57 / 248
魔導騎士団の専属薬師
第55話 聞きたいことが多すぎて
しおりを挟む
________
リーリュイには、聞きたいことがたくさんあった。
3年前何があったのか。何故、薬屋をしているのか。フェンデである彼がなぜ強いのか。
彼に聞きたいことは、本当に山ほどあるのだ。
しかし全部聞いてしまうと、光太朗はきっと口を噤んでしまう。それだけは避けたかった。
(まずは少しずつ。緊急性の高いものから……)
フェンデの身分は、3年前より格段に上がっている。今では殆どのフェンデが仕事を持ち、彼らを差別すると罰せられるようになった。
近頃は、どこかの屋敷に雇われて保護下で生活するのが一般的になっている。光太朗のように独り暮らしをするフェンデなど、リーリュイの知る限りいない。
そして彼の環境は、リーリュイにとって看過できない物だった。
水道の通っていない家屋に済む者など、この国ではごく一部の貧困層だけだ。
ハウゼの顎を撫でながら、光太朗が口を開く。
「俺は3年前、ある孤児院に拾われた。その時の俺は瀕死で、孤児院の院長にはたんまりお世話になったんだ。その孤児院に、匿名で寄付をしている。だから金を節約しているんだ」
「……生活に……困るほどか?」
「あのな、リュウ。俺、生活には困ってないよ。……院長のミカさんには、すごくお世話になったんだ。フェンデはこの国の感染症に弱いみたいで、何度も彼女に助けられた。彼女がいなかったら、俺はとっくに死んでる」
そう零す光太朗は、誰かを思い出しているような表情をしていた。彼の脳裏に浮かぶのは、その孤児院の院長だろうか。
そう思った瞬間、リーリュイの胸が驚くほど傷んだ。そして3年前の自分に、心の底から怒りが湧く。
どうしてあそこで、手放してしまったのか 。
「……君は……そんなにも、その孤児院が大事か?」
「ああ、大事だ。あんな温かい場所、俺には縁がないと思っていたから……。温かい笑顔、温かい食事、そして朗らかに育つ子どもたち。どれもこれも、俺には眩し過ぎた。だから俺は、離れた場所から彼女たちを応援すると決めたんだ」
「そうか……」
リーリュイが返事をすると、近くから鋭い音が響いた。視線を上げると、ウルフェイルとロブが手合わせをしているのが見える。
腹が満たされたからか、身体を動かしているようだ。
実戦のような激しい打ち合いに、光太朗が目を輝かせた。
「すっげぇな。傍から見てるだけでも2人が手練れだってわかる。うっわ、ウルフェイルの剣、めちゃくちゃ重そうだな」
「あいつは団の中で一番の馬鹿力だ。ロブは若手の中でも有望株だが、まだまだ鍛錬が足りない。……白熱しているな。……2人とも、光太朗の戦いを見て、何か感じるものがあったのだろう」
リーリュイの言葉に、光太朗は目を瞬かせた。しかし呆れたように笑うと、またウルフェイル達へ視線を戻す。
「俺の? 俺の戦い方なんて……薄汚れた外道なものだ。騎士に見せるのも憚れるよ」
「そんな事はない。君の戦い方は、無駄が全くない。ただひたすらに……美しい」
リーリュイがそう言うと、光太朗が驚いたように視線を合わせる。前髪の下にある瞳が揺れて、彼の動揺が見て取れた。
「美しい……? そんな事、初めて言われた」
「嘘は言わない。戦闘が美しいと感じたのは、君だけだ」
「………」
「すまない。気に障ったか?」
光太朗は首を横に振って、視線を下げた。
満腹になったのか、一匹また一匹とハウゼが離れていく。それを見送りながら、光太朗は静かに口を開いた。
「……リュウ。俺は、前の世界では悪い事しかしてこなかった。悪いことをするために習得した戦い方を、あんたは褒めるのか?」
「ああ、そうだ」
「……人を殺す。その事だけに特化した戦い方だぞ? それでもあんたは、美しいと言えるか?」
