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渦中に落ちる
第81話 やり直し
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◇◇
『……だから、何で俺なんだよ……。何で別の世界で、もう一回生きなきゃいけねぇんだ?』
『光太朗さんはね、選ばれちゃったんだよ。……ごめんなぁ、こればっかりは神様の言う通りってやつでさ……』
光太朗がため息を吐くと、目の前の男が優しい笑みを浮かべる。垂れた目がやんわりと弧を描き、随分と穏やかな印象だ。
『神の側近』を名乗る2人の男は、あまりにもキャラが違いすぎた。
先ほどまでいた別の側近は、超絶美形な男だった。しかし威圧的で、説明すら面倒だといった態度だったのだ。
勝手に異世界に転移させられると聞いて、光太朗は気が立っていた。その上威圧的な態度を取られ、その側近とは激しい口論になった。
『ギフトなんていらん!』と光太朗が突っぱね、『やらんわ! 糞餓鬼!』と側近は去っていった。そしてその後に来たのが、目の前にいる彼だ。
今度の側近は、まんま30代の日本人男性だ。妙に親しみを感じながら、光太朗は恨み言を並べ立てた。
『完璧な幕引きだったんだ。延長戦なんてまっぴらだ』
『……うんうん。君の事はしっかり見てた。光太朗さんが納得のいく死に方をしたのも知ってるよ。……けどね……』
目の前の男は、腕を組んでうんと唸る。その姿は神の側近というより、部下の相談に答える先輩上司のようだ。
光太朗がその様子を観察していると、側近がふすりと笑みを零す。
『……光太朗さんは、人間を良く理解しているね。いや、理解しすぎてる』
『?』
『君は、君という人生を歩んできたかい? 君は、どんな人間だった?』
『俺……という人間?』
側近に言われ、光太朗は考えた。しかし考えれば考えるほど、虚が広がる。
光太朗の人生は組織で始まり、組織で終わっている。人生全部を任務に捧げた。
人間らしいこともしてきたつもりだ。他人に成りすまし、一般人の生活を送った期間もある。問題なく周囲に溶け込めたし、人格形成も問題なかった。
しかしそこに『光太朗』という個人はいない。
『光太朗さんの人生は、光太朗さん自身で生きていない。今まで生きてきた君の人生は、全部擬態して経験してきたものだ。自分自身で考えて、感じて……そうやって生きて来ていない。そうだろ?』
『……だからって……今からやり直せって言うのか?』
光太朗がそう言うと、側近の男がにこりと笑う。
ああ、やっぱり神の側近には見えないな。そう光太朗が思っていると、男が口を開いた。
『そうだよ。やり直しだ』
________
「!!」
目を見開いた光太朗は、そのまま眉を顰めた。
(今の何だ? 白昼夢? でもお陰で……思い出せた。……そうだった)
転移前、神の側近とのやりとりは本当にぼんやりとしか思い出せない。しかし断片的に思い出せることもある。
汗で濡れた額を拭い、光太朗は細く息を吐く。
そして、そうだった。と再度認識した。
(俺……人間として……めちゃくちゃ未熟なんだ。だから……リュウが何で怒ったのかも分からないんだ……)
欲求も感情も押し殺して生きてきたせいか、どの感情が何に当てはまるのかも、光太朗には分からない。
更に言えば、人間のやり方すらも良く分かっていない。
自分から出てくる感情を、どう処理すればいいのかも分からない。だから覆い隠して、また見えなくなる。
「……っ、痛……」
寝台から身を起こし、光太朗は窓を見た。外は真っ暗になっているが、リーリュイが帰ってくる様子はない。
リーリュイが怒って出て行ってから、光太朗は少しも休めなかった。目を瞑ると、悪い考えばかりが浮かんでくる。
色んな感情が湧き出してきて、どうしていいか分からない。
身に着けているリーリュイの寝間着を見下して、光太朗は決意したように頷いた。
(分からないなら、伝えないと。きっともっと分からない)
光太朗は寝台から降りて、だぼだぼの服の裾を縛った。流石にズボンは長過ぎたので、脱いで自分のズボンを身に着ける。
窓に近づくと、光太朗はすぅと息を吸った。
(さぁスピードが大事だ。痛みはこの際忘れる。……よーい、どん!)
