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魔導騎士団の専属薬師
第66話 虚番
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聖魔導士ウィリアムは、皇子だ。
しかし王になる権利がない。世間で言われる『虚番』と言われる存在だ。
フェブールの血を引かない者は、王にはなれない。皇子として生まれても、後継者として数えられないのだ。
しかしウィリアムは、フェブールの母を持つ皇子たち以上に優秀だった。ウィリアムの母は欲が強い人間で、彼をのし上げて権力を掴もうと躍起になった。
幼少期からいろんな策略、しがらみの中でウィリアムは自分を殺して生きてきた。それは今も同じで、気の休まる時などなかったのだ。
(その成果かな……随分と歪んだよねぇ。僕は……)
ウィリアムは荒い息をつきながら、自嘲的に笑った。
目の前の光太朗は、カウンターに背中を預けてぐったりとしている。腹部から血が沁み出し、床にまで広がり始めていた。
ウィリアムは膝を折って、光太朗と目線を合わせる。
「コータロー? ……生きてる?」
「……生き、てる……。……てめぇ……魔法は、ずるいって……」
「ごめんねぇ。コータローが存外に強いもんだから、つい出ちゃった」
「……出っちゃった、じゃね……。すっげ……痛かった……」
血がしみだしている腹部を押さえて、光太朗は呻く。「痛かった」じゃ済まされないほどの傷だが、ウィリアムなりに手加減はしたつもりだった。つい出てしまった魔法の出力を抑えるのは難しいのだ。
「そりゃ痛いよ。雷系の魔法だから」
「……雷……」
「暫く動けないと思う。さて、続行するよ?」
「……おいおい、嘘、だろ……」
光太朗のシャツのボタンに手を伸ばしたウィリアムを前に、光太朗は目を見開いた。この状況で、まだ犯そうとするのか。
抵抗は出来そうもない。傷ついた身体が、まったく言うことをきかないからだ。
本来なら声を出すのもしんどいが、この状態で犯されたら命はない。
鼻歌を歌いながらボタンを外していくウィリアムに、光太朗は呆れたように口を開いた。
「……おい、コラ……。こんだけ、暴れといて……まだヤる気か……?」
「勿論さ。何言ってるの?」
「……俺を……良く見ろ。顔も、ぼこぼこで……不細工だ。……萎える、よな?」
「いやそれが、まったく萎えないんだよね。寧ろ興奮してる」
そう答えながら、ウィリアムは光太朗のシャツのボタンを全部外した。そして中から覗く痣だらけの躰を見て、ウィリアムは愛おしそうに微笑む。
光太朗の鎖骨についた歯型に、彼はそっと唇を落とした。
「コータロー……。好きなんだ。……愛してる」
熱のこもった視線が光太朗を捉える。光太朗はそれをちらりと見た後、諦めたように息を吐いた。次いで、ふすりと吹き出す。
くすくす笑い出した光太朗に、ウィリアムはきょとんと目を瞬かせた。
一頻り笑った光太朗は、深く深く息を吐き出した。
「……お前は……俺を愛していない。いい加減自覚しろよ、ウィル」
「……?」
「お前が愛しているのは……『自分が創り上げた可哀想なフェンデ』だろ。……俺じゃない」
「そんな……こと……」
光太朗は痛みを逃すように息を細く吐いて、ウィリアムを見据えた。彼は戸惑った子どものような表情を浮かべている。
どうしようもない男だ、光太朗はそう思う。数年ウィリアムと過ごしたが、何度そう思ったことか。
「……ウィルが愛するそのフェンデは……俺でなくても良いはずだ。俺じゃ、ない……」
光太朗がそう言った瞬間、ウィリアムの顔がぐしゃりと歪んだ。今にも泣き出しそうな表情を浮かべた後、ウィリアムは慌てたように俯く。
ほんの少しの間のあと、ウィリアムは顔を上げた。その顔には先ほどの感情はなく、すんと冷めきっている。そして彼は、ぽつりと呟いた。