「間違いなく美しい。光太朗……悪い事とは、どの軸から言っているんだ? 騎士も戦では人を殺す。善も、裏返れば悪だ」
光太朗はリーリュイを見て「そりゃそうだ」と呟いた。その寂しげな顔が、笑みに変わる。しかしそれは、何かを隠すような笑みだった。
「リュウ。……俺がこの世界で悪いことをしないように……見守っていてくれないか?」
「承知した。君が道を外れそうになったら、全力で見守る。そして場合によっては、保護する」
「い……いやいや、そこは阻止してくれないと駄目だろ」
「それが悪かは分からないだろう? 君の前に立ちはだかる事だけは、拒否する」
きっぱりと言い放ったリーリュイに、光太朗は抗議をするように眉根を寄せた。しかし彼の表情が変わらないのを見て、つい吹き出す。
リーリュイに二言は無いのだろう。曲げる気はなさそうだ。
満腹になった子どものハウゼが、光太朗の膝でころんと丸くなった。その背を撫でながら、光太朗は口を開いた。
「……じゃあ、最期まで……見守ってくれよな。戦友」
「勿論だ」
リーリュイの言葉に微笑みながら、光太朗は思った。
(やっぱり……リュウの近くにいると、すごく穏やかな気分になる……)
物凄く真剣な話をしてるはずなのに、抗えない程の眠気が襲ってくる。リーリュイには申し訳ないが、満腹も相まってか瞼を開けていられない。
膝に眠るハウゼのように瞼をゆらゆら揺らし、光太朗はリーリュイへと寄りかかった。
リーリュイには、聞きたいことがたくさんあった。
3年前何があったのか。何故、薬屋をしているのか。フェンデである彼がなぜ強いのか。
彼に聞きたいことは、本当に山ほどあるのだ。
しかし全部聞いてしまうと、光太朗はきっと口を噤んでしまう。それだけは避けたかった。
(まずは少しずつ。緊急性の高いものから……)
フェンデの身分は、3年前より格段に上がっている。今では殆どのフェンデが仕事を持ち、彼らを差別すると罰せられるようになった。
近頃は、どこかの屋敷に雇われて保護下で生活するのが一般的になっている。光太朗のように独り暮らしをするフェンデなど、リーリュイの知る限りいない。
そして彼の環境は、リーリュイにとって看過できない物だった。
水道の通っていない家屋に済む者など、この国ではごく一部の貧困層だけだ。
ハウゼの顎を撫でながら、光太朗が口を開く。
「俺は3年前、ある孤児院に拾われた。その時の俺は瀕死で、孤児院の院長にはたんまりお世話になったんだ。その孤児院に、匿名で寄付をしている。だから金を節約しているんだ」
「……生活に……困るほどか?」
「あのな、リュウ。俺、生活には困ってないよ。……院長のミカさんには、すごくお世話になったんだ。フェンデはこの国の感染症に弱いみたいで、何度も彼女に助けられた。彼女がいなかったら、俺はとっくに死んでる」
そう零す光太朗は、誰かを思い出しているような表情をしていた。彼の脳裏に浮かぶのは、その孤児院の院長だろうか。
そう思った瞬間、リーリュイの胸が驚くほど傷んだ。そして3年前の自分に、心の底から怒りが湧く。
どうしてあそこで、手放してしまったのか 。
「……君は……そんなにも、その孤児院が大事か?」
「ああ、大事だ。あんな温かい場所、俺には縁がないと思っていたから……。温かい笑顔、温かい食事、そして朗らかに育つ子どもたち。どれもこれも、俺には眩し過ぎた。だから俺は、離れた場所から彼女たちを応援すると決めたんだ」
「そうか……」
リーリュイが返事をすると、近くから鋭い音が響いた。視線を上げると、ウルフェイルとロブが手合わせをしているのが見える。
腹が満たされたからか、身体を動かしているようだ。
実戦のような激しい打ち合いに、光太朗が目を輝かせた。
「すっげぇな。傍から見てるだけでも2人が手練れだってわかる。うっわ、ウルフェイルの剣、めちゃくちゃ重そうだな」
