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薬屋キュウ屋
第27話 たった一つの条件
しおりを挟む光太朗と目線が合ったウィリアムは、表面上では穢れのない笑みを浮かべた。そして信じられないことを良い放つ。
「ねぇ、コータロー。キスしていい?」
「……どうしてそうなる?」
「どうしてって、したいんだもん」
「あのなぁ、何度も言うが……! ……もういい。……舌は入れるなよ」
「ええ? なんで?」
光太朗は目の前の美男を睨みなおし、何度目かの深いため息をつく。「なんで」なんて聞ける神経も、光太朗にとっては飛びぬけている。
「お前、この間の事忘れやがったのか? 舌入れて興奮して、押し倒しやがって……」
「……覚えてるよ、しっかり。そのまま流されてくれたら最高だったのに」
舌打ちを零す光太朗を見て、ウィリアムはぺろりと舌を出す。見る人が見れば、なんだって許されるあざとい仕草だ。しかし光太朗に効力はない。
「抱かれるのだけは許さない。俺はそう言ったよな? 抱かれるくらいなら殺せとも言ったし、もしお前に無理やり犯されたら死んでやるって言ったよな?」
「分かってるよ。コータローの唯一の条件がそれだってことも分かってる。でもさ、僕だって男の子だもん。性欲は溜まるし、コータローは抱きたいし……」
「お前確か奥さんいたよな!? 発散先は俺じゃねぇだろ!?」
光太朗が声を荒げても、ウィリアムは笑ったままだ。
きつく握られた手首を離そうとしても、ウィリアムの手はびくともしない。浮かべる表情は、まるで駄々を捏ねる恋人を相手しているような蕩け顔である。
段々腹が立ってきた光太朗だったが、目を瞑る事で自分を落ち着けた。ここで更に感情をむき出しにしては、ウィリアムの思うつぼだ。
「……兎に角、俺を組み敷くな。あんな経験は二度としたくないし、我を忘れてお前を殺そうとするかもしれないしな」
「……はーい、了解」
目を閉じたままの光太朗に返事を返し、ウィリアムはその唇に口づけた。そして瞳を眇める。
(……ほんと、あんときの騎士たちを皆殺しにしたいよね。局部を切り取って、広場に吊るしてやれば良かった……。いや、一番責められるべきは……僕自身だ)
口づけられたことで鼻梁に皺を寄せる光太朗を見て、ウィリアムはふ、と笑いを漏らす。
光太朗が聖堂に来たあの日の事を、ウィリアムは後悔していた。あの時、どうして手放してしまったのか。
『彼は特別だ』という直感があったのに、それを信じることが出来なかった。
(しかもよりによってあの堅物に目を付けられるなんて……。やっぱりコータローは……)
ふい、と光太朗が顔を横に向け、口づけが強制的に解かれる。そっぽを向いたまま「長い」と文句を垂れる光太朗に、ウィリアムは眉を下げた。
「明日は、無理しないで店を休みなよ? この報酬は多めに出すからさ」
「……分かった。早く帰れよ」
光太朗に促され、ウィリアムは裏口からキュウ屋を出た。
キュウ屋の裏口には、塀に囲まれた庭がある。ウィリアムは庭の隅に足を運び、そこに手をかざした。
塀の壁に魔法陣が現れ、淡く光る。キュウ屋の裏口に設置したこの陣で、ウィリアムは都とここを行き来しているのだ。
都とランパルは遠く離れている。光太朗の元に足繫く通うには、陣を張るしかなかった。
(ポータルを設置するには国の許可がいるんだけどね。……内緒の通路ってとこかなぁ。コータローはもう気づいているけど)
身体が白い光に包まれるのを感じながら、ウィリアムはキュウ屋を振り返った。
光太朗は裏口からウィリアムを出して、見送りすらしない。無愛想で可愛い彼を思いながら、ウィリアムは薄く笑った。
(コータローは、僕のものだ。……もうあれから3年経ってる。さすがにあの堅物も、当時のことは忘れているよね)
第4皇子はもうランパルへと到着したと聞く。
しかし皇子という身分である彼は、兵舎では暮さない。ランパルの一等地に私邸を建てて、そこで暮らすはずだ。光太朗との接点は少ない。
考えている内に、ウィリアムは自室に立っていた。そして目の前に掛けられている白いローブを見て、彼は深くため息を吐いた。
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