「……なんか……萎えた」
「……お? そりゃ……よか、った……」
光太朗は薄く微笑むと、また痛みに顔を歪める。
腹に力が入らず、弱々しい声しか吐けない。ウィリアムの前で弱っている姿を見せると、彼を喜ばせるだけだ。しかし今は、身体中のどこからも力が出ない。
暫く黙り込んでいたウィリアムだったが、徐に自身の袖を引き破った。それを光太朗の腹部に巻きつけ、きつく縛りつける。傷が圧迫され、光太朗は痛みに呻いた。
「っつ……いてぇ……」
「……止血はした。……コータロー、もう君をここに置いておくことはできない。別の場所で生きてもらう。……いいよね?」
「……」
ウィリアムはそう言って立ち上がると、光太朗を抱き上げた。そして丁重にソファに下ろし、上から見下ろす。
「僕は今から都に帰って、君の受け入れ準備をする。……なるべく早めに帰る。……それまで死なないでよね」
「……ウィル……、騎士たち、を……」
光太朗が言うと、ウィリアムは表情で怒りを露にした。ウィリアムが怒りの表情を見せるのは珍しく、光太朗は言葉を咄嗟に飲み込んだ。
騎士に累が及ぶことが、光太朗にとって一番怖かった。それを察したウィリアムは、光太朗を睨みつけた後、踵を返す。
「……まじで腹立つ。……絶対制裁する」
「……ウィル……お願いだ。彼らは何も……」
光太朗の懇願を聞くことなく、ウイリアムはキュウ屋を出て行った。庭に通じる扉が音を立てて閉まり、店内に静寂が訪れる。
光太朗は寝たまま、店内を見まわした。至る所が破損し、転がったチェストからは衣類がはみ出している。カウンターにあった薬瓶も、棚から落ちて割れてしまった。
「あ~あ……」
窓の外は真っ暗だ。月も引っ込んでしまったようだ。この世界も、夜明け前が一番暗い。
ウイリアムが去ったからか、眠気が襲ってくる。身体がシャットダウンしようとしてるのだ。そうは思うものの、不安が拭えない。
瞼を揺らしながら、光太朗はソファから転がり落ちる。そして睡魔に抗えず、意識を手放した。
聖魔導士ウィリアムは、皇子だ。
しかし王になる権利がない。世間で言われる『虚番』と言われる存在だ。
フェブールの血を引かない者は、王にはなれない。皇子として生まれても、後継者として数えられないのだ。
しかしウィリアムは、フェブールの母を持つ皇子たち以上に優秀だった。ウィリアムの母は欲が強い人間で、彼をのし上げて権力を掴もうと躍起になった。
幼少期からいろんな策略、しがらみの中でウィリアムは自分を殺して生きてきた。それは今も同じで、気の休まる時などなかったのだ。
(その成果かな……随分と歪んだよねぇ。僕は……)
ウィリアムは荒い息をつきながら、自嘲的に笑った。
目の前の光太朗は、カウンターに背中を預けてぐったりとしている。腹部から血が沁み出し、床にまで広がり始めていた。
ウィリアムは膝を折って、光太朗と目線を合わせる。
「コータロー? ……生きてる?」
「……生き、てる……。……てめぇ……魔法は、ずるいって……」
「ごめんねぇ。コータローが存外に強いもんだから、つい出ちゃった」
「……出っちゃった、じゃね……。すっげ……痛かった……」
血がしみだしている腹部を押さえて、光太朗は呻く。「痛かった」じゃ済まされないほどの傷だが、ウィリアムなりに手加減はしたつもりだった。つい出てしまった魔法の出力を抑えるのは難しいのだ。
「そりゃ痛いよ。雷系の魔法だから」
「……雷……」
「暫く動けないと思う。さて、続行するよ?」
「……おいおい、嘘、だろ……」
光太朗のシャツのボタンに手を伸ばしたウィリアムを前に、光太朗は目を見開いた。この状況で、まだ犯そうとするのか。
抵抗は出来そうもない。傷ついた身体が、まったく言うことをきかないからだ。
本来なら声を出すのもしんどいが、この状態で犯されたら命はない。
鼻歌を歌いながらボタンを外していくウィリアムに、光太朗は呆れたように口を開いた。
「……おい、コラ……。こんだけ、暴れといて……まだヤる気か……?」
「勿論さ。何言ってるの?」
「……俺を……良く見ろ。顔も、ぼこぼこで……不細工だ。……萎える、よな?」
「いやそれが、まったく萎えないんだよね。寧ろ興奮してる」
そう答えながら、ウィリアムは光太朗のシャツのボタンを全部外した。そして中から覗く痣だらけの躰を見て、ウィリアムは愛おしそうに微笑む。
光太朗の鎖骨についた歯型に、彼はそっと唇を落とした。
「コータロー……。好きなんだ。……愛してる」
熱のこもった視線が光太朗を捉える。光太朗はそれをちらりと見た後、諦めたように息を吐いた。次いで、ふすりと吹き出す。
くすくす笑い出した光太朗に、ウィリアムはきょとんと目を瞬かせた。
一頻り笑った光太朗は、深く深く息を吐き出した。
「……お前は……俺を愛していない。いい加減自覚しろよ、ウィル」
「……?」
「お前が愛しているのは……『自分が創り上げた可哀想なフェンデ』だろ。……俺じゃない」
「そんな……こと……」
光太朗は痛みを逃すように息を細く吐いて、ウィリアムを見据えた。彼は戸惑った子どものような表情を浮かべている。
どうしようもない男だ、光太朗はそう思う。数年ウィリアムと過ごしたが、何度そう思ったことか。
「……ウィルが愛するそのフェンデは……俺でなくても良いはずだ。俺じゃ、ない……」
光太朗がそう言った瞬間、ウィリアムの顔がぐしゃりと歪んだ。今にも泣き出しそうな表情を浮かべた後、ウィリアムは慌てたように俯く。
ほんの少しの間のあと、ウィリアムは顔を上げた。その顔には先ほどの感情はなく、すんと冷めきっている。そして彼は、ぽつりと呟いた。
「……なんか……萎えた」
「……お? そりゃ……よか、った……」
光太朗は薄く微笑むと、また痛みに顔を歪める。
腹に力が入らず、弱々しい声しか吐けない。ウィリアムの前で弱っている姿を見せると、彼を喜ばせるだけだ。しかし今は、身体中のどこからも力が出ない。
暫く黙り込んでいたウィリアムだったが、徐に自身の袖を引き破った。それを光太朗の腹部に巻きつけ、きつく縛りつける。傷が圧迫され、光太朗は痛みに呻いた。
「っつ……いてぇ……」
「……止血はした。……コータロー、もう君をここに置いておくことはできない。別の場所で生きてもらう。……いいよね?」
「……」
ウィリアムはそう言って立ち上がると、光太朗を抱き上げた。そして丁重にソファに下ろし、上から見下ろす。
「僕は今から都に帰って、君の受け入れ準備をする。……なるべく早めに帰る。……それまで死なないでよね」
「……ウィル……、騎士たち、を……」
光太朗が言うと、ウィリアムは表情で怒りを露にした。ウィリアムが怒りの表情を見せるのは珍しく、光太朗は言葉を咄嗟に飲み込んだ。
騎士に累が及ぶことが、光太朗にとって一番怖かった。それを察したウィリアムは、光太朗を睨みつけた後、踵を返す。
「……まじで腹立つ。……絶対制裁する」
「……ウィル……お願いだ。彼らは何も……」
光太朗の懇願を聞くことなく、ウイリアムはキュウ屋を出て行った。庭に通じる扉が音を立てて閉まり、店内に静寂が訪れる。
光太朗は寝たまま、店内を見まわした。至る所が破損し、転がったチェストからは衣類がはみ出している。カウンターにあった薬瓶も、棚から落ちて割れてしまった。
「あ~あ……」
窓の外は真っ暗だ。月も引っ込んでしまったようだ。この世界も、夜明け前が一番暗い。
ウイリアムが去ったからか、眠気が襲ってくる。身体がシャットダウンしようとしてるのだ。そうは思うものの、不安が拭えない。
瞼を揺らしながら、光太朗はソファから転がり落ちる。そして睡魔に抗えず、意識を手放した。
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