「あいつは団の中で一番の馬鹿力だ。ロブは若手の中でも有望株だが、まだまだ鍛錬が足りない。……白熱しているな。……2人とも、光太朗の戦いを見て、何か感じるものがあったのだろう」
リーリュイの言葉に、光太朗は目を瞬かせた。しかし呆れたように笑うと、またウルフェイル達へ視線を戻す。
「俺の? 俺の戦い方なんて……薄汚れた外道なものだ。騎士に見せるのも憚れるよ」
「そんな事はない。君の戦い方は、無駄が全くない。ただひたすらに……美しい」
リーリュイがそう言うと、光太朗が驚いたように視線を合わせる。前髪の下にある瞳が揺れて、彼の動揺が見て取れた。
「美しい……? そんな事、初めて言われた」
「嘘は言わない。戦闘が美しいと感じたのは、君だけだ」
「………」
「すまない。気に障ったか?」
光太朗は首を横に振って、視線を下げた。
満腹になったのか、一匹また一匹とハウゼが離れていく。それを見送りながら、光太朗は静かに口を開いた。
「……リュウ。俺は、前の世界では悪い事しかしてこなかった。悪いことをするために習得した戦い方を、あんたは褒めるのか?」
「ああ、そうだ」
「……人を殺す。その事だけに特化した戦い方だぞ? それでもあんたは、美しいと言えるか?」
「間違いなく美しい。光太朗……悪い事とは、どの軸から言っているんだ? 騎士も戦では人を殺す。善も、裏返れば悪だ」
光太朗はリーリュイを見て「そりゃそうだ」と呟いた。その寂しげな顔が、笑みに変わる。しかしそれは、何かを隠すような笑みだった。
「リュウ。……俺がこの世界で悪いことをしないように……見守っていてくれないか?」
「承知した。君が道を外れそうになったら、全力で見守る。そして場合によっては、保護する」
「い……いやいや、そこは阻止してくれないと駄目だろ」
「それが悪かは分からないだろう? 君の前に立ちはだかる事だけは、拒否する」
きっぱりと言い放ったリーリュイに、光太朗は抗議をするように眉根を寄せた。しかし彼の表情が変わらないのを見て、つい吹き出す。
リーリュイに二言は無いのだろう。曲げる気はなさそうだ。
満腹になった子どものハウゼが、光太朗の膝でころんと丸くなった。その背を撫でながら、光太朗は口を開いた。
「……じゃあ、最期まで……見守ってくれよな。戦友」
「勿論だ」
リーリュイの言葉に微笑みながら、光太朗は思った。
(やっぱり……リュウの近くにいると、すごく穏やかな気分になる……)
物凄く真剣な話をしてるはずなのに、抗えない程の眠気が襲ってくる。リーリュイには申し訳ないが、満腹も相まってか瞼を開けていられない。
膝に眠るハウゼのように瞼をゆらゆら揺らし、光太朗はリーリュイへと寄りかかった。
52
お気に入りに追加
2,837
あなたにおすすめの小説
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
だからっ俺は平穏に過ごしたい!!
しおぱんだ。
BL
たった一人神器、黙示録を扱える少年は仲間を庇い、絶命した。
そして目を覚ましたら、少年がいた時代から遥か先の時代のエリオット・オズヴェルグに転生していた!?
黒いボサボサの頭に、丸眼鏡という容姿。
お世辞でも顔が整っているとはいえなかったが、術が解けると本来は紅い髪に金色の瞳で整っている顔たちだった。
そんなエリオットはいじめを受け、精神的な理由で絶賛休学中。
学園生活は平穏に過ごしたいが、真正面から返り討ちにすると後々面倒事に巻き込まれる可能性がある。
それならと陰ながら返り討ちしつつ、唯一いじめから庇ってくれていたデュオのフレディと共に学園生活を平穏(?)に過ごしていた。
だが、そんな最中自身のことをゲームのヒロインだという季節外れの転校生アリスティアによって、平穏な学園生活は崩れ去っていく。
生徒会や風紀委員を巻き込むのはいいが、俺だけは巻き込まないでくれ!!
