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魔導騎士団の専属薬師

第57話 軋む心

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 キュウ屋の前に着いたリーリュイは、自身の腕の中で眠っている光太朗を見た。

 馬で連れ帰ってきたが、どんなに振動が大きくても彼が起きることは無かった。キュウ屋に着くまでに起きるだろうと思っていたリーリュイは、困ったように眉を下げる。

(……キュウ屋は、施錠してあるだろうな……。鍵は……鞄の中だろうか?)

 人様の鞄を探る後ろめたさを押し殺し、リーリュイは光太朗の鞄を探った。鍵は鞄の内側に括りつけてあり、長い紐で繋がっていた。

 すやすやと眠る光太朗に心中で謝り、リーリュイはキュウ屋の鍵を差し込む。と、その時だった。
 人の気配がした気がしたリーリュイは、隣に視線を移す。そこには女性が立っていた。


 長い赤髪を三つ編みにしたその女性は、リーリュイに見られてたじろいだ。しかし、腕の中の光太朗を見ると、目を見開く。
 細身で優しい印象の女性だ。リーリュイは直ぐに、彼女が誰であるかに気付いた。

「……孤児院の院長か?」
「あなたは……魔導騎士団……。……!?」

 しばらくこちらを窺っていたミカだったが、慌てた様子で跪いた。リーリュイは光太朗を抱えたまま、ミカへと向き直る。
 ミカは視線を下げたまま、震える声を発した。

「も、申し訳ございません。ま、まさか……皇子殿下が……」
「今は騎士としてここにいる。畏まることはない、立ちなさい」
「……畏れ多くて……出来ません」

 ミカは小さく身を震わせて、そう呟く。リーリュイは諦めたように息を吐き、ミカの姿をもう一度注意深く見た。

 服装は一般的な民族衣装だ。白いブラウスに、紐で縛る胴衣とロングスカート。腰巻きのエプロンをするのがランパル流だ。
 服装には何の違和感もない。ただその持ち物が、リーリュイには気になった。

「……あなたの孤児院で、光太朗は生活していたそうだな?」
「は、はい。1年に満たない期間でしたが……一緒に過ごしました……」
「その間、非常に世話になったと彼は言っていた。相違ないか?」
「………は、はい……。彼はフェンデで……身体も、その……丈夫ではなかったので」

 たどたどしく零す言葉に、リーリュイは眉を顰める。妙に心がざらつく。その理由が、リーリュイには分かっていた。

「……あなたは、ここに何しに来た?」
「……は、はい。コウの姿を丸一日見なかったので……どうしているか、と……」
「丸一日見ないだけで、心配なのか?」
「あ……は、はい。コウは、本当に家族のような存在なので……」


(家族? それならば……どうして……)

 湧いてくる苛立ちが、静かな怒りに変わっていく。出来るだけ声を抑えて、リーリュイはミカへと問う。

「今日は手ぶらでここへ来たのか?」
「……っ」

 声を抑えたはずのリーリュイの声に、ミカはびくりと肩を揺らした。

 先ほどリーリュイが感じた違和感は、ミカが何も持っていない事だった。普段だったら何の問題もないだろうが、ミカは前日にキュウ屋に来ているのだ。
 
「昨日の彼の状態を、あなたは知っているはずだ。家族であれば、何か差し入れようと思うのが普通ではないのか?」
「……そ、それは……」
「昨日の朝に、あなたは来ているだろう? その後でも、差し入れを持ってくる事は可能だったはずだ」

 言葉に詰まるミカの背中は、微かに震えている。
 懸念していた事が事実になりそうな気がして、リーリュイは唇を嚙み締めた。

 光太朗は孤児院の為に身を削っている。リーリュイの奥底から、邪推がいくつも浮かんで消えない。

「家族ならば……体調を心配するだけでなく、何か行動を起こすものだ。あなたの今やっていることは……私にはただの生存確認に見える」
「……っ! ……わ、私には……」

 ミカはそう言いながら深く頭を垂れた。彼女の顔の下にある地面に、ぽつりと雫が落ちる。
 聞こえないほどの小さな声で、ミカは呟いた。

「……私には、出来ないのです……」
「出来ない? ……誰かに、指示されているのか?」
「……申し訳ありません。これ以上は、お話しできません」
「………指示しているのは、聖魔導士ウィリアムか?」

 リーリュイの言葉に、ミカの肩が跳ねた。少しの間の後、彼女は両手を地面につく。そして頭を横に振った。
 否定の仕草だが、この状況だと肯定しているようなものだ。

「……お話……出来ません。ご納得頂けないのであれば、この場で私を……斬り殺して下さい」
「拒否する。私に何の得がある? 罪悪感の逃げ道に使われるのは不本意だ」
「……申し訳……ありません……」
「……これ以上は無駄だな。今すぐ立ち去れ。……今日の事は、光太朗には言うな」

 ミカを見下ろした後、リーリュイはキュウ屋のドアに手を掛けた。と同時に、地面に何かが叩きつけられる音が響く。
 リーリュイが振り向くと、ミカが額を地面に押し付けていた。

「……お話はできませんが……、お願いがございます……!」
「……何だ?」
「……あなた様なら、きっと出来るはず……。コウを、彼を……良く見ていて下さい……。……彼の背負っているものは……きっと、あなた様の想定以上のものです……」

 ミカの言葉を聞いて、リーリュイはそのまま動作を止めた。しかし彼女から次いで言葉が出ることはなく、リーリュイはキュウ屋のドアを開く。

(想定以上……? どういう事だ?)

 疑問符を浮かべたままキュウ屋に入ると、その床は全て張り替えられていた。歩いてもギシギシと音が鳴ることはない。
 しかしリーリュイの心は、いつまでも嫌な音を立てていた。
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