窓を開けると同時に、光太朗はそこに身を滑り込ませた。裸の足裏が土の地面の感触を拾うと同時に、身を低くして庭木へと潜む。
使用人が窓から顔を出す気配がしたが、簡単には見つからないだろう。
動くと、まだ万全じゃない身体が悲鳴を上げた。でも今は、それに構う余裕もない。
(王都へのポータルは、魔導騎士団の兵舎にあると聞いた。……一秒でも早く、リュウに謝りたい……)
『……だから、何で俺なんだよ……。何で別の世界で、もう一回生きなきゃいけねぇんだ?』
『光太朗さんはね、選ばれちゃったんだよ。……ごめんなぁ、こればっかりは神様の言う通りってやつでさ……』
光太朗がため息を吐くと、目の前の男が優しい笑みを浮かべる。垂れた目がやんわりと弧を描き、随分と穏やかな印象だ。
『神の側近』を名乗る2人の男は、あまりにもキャラが違いすぎた。
先ほどまでいた別の側近は、超絶美形な男だった。しかし威圧的で、説明すら面倒だといった態度だったのだ。
勝手に異世界に転移させられると聞いて、光太朗は気が立っていた。その上威圧的な態度を取られ、その側近とは激しい口論になった。
『ギフトなんていらん!』と光太朗が突っぱね、『やらんわ! 糞餓鬼!』と側近は去っていった。そしてその後に来たのが、目の前にいる彼だ。
今度の側近は、まんま30代の日本人男性だ。妙に親しみを感じながら、光太朗は恨み言を並べ立てた。
『完璧な幕引きだったんだ。延長戦なんてまっぴらだ』
『……うんうん。君の事はしっかり見てた。光太朗さんが納得のいく死に方をしたのも知ってるよ。……けどね……』
目の前の男は、腕を組んでうんと唸る。その姿は神の側近というより、部下の相談に答える先輩上司のようだ。
光太朗がその様子を観察していると、側近がふすりと笑みを零す。
『……光太朗さんは、人間を良く理解しているね。いや、理解しすぎてる』
『?』
『君は、君という人生を歩んできたかい? 君は、どんな人間だった?』
『俺……という人間?』
側近に言われ、光太朗は考えた。しかし考えれば考えるほど、虚が広がる。
光太朗の人生は組織で始まり、組織で終わっている。人生全部を任務に捧げた。
人間らしいこともしてきたつもりだ。他人に成りすまし、一般人の生活を送った期間もある。問題なく周囲に溶け込めたし、人格形成も問題なかった。
しかしそこに『光太朗』という個人はいない。
『光太朗さんの人生は、光太朗さん自身で生きていない。今まで生きてきた君の人生は、全部擬態して経験してきたものだ。自分自身で考えて、感じて……そうやって生きて来ていない。そうだろ?』
『……だからって……今からやり直せって言うのか?』
光太朗がそう言うと、側近の男がにこりと笑う。
ああ、やっぱり神の側近には見えないな。そう光太朗が思っていると、男が口を開いた。
『そうだよ。やり直しだ』
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「!!」
目を見開いた光太朗は、そのまま眉を顰めた。
(今の何だ? 白昼夢? でもお陰で……思い出せた。……そうだった)
転移前、神の側近とのやりとりは本当にぼんやりとしか思い出せない。しかし断片的に思い出せることもある。
汗で濡れた額を拭い、光太朗は細く息を吐く。
そして、そうだった。と再度認識した。
(俺……人間として……めちゃくちゃ未熟なんだ。だから……リュウが何で怒ったのかも分からないんだ……)
欲求も感情も押し殺して生きてきたせいか、どの感情が何に当てはまるのかも、光太朗には分からない。
更に言えば、人間のやり方すらも良く分かっていない。
自分から出てくる感情を、どう処理すればいいのかも分からない。だから覆い隠して、また見えなくなる。
「……っ、痛……」
寝台から身を起こし、光太朗は窓を見た。外は真っ暗になっているが、リーリュイが帰ってくる様子はない。
リーリュイが怒って出て行ってから、光太朗は少しも休めなかった。目を瞑ると、悪い考えばかりが浮かんでくる。
色んな感情が湧き出してきて、どうしていいか分からない。
身に着けているリーリュイの寝間着を見下して、光太朗は決意したように頷いた。
(分からないなら、伝えないと。きっともっと分からない)
光太朗は寝台から降りて、だぼだぼの服の裾を縛った。流石にズボンは長過ぎたので、脱いで自分のズボンを身に着ける。
窓に近づくと、光太朗はすぅと息を吸った。
(さぁスピードが大事だ。痛みはこの際忘れる。……よーい、どん!)
窓を開けると同時に、光太朗はそこに身を滑り込ませた。裸の足裏が土の地面の感触を拾うと同時に、身を低くして庭木へと潜む。
使用人が窓から顔を出す気配がしたが、簡単には見つからないだろう。
動くと、まだ万全じゃない身体が悲鳴を上げた。でも今は、それに構う余裕もない。
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