91 / 248
渦中に落ちる
第89話 執務室へ
しおりを挟むほっかほかの状態で光太朗が浴室から出ると、カザンが待っていた。光太朗の姿を見ると、彼は親し気な笑顔を浮かべる。
「コウ殿、久しぶりの湯はいかがでしたか?」
「控えめに言って最高でした。生まれてきて良かったです」
「がはは、それは良かった」
カザンはそう言うと、廊下を進み始める。行先は執務室だろう。
光太朗はカザンの後を追いながら、目を細めて廊下の造りを観察する。
廊下は絨毯で敷き詰められ、歩いてもあまり音がしない。潜入するには良い廊下だ、と職業病がつい顔を出す。
皇子の屋敷に侵入しようとする者はいないのだろうか。そう考えながら、光太朗はカザンの背中へ声をかけた。
「……何か用事があるって聞いてたけど、カザンさん内容知ってる?」
「存じておりますが、殿下から聞くのがいいかと」
「あ、そう。何だろ……」
この屋敷の2階には、リーリュイの寝室と執務室、彼専用の風呂しかない。あとは物置がいくつかあるらしい。
かなり大きな屋敷なのに、2階をリーリュイ専用が占拠しているのだ。
(まぁ、あれだけ風呂がでかけりゃな……。寝室も大きいし。そういえば、執務室は初めてだ)
執務室はすぐそこにあり、扉には豪華な装飾が施されていた。扉の真ん中の紋章は、恐らくザキュリオ国のものだろう。
その紋章の近くを、カザンが重い拳で叩く。ノックとは言い難いほど武骨な音だが、中からはしっかりと反応があった。
「カザンか。入ってくれ」
「失礼いたします」
「おじゃまします。……おお……」
執務室を見渡し、光太朗はつい感嘆の声を漏らす。
そこは落ち着いた雰囲気だった。黒を基調とした執務机と、それを囲む棚。執務机の前には小さなテーブルを囲むようにして、二対のソファが置いてある。
豪華ではあるが、一見何の変哲もない執務室だ。部屋にある書物の数が、異常に多いこと以外は。
奥手にずらりと棚が並列置きにしてあり、その全てにみっちりと本が詰めてある。その本の多さは、小さな書店ほどの規模だ。
「すっげぇ……」
「コウ様、入浴は大丈夫でしたか?」
「あ、リノ先生。気が付かなかった……。大丈夫、とっても気持ちがよかった」
リノにそう答えると、光太朗は執務机に座るリーリュイを見た。
執務室に居るっていうだけで、その男前が凄味を増す。リーリュイは立ち上がると、ソファへと光太朗を促した。
二対あるソファなのに、リーリュイはなぜか光太朗の隣へと座る。光太朗が疑問に思っているうちに、リーリュイが口を開いた。
「光太朗、君の身体は予定より早く回復している。だから君の処遇について……前倒しで事を進めたい。……万全でないのに申し訳ないが、一刻も早い方が良い」
「? なんか分からんけど、良いよ。リュウが決めたことなら」
「ありがとう。前にも言ったが、光太朗は私の専属薬師になってもらう」
「おう。んん? 魔導騎士団の専属薬師じゃなかったか?」
光太朗が首を傾げると、リーリュイが重く頷いた。
「それは止めた。しかし魔導騎士団との繋がりも持たせたい。よって君には、魔導騎士団に入団してもらう」
「……へ?」
「騎士団へ入団。それと同時に、私の専属に任命する」
真面目な顔のリーリュイを見つめた後、光太朗はカザンとリノを見た。彼らの表情も真面目そのもので、光太朗はますます困惑する。
騎士団は国軍のエリートだ。その騎士の中でもエリートの魔導騎士団に、入団しろと言われているのだ。困惑しかない。
「えーっと、どうやって? フェンデの俺には入団試験を受ける資格もないし、そもそも最初は軍に入らないと騎士にはなれないだろ?」
「特例でねじ込む。魔導騎士団の人事権は私にある」
「うっわ、そんなことして良いのか?」
「…………。良くあることだ」
そう零した後、リーリュイは光太朗から目を逸らす。
光太朗がリノとカザンへと目を遣ると、カザンも慌てて目を逸らした。リノはそんなカザンを「あらあら」といった顔で見ている。
どうやら武人というものは、嘘が苦手らしい。
無理くり自分のことを騎士団に入れようとしていることは分かった。それに対する弊害も当然あるだろう。その大きさも数も、光太朗には想像できない。
しかし光太朗よりこの世界を熟知しているリーリュイが、覚悟を持って決めたことだ。
光太朗に代案が出せるはずもないし、きっと何とかなるのだろう。
「……分かった。で、今から俺はどう行動すればいい?」
「……それなんだが……」
隣にいるリーリュイが、突然顔を暗くする。初めて見る顔かもしれない。
気が乗らないといった、納得できないといった表情だ。
「私としては……不本意だ。しかし、カザンとリノ、ウルフまでもがそうした方が良いと言ってくる。……だから君に判断は任せる」
「ん? 何の?」
86
お気に入りに追加
2,884
あなたにおすすめの小説
虐げられた王の生まれ変わりと白銀の騎士
ありま氷炎
BL
十四年前、国王アルローはその死に際に、「私を探せ」と言い残す。
国一丸となり、王の生まれ変わりを探すが見つからず、月日は過ぎていく。
王アルローの子の治世は穏やかで、人々はアルローの生まれ変わりを探す事を諦めようとしていた。
そんな中、アルローの生まれ変わりが異世界にいることがわかる。多くの者たちが止める中、騎士団長のタリダスが異世界の扉を潜る。
そこで彼は、アルローの生まれ変わりの少年を見つける。両親に疎まれ、性的虐待すら受けている少年を助け、強引に連れ戻すタリダス。
彼は王の生まれ変わりである少年ユウタに忠誠を誓う。しかし王宮では「王」の帰還に好意的なものは少なかった。
心の傷を癒しながら、ユウタは自身の前世に向き合う。
アルローが残した「私を探せ」の意味はなんだったか。
王宮の陰謀、そして襲い掛かる別の危機。
少年は戸惑いながらも自分の道を見つけていく。
役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました
綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜
【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】
*真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息
「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」
婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。
(……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!)
悪役令息、ダリル・コッドは知っている。
この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。
ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。
最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。
そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。
そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。
(もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!)
学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。
そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……――
元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる