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魔導騎士団の専属薬師

第62話 キュウ屋の庭

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 昼前、キュウ屋にはウルフェイルとロブ、カーターが来店していた。

 床がすっかり補修されていた事に礼を言うと、ソファにいたウルフェイルは、寝ぼけ眼で「いいっすよ~」と答える。
 明らかに寝不足な顔を見て、光太朗は顔を顰めた。

「ウルフ、寝不足か?」
「昨日恋バナしてたら……いつの間にか、朝になっててさぁ」
「恋バナ? 楽しそうだな。騎士でもそんな話するんだ」
「そりゃそうさ。騎士だって立派な男子だ。寮内で恋愛するものも少なくないぞ?」

 光太朗は笑って応え、そりゃそうだと自分でも思った。

 この国では、同性同士の恋愛も少なくない。リプトにも同性のカップルが里親申請にやってきていた。彼らが子どもを望む姿勢は、異性愛のカップルと同じく真摯なものだ。


 納得したように作業に戻る光太朗を見ながら、ウルフェイルは昨夜の事を思い出す。

 もうすぐ消灯、といった所でカザンはやってきた。そしてリーリュイと光太朗の関係について問いただしてきたのだ。

 ウルフェイルが嬉々としてここ最近の動向を話して聞かせると、彼は咽び泣いた。もちろん歓喜の涙である。

『坊ちゃんに、春が来た……!』
『水を差すようだけど、まだ憶測っすからね。暴走して、リーリュイが引かないように気をつけないと』
『もちろんで御座いますとも! 飲みましょう! ウルフ坊ちゃん!』

 こうしてカザンと酒を飲み、酒宴は朝まで続いたという訳だ。
 リーリュイほどではないが、酒豪のカザンの相手である。ウルフェイルは今、眠気と頭痛に苦しんでいた。


「ほら、ウルフ」
「?」

 目の前に差し出されたのは、湯気をたてたカップだ。ふんわりといい香りも漂ってくる。
 ウルフェイルが光太朗を見ると、彼は得意げに笑った。

「薬草茶だ。酔い覚ましにいいぞ」
「……ありがたい。頂くよ」
「苦いなら蜂蜜を入れるぞ。あ、そうだウルフ……あんた今日、リーリュイと会う機会があるか?」
「あ、あるが、何だ?」
「今日の夕飯はいらないと、伝えておいてくれないか?」

 ウルフェイルがぴたりと止まり、カウンターに座っていたロブとカーターも動きを止めた。特に事情を知らないカーターは、ロブに説明を求めるように目を見開いている。
 ロブは人差し指を唇に押し当てながら、カーターに訴えかけた。勘のいい彼は直ぐに悟ってくれ、口を引き結ぶ。


 固まってしまったウルフェイルを見て、光太朗は頭を掻いた。

「いや、約束している訳じゃないんだ。ただ最近、いつも作ってくれるから……申し訳なくてさ。リュウは底抜けに優しいから、俺のことも放っておけないんだと思う」

「い、いや、あいつは優しくないぞ? 氷のような男だ」

「そんなことないだろ? まぁ、そういう事だから。あ、街案内は喜んでやるからって言っておいてくれると助かる」

 そう言いながら、光太朗はカウンターへと戻っていく。ウルフェイルはソファから立ち上がり、カウンターの方へと歩み寄った。

「コウさん、リーリュイはお情けで料理なんか作ったりしない。コウさんが心配なんだよ」

「分かってる。だからこそ、心配かけないような男になりたいんだ。リュウの戦友として、頼れる男にならないと」

「あ~……。で、でもなコウさん。リーリュイはコウさんを魔導騎士団の専属薬師にするって言ってたぞ? それだけ信用されてるんだ。自信持っていい」

「魔導騎士団の……専属薬師?」

 光太朗はそう口に出した後、その言葉を飲み込むように唇を噛んだ。

 やっぱり自分は力不足だったのだと、深く落胆する。では無くなってしまったようだ。

(……そりゃそうだ。やっぱりもっと、努力しないと……)


 黙り込んでしまった光太朗の顔を、ウルフェイルが覗き込む。それに気付いた光太朗は、キッと眉を吊り上げた。

「そうだ、ウルフ! 俺と手合わせしてくれよ!」
「て、手合わせ? 何の?」
「何のって、戦闘の手合わせだよ。専属薬師に相応しい体力を付けたいんだ。良いだろ? 少しだけ」
「あ~……。俺は、ちょっと……頭も痛いしなぁ。ロブ、お相手しなさい」

 カウンターの端に座っていたロブが、慌てて椅子から降りる。彼は顔を何度も横に振りながら、ウルフェイルの元へ駆け寄った。そして小声で捲し立てる。

『何言ってんですか、無理ですって! 知ってるでしょ? 俺じゃ敵いませんよ!』
『俺だって、部下の前で恥を晒すのはごめんだ! ……じゃあ、あいつしかいないな』

 二人して黙り込み、ちらりとカーターを振り返る。すると彼は驚きの表情を浮かべながら、自身を指差した。

「俺っすか!? ってか戦闘って!? キュウヤと?」
「そうだカーター、君しかいない。コウさんが満足するまでお相手して差し上げなさい」
「よっしゃ、カーター! 庭に出ろ!」

 
 光太朗はカウンターの脇にある、小ぶりなドアを押し開いた。途端に爽やかな香りが店内を駆け巡る。
 庭にはたくさんの草花が、まるで別世界のように咲き乱れていた。

 ランパルは乾燥した土地だ。こうも見事に草花が茂っている場所は、木々に守られた森しかない。

 光太朗は中庭へ出ると、3人を振り返る。

「ここでやろう! 薬草はなるべく踏んでくれるなよ。まぁ、彼らは強いから多少は大丈夫だ」

 その嬉々とした表情に、ウルフェイルとロブはつい頬を緩ませる。カーターは未だ疑問符を浮かべながら、口端を吊り上げる光太朗を見た。

(こんな華奢な人と手合わせ? 無理だろ……)

 戸惑うカーターを他所に、ウルフェイルの声は弾んでいた。彼はカーターをぐいぐいと引っ張り、光太朗の前に立たせる。

「コウさん、剣は使わないよな? 体術で良いか?」
「そっちの方が有難いな」
「じゃあ、体術で行こう。あくまで手合わせ、打撃も寸止めに留めること。そして俺が「止め」と言ったら終了だ」
「オッケー。カーターも良いか?」

 いつも無愛想の光太朗に微笑まれ、カーターはこくこくと頷いた。

 しかしこの後、カーターは安易に頷いたことを後悔することになる。
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