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渦中に落ちる
第99話 愛情の受け口
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風呂屋から一旦キュウ屋へ戻り、光太朗は用意していた小包を手に、また商店街へと戻った。
目的地の八百屋に着くと、今日は珍しく店主が店番をしている。
微笑みながら光太朗が近づくと、こちらに気付いた店主が手に持っていたプフェルを取り落とした。
寸での所で光太朗がそれを受け止め、ふぅと息を吐く。
「セーフ。……親父さん、久しぶりだな。体調は良いのか?」
「こ、コウ……!」
「うん。あ、このプフェル、もらうわ」
プフェルは林檎のような見た目の果実だ。しかし味は桃に近く、果汁もたっぷりで美味しい。風呂上がりに食べると、きっと美味しいだろう。
しかし八百屋に来たのはプフェルが目的ではない。
光太朗は持ってきた小包を、店主に渡した。そして未だ固まったまま動かない店主を見て、眉を顰める。
まるで死んだ人間が帰ってきたかのような、そんな表情を店主は浮かべている。疑問に思いながらも、光太朗は口を開いた。
「これ、心臓の薬。もうすぐ無くなるって聞いたからさ、心配してたんだよ」
「……ばかお前、それどころじゃねぇだろ。……大丈夫なのか!?」
「? 大丈夫、とは……」
店主から肩を掴まれ、光太朗はまたプフェルを落としそうになった。それを慌てて掴もうとしている間に、店主が捲し立てる。
「キュウ屋が大変な事になったって、皆大騒ぎだったんだぞ! 当のお前さんはどこにもいねぇし、キュウ屋には騎士団が出入りしているし……。おれは、もう、お前が……」
「ああ、死んだと思った?」
「縁起でもねぇ!」
叫ぶ店主に、光太朗はがくがくと肩を揺さぶられる。その力の強さに「元気になったなぁ」と揺れながら笑いが漏れた。
「っこ、コウじゃねぇか!!」
騒ぎを聞きつけたのか、魚屋の店主までが駆け付けてきた。光太朗が肩を掴まれたまま手を振ると、彼は八百屋と同じく驚愕の表情を浮かべる。そして直後、口をへの字に歪めた。
「……っ! 無事だったのか……俺は……てっきり……! 待て! シエラを呼んでくる!!」
「あ……うん……」
走り去っていく魚屋が見え、今度は奥さんのシエラと駆け寄ってくるのが見える。恰幅の良い彼女が、顔を歪めながら必死に走ってくる。
それを見た瞬間、胸の中がじんと熱くなった。目の前でぼろぼろと泣かれ、あまりの泣きっぷりに光太朗は慌てふためく。
慌てながらも、心の中はじわじわと温かいもので満たされていくのを感じた。
この商店街の一部に、自分はちゃんと組み込まれていた。一線引いていたのは自分の方で、彼らは光太朗をとっくに受け入れてくれていたのだ。
(馬鹿だなぁ、俺。どんだけぼんやり生きてたんだろう……)
愛情を向けられても何も感じなかった自分が、どんどん変わっていくのを感じる。
誰が変えてくれたのかは明確だ。
(……リュウに、会いたいな。……仲直り、出来るかな……)
自分を変えられるのが怖い。その想いをリーリュイに理解して欲しくて、光太朗は屋敷を出た。
しかも怒りに任せてリーリュイを罵倒し、彼の言い分も聞かないままだ。
リーリュイが怒っていても仕方がない。今更屋敷へ行っても、追い返されるだけかもしれない。しかし今は無性に、彼の顔が見たかった。
魚屋から惣菜を大量に貰い、八百屋からはプフェルを袋一杯に詰められた。
抱えきれない程の荷物を抱え、光太朗はキュウ屋へと向かう。
(キュウ屋に荷物を置いて、リーリュイの屋敷へ行こう。……もしかして居ないかもしれないけど……そん時はカザンさんや屋敷の人たちに、勝手に出て行ったこと謝って帰ろう。そうだ、惣菜とプフェルは、差し入れとして持っていこうかな……)
自然と頬が緩むのを感じて、光太朗は頭を振った。
屋敷の人たちには会いたいが、彼らが歓迎してくれるとは限らない。あんな去り方をしたのだ。恩知らずにも程がある。
ぐっと気を引き締めて、光太朗は謝罪の言葉を脳内に列挙した。ぶつぶつと口にしながら、キュウ屋の裏口まで辿り着く。
木戸を押し開けようとしたところで、光太朗はある事に気付いた。
店の正面の角に、誰かが立っている。外套のフードを被ってはいるが、その人物が誰であるか、光太朗には直ぐに分かった。
「あ……」
情けなく口から出た声に、リーリュイが反応する。光太朗を見つけた彼は、こちらへと向かってくる。
リーリュイがどんな表情をしているか、光太朗には見えない。目を細めて確認するのが、少し怖かった。
光太朗が戸惑っている間に、リーリュイは目の前に立つ。
彼の顔は無表情だ。光太朗の心臓がひやりとしたと同時に、彼がフードを取る。
フードを取ったリーリュイの姿に、光太朗は持っていた荷物を全て落とした。
風呂屋から一旦キュウ屋へ戻り、光太朗は用意していた小包を手に、また商店街へと戻った。
目的地の八百屋に着くと、今日は珍しく店主が店番をしている。
微笑みながら光太朗が近づくと、こちらに気付いた店主が手に持っていたプフェルを取り落とした。
寸での所で光太朗がそれを受け止め、ふぅと息を吐く。
「セーフ。……親父さん、久しぶりだな。体調は良いのか?」
「こ、コウ……!」
「うん。あ、このプフェル、もらうわ」
プフェルは林檎のような見た目の果実だ。しかし味は桃に近く、果汁もたっぷりで美味しい。風呂上がりに食べると、きっと美味しいだろう。
しかし八百屋に来たのはプフェルが目的ではない。
光太朗は持ってきた小包を、店主に渡した。そして未だ固まったまま動かない店主を見て、眉を顰める。
まるで死んだ人間が帰ってきたかのような、そんな表情を店主は浮かべている。疑問に思いながらも、光太朗は口を開いた。
「これ、心臓の薬。もうすぐ無くなるって聞いたからさ、心配してたんだよ」
「……ばかお前、それどころじゃねぇだろ。……大丈夫なのか!?」
「? 大丈夫、とは……」
店主から肩を掴まれ、光太朗はまたプフェルを落としそうになった。それを慌てて掴もうとしている間に、店主が捲し立てる。
「キュウ屋が大変な事になったって、皆大騒ぎだったんだぞ! 当のお前さんはどこにもいねぇし、キュウ屋には騎士団が出入りしているし……。おれは、もう、お前が……」
「ああ、死んだと思った?」
「縁起でもねぇ!」
叫ぶ店主に、光太朗はがくがくと肩を揺さぶられる。その力の強さに「元気になったなぁ」と揺れながら笑いが漏れた。
「っこ、コウじゃねぇか!!」
騒ぎを聞きつけたのか、魚屋の店主までが駆け付けてきた。光太朗が肩を掴まれたまま手を振ると、彼は八百屋と同じく驚愕の表情を浮かべる。そして直後、口をへの字に歪めた。
「……っ! 無事だったのか……俺は……てっきり……! 待て! シエラを呼んでくる!!」
「あ……うん……」
走り去っていく魚屋が見え、今度は奥さんのシエラと駆け寄ってくるのが見える。恰幅の良い彼女が、顔を歪めながら必死に走ってくる。
それを見た瞬間、胸の中がじんと熱くなった。目の前でぼろぼろと泣かれ、あまりの泣きっぷりに光太朗は慌てふためく。
慌てながらも、心の中はじわじわと温かいもので満たされていくのを感じた。
この商店街の一部に、自分はちゃんと組み込まれていた。一線引いていたのは自分の方で、彼らは光太朗をとっくに受け入れてくれていたのだ。
(馬鹿だなぁ、俺。どんだけぼんやり生きてたんだろう……)
愛情を向けられても何も感じなかった自分が、どんどん変わっていくのを感じる。
誰が変えてくれたのかは明確だ。
(……リュウに、会いたいな。……仲直り、出来るかな……)
自分を変えられるのが怖い。その想いをリーリュイに理解して欲しくて、光太朗は屋敷を出た。
しかも怒りに任せてリーリュイを罵倒し、彼の言い分も聞かないままだ。
リーリュイが怒っていても仕方がない。今更屋敷へ行っても、追い返されるだけかもしれない。しかし今は無性に、彼の顔が見たかった。
魚屋から惣菜を大量に貰い、八百屋からはプフェルを袋一杯に詰められた。
抱えきれない程の荷物を抱え、光太朗はキュウ屋へと向かう。
(キュウ屋に荷物を置いて、リーリュイの屋敷へ行こう。……もしかして居ないかもしれないけど……そん時はカザンさんや屋敷の人たちに、勝手に出て行ったこと謝って帰ろう。そうだ、惣菜とプフェルは、差し入れとして持っていこうかな……)
自然と頬が緩むのを感じて、光太朗は頭を振った。
屋敷の人たちには会いたいが、彼らが歓迎してくれるとは限らない。あんな去り方をしたのだ。恩知らずにも程がある。
ぐっと気を引き締めて、光太朗は謝罪の言葉を脳内に列挙した。ぶつぶつと口にしながら、キュウ屋の裏口まで辿り着く。
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店の正面の角に、誰かが立っている。外套のフードを被ってはいるが、その人物が誰であるか、光太朗には直ぐに分かった。
「あ……」
情けなく口から出た声に、リーリュイが反応する。光太朗を見つけた彼は、こちらへと向かってくる。
リーリュイがどんな表情をしているか、光太朗には見えない。目を細めて確認するのが、少し怖かった。
光太朗が戸惑っている間に、リーリュイは目の前に立つ。
彼の顔は無表情だ。光太朗の心臓がひやりとしたと同時に、彼がフードを取る。
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