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魔導騎士団の専属薬師
第55話 聞きたいことが多すぎて
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リーリュイには、聞きたいことがたくさんあった。
3年前何があったのか。何故、薬屋をしているのか。フェンデである彼がなぜ強いのか。
彼に聞きたいことは、本当に山ほどあるのだ。
しかし全部聞いてしまうと、光太朗はきっと口を噤んでしまう。それだけは避けたかった。
(まずは少しずつ。緊急性の高いものから……)
フェンデの身分は、3年前より格段に上がっている。今では殆どのフェンデが仕事を持ち、彼らを差別すると罰せられるようになった。
近頃は、どこかの屋敷に雇われて保護下で生活するのが一般的になっている。光太朗のように独り暮らしをするフェンデなど、リーリュイの知る限りいない。
そして彼の環境は、リーリュイにとって看過できない物だった。
水道の通っていない家屋に済む者など、この国ではごく一部の貧困層だけだ。
ハウゼの顎を撫でながら、光太朗が口を開く。
「俺は3年前、ある孤児院に拾われた。その時の俺は瀕死で、孤児院の院長にはたんまりお世話になったんだ。その孤児院に、匿名で寄付をしている。だから金を節約しているんだ」
「……生活に……困るほどか?」
「あのな、リュウ。俺、生活には困ってないよ。……院長のミカさんには、すごくお世話になったんだ。フェンデはこの国の感染症に弱いみたいで、何度も彼女に助けられた。彼女がいなかったら、俺はとっくに死んでる」
そう零す光太朗は、誰かを思い出しているような表情をしていた。彼の脳裏に浮かぶのは、その孤児院の院長だろうか。
そう思った瞬間、リーリュイの胸が驚くほど傷んだ。そして3年前の自分に、心の底から怒りが湧く。
どうしてあそこで、手放してしまったのか 。
「……君は……そんなにも、その孤児院が大事か?」
「ああ、大事だ。あんな温かい場所、俺には縁がないと思っていたから……。温かい笑顔、温かい食事、そして朗らかに育つ子どもたち。どれもこれも、俺には眩し過ぎた。だから俺は、離れた場所から彼女たちを応援すると決めたんだ」
「そうか……」
リーリュイが返事をすると、近くから鋭い音が響いた。視線を上げると、ウルフェイルとロブが手合わせをしているのが見える。
腹が満たされたからか、身体を動かしているようだ。
実戦のような激しい打ち合いに、光太朗が目を輝かせた。
「すっげぇな。傍から見てるだけでも2人が手練れだってわかる。うっわ、ウルフェイルの剣、めちゃくちゃ重そうだな」
「あいつは団の中で一番の馬鹿力だ。ロブは若手の中でも有望株だが、まだまだ鍛錬が足りない。……白熱しているな。……2人とも、光太朗の戦いを見て、何か感じるものがあったのだろう」
リーリュイの言葉に、光太朗は目を瞬かせた。しかし呆れたように笑うと、またウルフェイル達へ視線を戻す。
「俺の? 俺の戦い方なんて……薄汚れた外道なものだ。騎士に見せるのも憚れるよ」
「そんな事はない。君の戦い方は、無駄が全くない。ただひたすらに……美しい」
リーリュイがそう言うと、光太朗が驚いたように視線を合わせる。前髪の下にある瞳が揺れて、彼の動揺が見て取れた。
「美しい……? そんな事、初めて言われた」
「嘘は言わない。戦闘が美しいと感じたのは、君だけだ」
「………」
「すまない。気に障ったか?」
光太朗は首を横に振って、視線を下げた。
満腹になったのか、一匹また一匹とハウゼが離れていく。それを見送りながら、光太朗は静かに口を開いた。
「……リュウ。俺は、前の世界では悪い事しかしてこなかった。悪いことをするために習得した戦い方を、あんたは褒めるのか?」
「ああ、そうだ」
「……人を殺す。その事だけに特化した戦い方だぞ? それでもあんたは、美しいと言えるか?」
「間違いなく美しい。光太朗……悪い事とは、どの軸から言っているんだ? 騎士も戦では人を殺す。善も、裏返れば悪だ」
光太朗はリーリュイを見て「そりゃそうだ」と呟いた。その寂しげな顔が、笑みに変わる。しかしそれは、何かを隠すような笑みだった。
「リュウ。……俺がこの世界で悪いことをしないように……見守っていてくれないか?」
「承知した。君が道を外れそうになったら、全力で見守る。そして場合によっては、保護する」
「い……いやいや、そこは阻止してくれないと駄目だろ」
「それが悪かは分からないだろう? 君の前に立ちはだかる事だけは、拒否する」
きっぱりと言い放ったリーリュイに、光太朗は抗議をするように眉根を寄せた。しかし彼の表情が変わらないのを見て、つい吹き出す。
リーリュイに二言は無いのだろう。曲げる気はなさそうだ。
満腹になった子どものハウゼが、光太朗の膝でころんと丸くなった。その背を撫でながら、光太朗は口を開いた。
「……じゃあ、最期まで……見守ってくれよな。戦友」
「勿論だ」
リーリュイの言葉に微笑みながら、光太朗は思った。
(やっぱり……リュウの近くにいると、すごく穏やかな気分になる……)
物凄く真剣な話をしてるはずなのに、抗えない程の眠気が襲ってくる。リーリュイには申し訳ないが、満腹も相まってか瞼を開けていられない。
