上 下
104 / 248
側にいるために

第102話 マオとイーオ

しおりを挟む

「光太朗、皆に君を紹介したい」
「……こんな大げさにか? もう皆知ってると思うけど……」

 壇上から騎士たちを見回すと、思った以上の迫力に仰け反りそうになった。いつもなら光太朗が見上げているはずの騎士たちが、こちらを一斉に見上げている。
 口を引き結んでいると、リーリュイが口を開いた。

「知っている者も多いとは思うが、魔導騎士団に入ることとなった光太朗だ」
「へ!? 俺、入団したの!?」

 光太朗の驚愕の声をかき消すように、騎士たちの雄叫びが再度響く。
 びりびりと肌を震わす迫力に、光太朗は今度こそ仰け反った。リーリュイの手が伸びてきて、そっと腰を支えられる。

「入隊試験の結果を確認した。あれだけの結果を叩き出せる新兵がいれば、各騎士団から誘いの手が伸びるだろう。司令部からの許可も降りたため、光太朗は私の一存で入団させる。外部からの非難は、競技会に光太朗を参加させる事で黙らせる事とする」
「……まじかよ……」
「加えて、光太朗は私の専属薬師となる。周知しておくように」

 その言葉を合図に、騎士らが光太朗へ向けて一斉に姿勢を正した。そして腕を後ろへ回し、両手の甲を腰へと押し付ける。「休め」の様なこの姿勢は、騎士の敬礼だ。

 攻撃体勢とは真反対の動作をすることで、忠誠心を示す。光太朗もその事は知っていたが、まさか自分に向けられるとは思わず、背筋がぞくりと粟立った。


 (ちょ、ちょっと待てよ……。何で俺に敬礼してるんだ?)

 敬礼されて、どう返すかなど学んではいない。戸惑う光太朗の代わりに、リーリュイが片手を上げた。

「直れ。……光太朗は私の側近となるが、ここの一員として今まで通り接して欲しい。訓練も手加減しなくていい。……それでいいな? 光太朗」
「そ、それで良い! 今まで通りがいい」
「という事だ。徹底するように」

 リーリュイの言葉に、騎士らが敬礼の体勢を解いた。笑顔を浮かべる騎士もおり、いつも通りの様子に、光太朗はほっと息を吐く。

 騎士たちとは訓練を通して、かなり親しくなっていた。フェンデを差別しない彼らと過ごすのは、楽しい時間だったのだ。溝が出来るのは避けたい。

 騎士らに笑顔を返していると、隣にいたリーリュイが、光太朗を隠すように前へと進み出る。

「それから……お前たちは光太朗の事を、キュウヤやらコウやらと呼んでいるようだか、これからはコウに統一するように」
「……(そこまで指定するのか……)」

 リーリュイをちらりと見やると、その顔は厳格な団長顔だ。呼び名の指定をしている顔には見えない。
 反して騎士たちは穏やかな顔を浮かべていた。見守るような目線も感じると共に、遠くからウルフェイルの爆笑する声も聞こえてくる。

 彼らの不可解な反応に、光太朗が訝し気に顔を顰める。それと同時に声が響いた。


「団長! 王都から薬師が到着しました!」

 その声にいち早く反応したのは、ウルフェイルだった。壇上からリーリュイと光太朗が降り切る前に、報告に来た門番へと詰め寄る。

「予定より早いな」
「それが……予定されていた方と違いまして……」
「……まさか……」

 ウルフェイルが零すと同時に、闘技場へ2人の男性が姿を現す。彼らを見た瞬間、ウルフェイルが眉根を引き絞った。
 
 瘦身の男性の後ろに、体格の良い男性が付き従うように立っている。

 瘦身の男性は、女性と見紛う程に華奢で美しい。金の髪は高めに結われ、腰の辺りまで真っ直ぐに垂れている。肌は褐色だが、身長は光太朗と同じ位だ。

 後ろにいた男性は、金の短髪に褐色の肌。しかし体つきは逞しく、この国特有の容姿と言っていい。体格の割に、痩身の男性に隠れるように立っているのが印象的だった。


 2人に気付いたリーリュイは、驚いたように眉を上げた。そして2人に歩み寄る。

「マオ公子。……それにイーオ公子も。……どうしてこちらへ?」
「殿下。お久しぶりでございます」

 マオと呼ばれた痩身の男は、流れるような所作で腰を折った。後ろにいたイーオも胸に手を当て頭を下げる。

「殿下が教育係として指名していた薬師は、急な案件で不在となりまして……。代わりに私と弟のイーオが派遣されました。これから宜しくお願い致します」
「……初耳だ。王宮から許可は出たのか?」
「ええ、勿論」

「んなわけねぇだろ!」

 リーリュイの隣まで進んだウルフェイルが、怒気を孕んだ声を発する。
 マオはウルフェイルへ視線を移し、微笑みを浮かべた。ぞっとするほど、美しい笑みだ。

叔祖父おおおじ様も、お久しぶりですね。……嘘ではありませんよ。きちんと許可を頂きました」
「馬鹿言え。王宮の薬部長が、こんな所に来れるわけがないだろ」
「薬部には、優秀な部下が多くおります。長など飾りのようなもの……。それに、こちらの任務の方が格段に楽しそうでしたから」

 マオはそう言うと、リーリュイの後ろに立つ光太朗へと視線を寄越した。じっと見つめられ、光太朗は息を詰める。

(……見れば見るほど綺麗だな。ウィリアムも綺麗な顔だったけど、あいつは体格が良かったから……。この人はほんと、女の人よりも綺麗かも)

 蠱惑的とはこの事なのだろうと、光太朗はマオを見つめ返した。ついつい眉を顰めてしまい、いつの間にか側に来ていたロブに突かれる。

 マオは光太朗から視線をずらし、今度はリーリュイを見つめた。

「殿下。私では力不足でしょうか? 念のため弟も連れてきましたが……」
「いや、そうではない。ウルフェイルも言っていた通り、公子は王宮の……」
「マオ。とお呼びください、殿下。昔のように」

 マオが眉を下げ、小首を傾げる。その仕草は、見た者全てを魅了してしまう程の威力に満ちていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

処理中です...