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渦中に落ちる

第86話 さば?

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「殿下は休暇中、コウ殿に付きっきりで。着替え以外は、全部ご自分でお世話されておりました。それはそれは使用人一同感動するほどの献身ぶりで……なぁ?」

 カザンがそう言うと、側に立つ使用人が感極まったようにうんうんと頷いた。

「殿下は執務室から仕事も持ち込んで、寝台の隣で作業をしておりました。コウ殿の様子を見ながら、片時も側を離れず……」
「いやいや、駄目だろ。あいつ団長だろ? 一兵卒じゃないんだから……」

 光太朗がそう零していると、支度を終えたリーリュイが部屋へ入ってきた。いつも通りのきっちりとした恰好で、髪も結っている。
 騎士団の服は何通りかあるようで、今日は装飾が控えめの動きやすそうな戦闘服だ。
 
 何を着ても男前なリーリュイを見て、一瞬ぐっと息が詰まった。それを悟られないように、光太朗は大げさに眉根を寄せる。

「おいリュウ、3日休んで俺の世話したって本当か?」
「ああ。何か問題が?」

 片眉を吊り上げて、リーリュイはさも当然のように言い放つ。
 問題があるか、なんてあるに決まっている。光太朗も負けじと口を開いた。

「あるね、大ありだ。あんた自分の身分分かってるのか? 騎士で団長で、尚且つみんな大好き皇子様だぞ? リュウの時間はそれはそれは貴重なんだ。俺なんかに使っていい時間じゃない」
「自分の時間を何に使おうが、私の勝手だ。公私の均等もしっかり考えた上でやったことだ。何も問題ない」
「……リュウは優し過ぎる。俺みたいな野良をいちいち拾っていたら、あんたも大変だけどカザンさん達も大変だろ!」

 光太朗がカザンと使用人を見ると、彼らは眉を下げて笑う。そして黙ったまま、何故かにこにこと見守っている。リーリュイもだ。
 カザンとリーリュイを交互に見ながら、光太朗は呆れたように口を開く。
 
「……おいおい、主人が優しければ、従う人達も皆優しくなるものなのか。あんたらは仏か」
「ほとけ?」
「あっちの神様だ。そこに反応するな。……リュウ、優しいのは素晴らしいことだけど、あんたの優しさを利用する奴もいるんだからな。若いからまだ分からないかもしれないけど、カザンさんたちの話を良く聞いて……」
「私は若いが、君より年上だ」
「……へ? ……んなわけ……」

 そう言いながら、光太朗は固まった。カザンを見ると相変わらず笑っている。

 リーリュイはどう見ても20歳そこそこにしか見えない。出会ったときは10代後半の青年に見えた。
 光太朗は今年30歳になるのだ。どう考えてもリーリュイが年下である。

「何言ってんだ。俺は今年で30だぞ? サバを読むなよ」
「さば?」
「そこに反応するなって!」
「光太朗、私は今年44になる。皇子の中では一番若いが、君よりは年上だ」
「……よ、44……?」

 44という数字を脳内で繰り返しながら、光太朗は口を引き結んだ。目を凝らしてみても、リーリュイは冗談を言っている様子はない。

 確かにこの世界の人間の実年齢は、光太朗にとって難解なものだった。外見から推測しても、いつも数歳のすれが生じたものだ。
 しかし今まで、数十歳のずれは無かったのだ。リーリュイは見た目が若すぎる。

 光太朗が口をパクパクしているうちに、部屋に誰かが入ってきた。代わりにカザンと使用人が下がっていく。
 部屋に入ってきたリノを迎えて、リーリュイは光太朗へ口を開いた。

「リノの往診だ。……私は今から兵舎に行って、昼には帰る。昼食は共に食べよう。……この世界の年齢やその他のことは、またゆっくり学べばいい」
「あ……そう、デスネ……」

 優しく微笑んで、リーリュイはまた去っていく。今日は何度彼の笑顔を見ただろう。

 しかし光太朗の胸中は騒がしかった。
 自分の中のリーリュイが、少しずつ変わっていく。そんな感覚が、なんだか怖い。

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