膝に眠るハウゼのように瞼をゆらゆら揺らし、光太朗はリーリュイへと寄りかかった。
リーリュイには、聞きたいことがたくさんあった。
3年前何があったのか。何故、薬屋をしているのか。フェンデである彼がなぜ強いのか。
彼に聞きたいことは、本当に山ほどあるのだ。
しかし全部聞いてしまうと、光太朗はきっと口を噤んでしまう。それだけは避けたかった。
(まずは少しずつ。緊急性の高いものから……)
フェンデの身分は、3年前より格段に上がっている。今では殆どのフェンデが仕事を持ち、彼らを差別すると罰せられるようになった。
近頃は、どこかの屋敷に雇われて保護下で生活するのが一般的になっている。光太朗のように独り暮らしをするフェンデなど、リーリュイの知る限りいない。
そして彼の環境は、リーリュイにとって看過できない物だった。
水道の通っていない家屋に済む者など、この国ではごく一部の貧困層だけだ。
ハウゼの顎を撫でながら、光太朗が口を開く。
「俺は3年前、ある孤児院に拾われた。その時の俺は瀕死で、孤児院の院長にはたんまりお世話になったんだ。その孤児院に、匿名で寄付をしている。だから金を節約しているんだ」
「……生活に……困るほどか?」
「あのな、リュウ。俺、生活には困ってないよ。……院長のミカさんには、すごくお世話になったんだ。フェンデはこの国の感染症に弱いみたいで、何度も彼女に助けられた。彼女がいなかったら、俺はとっくに死んでる」
そう零す光太朗は、誰かを思い出しているような表情をしていた。彼の脳裏に浮かぶのは、その孤児院の院長だろうか。
そう思った瞬間、リーリュイの胸が驚くほど傷んだ。そして3年前の自分に、心の底から怒りが湧く。
どうしてあそこで、手放してしまったのか 。
「……君は……そんなにも、その孤児院が大事か?」
「ああ、大事だ。あんな温かい場所、俺には縁がないと思っていたから……。温かい笑顔、温かい食事、そして朗らかに育つ子どもたち。どれもこれも、俺には眩し過ぎた。だから俺は、離れた場所から彼女たちを応援すると決めたんだ」
「そうか……」
リーリュイが返事をすると、近くから鋭い音が響いた。視線を上げると、ウルフェイルとロブが手合わせをしているのが見える。
腹が満たされたからか、身体を動かしているようだ。
実戦のような激しい打ち合いに、光太朗が目を輝かせた。
「すっげぇな。傍から見てるだけでも2人が手練れだってわかる。うっわ、ウルフェイルの剣、めちゃくちゃ重そうだな」
「あいつは団の中で一番の馬鹿力だ。ロブは若手の中でも有望株だが、まだまだ鍛錬が足りない。……白熱しているな。……2人とも、光太朗の戦いを見て、何か感じるものがあったのだろう」
リーリュイの言葉に、光太朗は目を瞬かせた。しかし呆れたように笑うと、またウルフェイル達へ視線を戻す。
「俺の? 俺の戦い方なんて……薄汚れた外道なものだ。騎士に見せるのも憚れるよ」
「そんな事はない。君の戦い方は、無駄が全くない。ただひたすらに……美しい」
リーリュイがそう言うと、光太朗が驚いたように視線を合わせる。前髪の下にある瞳が揺れて、彼の動揺が見て取れた。
「美しい……? そんな事、初めて言われた」
「嘘は言わない。戦闘が美しいと感じたのは、君だけだ」
「………」
「すまない。気に障ったか?」
光太朗は首を横に振って、視線を下げた。
満腹になったのか、一匹また一匹とハウゼが離れていく。それを見送りながら、光太朗は静かに口を開いた。
「……リュウ。俺は、前の世界では悪い事しかしてこなかった。悪いことをするために習得した戦い方を、あんたは褒めるのか?」
「ああ、そうだ」
「……人を殺す。その事だけに特化した戦い方だぞ? それでもあんたは、美しいと言えるか?」
「間違いなく美しい。光太朗……悪い事とは、どの軸から言っているんだ? 騎士も戦では人を殺す。善も、裏返れば悪だ」
光太朗はリーリュイを見て「そりゃそうだ」と呟いた。その寂しげな顔が、笑みに変わる。しかしそれは、何かを隠すような笑みだった。
「リュウ。……俺がこの世界で悪いことをしないように……見守っていてくれないか?」
「承知した。君が道を外れそうになったら、全力で見守る。そして場合によっては、保護する」
「い……いやいや、そこは阻止してくれないと駄目だろ」
「それが悪かは分からないだろう? 君の前に立ちはだかる事だけは、拒否する」
きっぱりと言い放ったリーリュイに、光太朗は抗議をするように眉根を寄せた。しかし彼の表情が変わらないのを見て、つい吹き出す。
リーリュイに二言は無いのだろう。曲げる気はなさそうだ。
満腹になった子どものハウゼが、光太朗の膝でころんと丸くなった。その背を撫でながら、光太朗は口を開いた。
「……じゃあ、最期まで……見守ってくれよな。戦友」
「勿論だ」
リーリュイの言葉に微笑みながら、光太朗は思った。
(やっぱり……リュウの近くにいると、すごく穏やかな気分になる……)
物凄く真剣な話をしてるはずなのに、抗えない程の眠気が襲ってくる。リーリュイには申し訳ないが、満腹も相まってか瞼を開けていられない。
膝に眠るハウゼのように瞼をゆらゆら揺らし、光太朗はリーリュイへと寄りかかった。
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