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渦中に落ちる

第97話 軍司令部に居ても考えるのは君の事

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(光太朗、私が悪かった。君の事が好きなんだ。パートナーになって……駄目だ、この言い方じゃ光太朗が引いてしまう。……光太朗、済まなかった。きちんと説明しながら進めるべきだったのだが、前髪を切った君が可愛らし過ぎて、会話するどころか直視すら出来なかった………いや、我ながら気持ちが悪いな。……光太朗、君を寝室に留め置いたのは、君の寝顔を見たいからで……君の髪を、寝ている間に……。……駄目だ、言えば言うほど気持ちが悪い……)


「魔導騎士団長! ……リーリュイ殿下! 聞いておられるのですか!!」
「はい」

 真顔で言い放つと、同じテーブルについている重役たちが、嫌味たっぷりにため息を吐く。
 軍の司令部に身を置く重役たちは、元は歴戦の戦士たちだ。国に貢献した戦士たちは現役を退いた後、多くがこの司令本部へと籍を置く。


 軍の司令本部など、本来なら近寄りたくもない場所だ。しかし、今回ばかりは避けて通れない。

 軍に纏わる事は、司令部の許可が必要となる。騎士団を纏めている団長が例え皇子であったとしても、司令部には逆らえない。

 魔導騎士団の人事権はリーリュイにあるが、誰かを入団させるには届け出がいる。光太朗を入団させれば、絶対に指摘が来る。そうなる前に手を打つ必要があった。


「騎士団にフェンデを入団させる? 前代未聞ですよ」
「大体、何の意味があるというのですか? 騎士団は慈善事業ではないのです! あんな脆弱な生き物に、騎士団が務められるわけがない!」
「よりにもよって魔導騎士団だなんて、許可出来るわけがない!」

 騒ぎ立てる重役たちをリーリュイが鋭く一瞥すると、彼らは一斉に黙り込んだ。

 普段のリーリュイなら、こんな難題を司令部に持ち込んだりはしない。重役とのやり取りは、疲弊するだけで何の利も無いからだ。
 今すぐ無言で立ち去りたいのを我慢して、リーリュイは口を開く。

「資金集めのために、貴族の息子を入団させるのは許されていますよね? 軍の試験も受けず、戦場にも行かない騎士が、他の団には在籍している。その全てが、兄上含む団長たちの独断で行われているはずです」
「リーリュイ殿下……それとこれとは訳が違います」
「それは……フェンデを入団させても、何の利益も無いと仰っているのですか?」

 空気が張り詰め、重役たちが眉を顰める。
 中にはひそひそと耳打ちをする者もいた。いつも真っ当な第4皇子の理解不能な言葉に、戸惑う者もいる。

 リーリュイは立ち上がると、重役たちを見回した。そして目の前を見据えると、誰に向かってでもなく、まるで演説のように言葉を投げる。

「今年から、魔導騎士団は全ての競技会に参加する。全力で取り組むことを、ここに誓う。……フェンデ入団に賛同いただける方を、私は忘れない。そしてこの事を宣言するのは、この場が初である」

 リーリュイの言葉に、重役たちは腰を浮かせる。ざわめきが一気に静まり、視線が一斉にリーリュイへと集まった。


 競技会は年に数回行われる、騎士団同士の親善試合だ。本来は騎士らが切削琢磨する為の競技会である。
 しかし裏では、どこの騎士団が勝つか賭け事が行われ、大金が動いている行事でもあった。
 そして皇子たちが国王に認められるための、大事な機会でもある。


「リーリュイ。その言葉の意図は、そのまま受け取ってもいいのか?」

 黙したまま聞いていた総司令官が口を開くと、リーリュイは頷いた。

「はい。この案を通して頂けたら、全力で取り組みます」
「お前は、いつも競技会に対して消極的だった。……どうして心変わりした?」
「望むものを、手に入れたいからです」
「そうか。……そうか」

 総司令官であるリーリュイの叔父は、満面の笑みを浮かべる。3年前、第7騎士団の団長だった叔父は、奴隷兵士だった光太朗を牢に入れた張本人だ。

 リーリュイは叔父を憎みはしたが、それを悟られてはいない。叔父を敬愛する姿勢を、リーリュイは表向きは貫き通した。その努力が今、期せずして功を奏す。

「これは目出度い。ようやく腰を上げたか、リーリュイ」
「許可して頂けますか?」
「お前がその気になったのなら、何だって許可してやる」
「ありがとうございます。……では、失礼いたします」

 頭を下げてリーリュイが踵を返すと、叔父から苦笑が漏れた。
 呼び止めるような笑い声に振り向くと、呆れたような口調で叔父が口を開く。

「随分とあっさりしているのだな。一大事だぞ、リーリュイ。一部の輩が、何十年待ち詫びたと思う?」
「……ご期待に沿えるよう、尽力いたします」

 表情を変えずに呟くと、やれやれといった顔で総司令官が笑う。目線を下げて礼を示した後、リーリュイは会議室を出た。


(さて後は……どうやって『ごめんなさい』をするかだな……)

 光太朗は、良く笑う男だ。理不尽な事があっても、まるで自分の事ではないように、軽く流して笑っている。
 そんな彼を、怒らせてしまった。口先だけの軽い怒りではない、光太朗は心の奥底から怒っていた。

 あの時の光太朗を思い出すと、胸が鋭く痛む。

 光太朗に謝ること。彼から許しを得ること。
 リーリュイにとっては、重役を説き伏せるよりも遥かに難問だった。
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