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側にいるために

第104話 訓練風景

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 驚愕の事実だった。
 ウルフェイルのパートナーは、この国の第3皇子だったのだ。つまりリーリュイのお兄ちゃんだ。

(え、じゃあ何だ? ウルフェイルはリュウの義兄って事か? ウルフは立場が特殊だって言ってたし、事情があるのか……)


「余裕だなぁ、コウ。考え事かぁ?」
「あっ……!?」

 情けない声を残して、視界がぐるりと回転する。次いで背中に激しい痛みを感じ、光太朗は息を詰めた。

 急いで体勢を立て直すと、自分を引き倒した張本人が見える。魔導騎士団第1班長、キースだ。

 錆色の髪を雑に纏め、顎には無精ひげが生えている。常時怠そうな喋り方のせいで、はっきり言って騎士には見えない。
 しかし彼は、リーリュイ、ウルフェイルに次ぐ実力者だ。

「オレとの手合わせ中に、余計な事考えんな。死ぬぞ?」
「余計に考えちゃうほど、衝撃だったん ___」

 光太朗が言い終わらないうちに、拳が飛んでくる。それを手の甲でいなし、キースの脇腹に拳を叩きつけた。しかしまったく手ごたえがない。

 騎士らの鍛えられた肉体は、鋼のように固い。力が弱い光太朗は、何度も攻撃を当てるしか彼らに対抗する術はない。

「相変わらず軽い拳だな」
「ひっでぇ」

 攻撃体勢を崩さないまま、光太朗はキースに向けて肩を竦めた。

 キース率いる1班の騎士たちは、光太朗に対してまったく手加減をしない。訓練も他の騎士と同じ量を言いつけられる。しかしその姿勢が、光太朗にはとても有難かった。

 他の班は、どうしても光太朗への遠慮があるのだ。特にロブ率いる3班は、甘々だ。
 どの班の訓練に参加するかは任せられているため、光太朗は迷うことなく1班を選んでいる。
 

「コウなぁ……。恐らくお前の身体には、これ以上筋肉がつかねぇ。仕方ねぇからスタミナつけろ。闘技場の外周、8周な」
「……。この、ドS鬼畜班長め……」

 光太朗が零すと同時に、手合わせ終了の鐘が鳴る。キースを見ると、彼は親指を外周へと向け、くいくいと動かしている。さっさと走れよの合図だ。

 光太朗はキースに敬礼して、外周へと向かう。8周となると、約10km走ることになる。

(まぁ、体力をつけろってのは、ど正論なんだよな。力がない分、相手より多く動かないといけないし……)

 しばらく外周を走っていると、キースが気怠げに並走してきた。

「お前……午後は、衛生班で訓練だったかぁ? あんま詰め込み過ぎんなぁ?」
「う~ん、まあそうだけど。何とかなるだろ」

 光太朗が返すと、キースが笑う。
 体格も小さめの方なので、外見だけでは彼が魔導騎士団ナンバー3だとは思わないだろう。

「やっぱ5周でいいぞぉ」
「お、やりぃ」
「頑張れよぉ」

 キースにまで頭を撫でられ、光太朗は鼻梁に皺を寄せた。彼との身長差はそこまで無いはずなのに、ここでも残念ながら子供扱いだ。
 戻っていくキースを見送って、光太朗は短く息を吐いた。


 午前中は第1班でみっちり訓練をし、午後は衛生班で訓練した後、マオ兄弟との座学が待っている。我ながら詰め込み過ぎとは思うが、休みはきっちり貰っていた。

 『キュウ屋の仕事も最低限続けたい』そうリーリュイに相談したところ、2勤1休を提案された。
 2日行けば1日休みなので、週休2日、多い時は3日取れることになるのだ。びっくりするほどホワイトである。

 休みをしっかり貰う代わりに、訓練もしっかりやる。そう決めた光太朗は、毎日全力で訓練をこなす。


________

『コウは、どうしても1班で訓練したいらしい。キースお前、あんま無理させんなよ』
『キース先輩! ちゃんと無理しないように見張ってて下さいよ!』

 ウルフェイルとロブに言われた言葉を思い出し、キースは外周を走る光太朗を見た。

 白い頬を赤く染めた光太朗は、もう6周目に突入している。5周で良いと言ったにも関わらず、当初言いつけられた8周を守るつもりなのだろう。


 突然入団してきたフェンデの事を、キースはただのお飾りだと思っていた。外見だけで選ばれ、団長の庇護下に甘んじる存在だと認識していたのだ。
 ウルフェイルとロブに光太朗を任された時も、正直訓練の邪魔だと思っていた。

 入隊試験で優秀な成績を収めたとしても、光太朗には騎士としての心構えが甘い。そう思っていたが、光太朗の訓練への姿勢は驚くほど真剣だった。

 誰より早く訓練場へ来て、訓練係の準備を必ず手伝う。そのため訓練係とも直ぐに仲良くなった。
 どんなに辛い訓練でも全力で取り組む彼に、班員もどんどん心を開いていった。

 今ではすっかり班の一員で『預かって訓練に参加させている』という認識では無くなっている。

(ロブも副団長も、分かっちゃいねぇなぁ……。あいつは、すげぇ男だぞぉ)

 
 8周を終えた光太朗が、その場にごろりと横になった。直ぐさま班員たちが走って来て彼をおぶり、日陰へと運ぶ。
 運ばれている光太朗は「ガキ扱いすんな」と文句を垂れるものの、言われている班員たちは嬉しそうだ。

「……」

 班員たちから視線をずらすと、闘技場の端に人影が見える。先ほどからずっといるが、班員たちは気付かない。
 キースは目線を下げて俯くと、くつくつと笑った。

(団長、また来てるな……)

 気配を消して見守るリーリュイを、キースは何度も見ている。しかし彼は、キースに一切口を出さない。
 訓練が厳しくて光太朗が膝を折っても、リーリュイはキースを咎めない。

(やっぱ、団長は……分かってらっしゃる)

 キースがリーリュイへ向けて頭を下げると、彼はすっと踵を返す。消えていく背中を見て、キースは口端を吊り上げた。

「良い関係だなぁ……」

 お互いに信頼し合ってる。それが彼らを見ていると分かる。


 訓練終了の鐘の後、昼食の時間の鐘も続けて鳴る。暴れる光太朗を背負ったまま、班員たちは食堂へ向かって行った。
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