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魔導騎士団の専属薬師
第42話 怒涛の一日 やっと夕方 ③
しおりを挟む「お、コウじゃん! 何の果物買ってく?」
八百屋の入口に立って声を掛けてきたのは、店主の息子だ。店主はもう高齢で、いつも彼が店番をしている。
光太朗はリーリュイをちらりと見遣った後、八百屋の息子へと視線を戻す。
「俺はなんも買わないよ。彼に付いてきただけ」
「知り合いか? 珍しいな。……ああ、そうだ。親父の薬がもうすぐ切れるから、そのうち店に行くよ」
光太朗は片眉を吊り上げて、うんうんと頷いた。
八百屋の店主は心臓が悪い。長年悩まされていたらしいが、光太朗が調合した薬を飲み始めた最近は、調子がいいと聞く。
飲み続けるのが大切な薬なのだが、きちんと毎日飲んでくれているようだ。
キュウ屋を開いた当初は『フェンデの作った薬なんて』と言われることも多かった。最近は受け入れてくれる人も増え、光太朗にとって薬屋はやりがいのあるものになっている。
「親父さん、ちゃんと毎日飲んでくれてるんだな。ちょうど明日薬草を取りに行くから、調合してからこっちに届けるよ」
「いつも悪いな」
「いや、この商店街は毎日通るから、ついでだ」
そこまで話したところで、リーリュイが八百屋の息子を呼んだ。
リーリュイが野菜の支払いを済ませると、八百屋が果実を手に取った。それをリーリュイの袋へと入れる。
「コウの好きなプフェルをおまけしておく。2人で食べな」
「お、ありがとう」
光太朗が微笑んで礼を言うと、八百屋の息子が照れくさそうに頭を掻いた。彼がおまけをくれるのはいつもの事で、光太朗も最近では遠慮なくそれを受け取っている。
「じゃあ、また」と光太朗が手を上げようとすると、その手をリーリュイに掴まれた。そのまま引きずられるように、八百屋を離れる。
「買い物は終わった。帰ろう、光太朗」
「帰ろうって、どこへ?」
「キュウ屋だ」
「へ? うちに?」
光太朗の言葉に返答なく、リーリュイはどんどんと歩を進める。その間も手は繋いだままで、その手はしっとりと汗ばんでいた。
(緊張……してんのか? 何で? 何に?)
試しにその手をぎゅっと握り返すと、彼の手がびくりと小さく開いた。しかしまたしっかりと握り直される。
早足で歩くリーリュイに引っ張られると、光太朗は小走りにならざるを得ない。
トコトコと走りながら、光太朗はリーリュイの顔を見上げた。その顔は、何の感情もない真顔だ。
(手を握るって、こっちでは友人なら当たり前なのかもな。……にしても、すごく楽だ)
「リュウ……あんたはやっぱ、凄いな」
「どうした? すまない。歩調が早かったか?」
光太朗に視線を合わせて、リーリュイが歩調を緩める。光太朗は首を横に振った後、ふすりと笑った。
目の前の商店街は人で溢れている。陽が落ちる前のここは、一際騒がしい。
「リュウ。俺はこの商店街が好きだ。……でも、心安らげる場所ではない」
「……」
「商店街の人が柔和な態度になったのも、ここ最近の事だ。それまではここも、戦場みたいなものだったよ。……つけまわされる事は今でもあるし、複数人で囲まれることも多かった。道のど真ん中で卵を投げつけられたり、罵声を浴びせられたり……まあ、色々だ」
リーリュイの眉根に皺が寄るのを見て、光太朗は困ったような笑みを浮かべた。彼に心配させるつもりはなかった光太朗は、慌てて次の言葉を紡ぐ。
「違う、そんな顔するな。つまり俺が言いたいのは『リュウに手を引かれて歩くのが、びっくりするほど安心だ』って言いたいんだ」
「……光太朗……」
「不思議なんだよな。普段の俺は、触られたり女扱いされることが嫌いなのに……リュウだとまったく違和感がない。それどころか安心しちまうんだ。困ったもんだよ」
「こうやって手を引かれると……」と言いながら視線を下げ、光太朗は繋いだ手を見た。
大きなリーリュイの手が、自分の手をすっぽりと包んでいる。その安心感は、何物にも代え難い。
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