この物語は、平穏にのんびりマイペースに過ごしたいエリオットが、問題に巻き込まれながら、生徒会や風紀委員の者達と交流を深めていく微BLチックなお話
※のんびりマイペースに気が向いた時に投稿していきます。
昔から誤字脱字変換ミスが多い人なので、何かありましたらお伝えいただけれ幸いです。
pixivにもゆっくり投稿しております。
病気療養中で、具合悪いことが多いので度々放置しています。
楽しみにしてくださっている方ごめんなさい💦
R15は流血表現などの保険ですので、性的表現はほぼないです。
あったとしても軽いキスくらいですので、性的表現が苦手な人でも見れる話かと思います。
明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~
葉山 登木
BL
『明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~』
書籍化することが決定致しました!
アース・スター ルナ様より、今秋2024年10月1日(火)に発売予定です。
Webで更新している内容に手を加え、書き下ろしにユイトの母親視点のお話を収録しております。
これも、作品を応援してくれている皆様のおかげです。
更新頻度はまた下がっていて申し訳ないのですが、ユイトたちの物語を書き切るまでお付き合い頂ければ幸いです。
これからもどうぞ、よろしくお願い致します。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
祖母と母が亡くなり、別居中の父に引き取られた幼い三兄弟。
暴力に怯えながら暮らす毎日に疲れ果てた頃、アパートが土砂に飲み込まれ…。
目を覚ませばそこは日本ではなく剣や魔法が溢れる異世界で…!?
強面だけど優しい冒険者のトーマスに引き取られ、三兄弟は村の人や冒険者たちに見守られながらたくさんの愛情を受け成長していきます。
主人公の長男ユイト(14)に、しっかりしてきた次男ハルト(5)と甘えん坊の三男ユウマ(3)の、のんびり・ほのぼのな日常を紡いでいけるお話を考えています。
※ボーイズラブ・ガールズラブ要素を含める展開は98話からです。
苦手な方はご注意ください。
愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと
糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。
前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!?
「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」
激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。
注※微エロ、エロエロ
・初めはそんなエロくないです。
・初心者注意
・ちょいちょい細かな訂正入ります。
モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています
奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。
生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』
ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。
顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…?
自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。
※エロは後半です
※ムーンライトノベルにも掲載しています
転生したらいつの間にかフェンリルになってた〜しかも美醜逆転だったみたいだけど俺には全く関係ない〜
春色悠
BL
俺、人間だった筈だけなんだけどなぁ………。ルイスは自分の腹に顔を埋めて眠る主を見ながら考える。ルイスの種族は今、フェンリルであった。
人間として転生したはずが、いつの間にかフェンリルになってしまったルイス。
その後なんやかんやで、ラインハルトと呼ばれる人間に拾われ、暮らしていくうちにフェンリルも悪くないなと思い始めた。
そんな時、この世界の価値観と自分の価値観がズレている事に気づく。
最終的に人間に戻ります。同性婚や男性妊娠も出来る世界ですが、基本的にR展開は無い予定です。
美醜逆転+髪の毛と瞳の色で美醜が決まる世界です。
悪役令嬢の兄に転生した俺、なぜか現実世界の義弟にプロポーズされてます。
ちんすこう
BL
現代日本で男子高校生だった羽白ゆう(はじろゆう)は、日本で絶賛放送中のアニメ『婚約破棄されたけど悪役令嬢の恋人にプロポーズされましたっ!?』に登場する悪役令嬢の兄・ユーリに転生してしまう。
悪役令息として処罰されそうになったとき、物語のヒーローであるカイに助けられるが――
『助けてくれた王子様は現実世界の義弟でした!?
しかもヒロインにプロポーズするはずなのに悪役令息の俺が求婚されちゃって!?』
な、高校生義兄弟の大プロポーズ劇から始まる異世界転生悪役令息ハッピーゴールイン短編小説(予定)。
現実では幼いころに新しい家族になった兄・ゆう(平凡一般人)、弟・奏(美形で強火オタクでお兄ちゃん過激派)のドタバタコメディ※たまにちょっとエロ※なお話をどうぞお楽しみに!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる