってくる。

(……もう、生存確認は要らないのになぁ……)

 ミカがウィリアムと繋がっている事。光太朗を監視し、生存確認をしていた事。光太朗は薄々気付いていた。気付いていたが、さして問題はないと思っていたのだ。

 光太朗はあの時、ウィリアムの手中にいた。ミカもきっと、彼に絡めとられたのだろう。
 ミカがウィリアムとどこまで繋がっていたかは知らないが、裏切られたという気持ちは無い。
 ミカの子供たちへの愛は、当時の光太朗の心を動かすものであったのは確かだ。素晴らしい女性だと思う気持ちは変わっていない。


 ミカが持ってきたのは、薬草茶だった。礼を言って受け取ると、ミカはスツールへと腰掛ける。そして身を乗り出すと、光太朗の口端の痣へと手を伸ばした。
 『ああ、これね。訓練でついた痣だよ』という言葉を、光太朗は吞み込んだ。そして呑み込んでしまった自分に、心底うんざりする。

 身体に不調があると、気持ちも弱ってしまう。ミカに慰められようとしている自分が、光太朗は恥ずかしかった。
 光太朗がミカの手を避けるように俯くと、ミカは静かに手を引く。
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