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薬屋キュウ屋
第26話 真っ黒な執着心
しおりを挟む「……コータロー」
名前を呼ばれ、光太朗の身体がびくりと跳ねた。いつの間にか手まで握られている。
直ぐそばまで来ている気配に、光太朗はまったく気が付かなかった。
ウィリアムの能力の高さは、この世界に住む人間の中でも群を抜いている。一対一で戦えば、確実に勝てない。そう確信があるからこそ、ウィリアムの前で無謀なことは出来ない。
光太朗は頭一つ高いウィリアムを睨み上げる。
ウィリアムは相変わらず穏やかな笑顔を浮かべて、光太朗の手を強く握りなおした。手首から痛みが走り、光太朗は顔を歪める。
「手首、いてぇ」
「……ああ、ごめん」
謝りはするが、ウィリアムはその手を離さない。そのまま光太朗を引っ張って、ソファへと座らせる。
自身も横に腰掛けると、ウィリアムは光太朗へ言い聞かすように口を開いた。
「今日は水分をいっぱいとって、薬はこれを飲んで。……効果が分かるように、丸一日は民間療法を控えてね」
「造血薬……。カテイラ草と、キダ鼠の肝?」
「いや、フェブール用だから、ガインゲルドの肝」
「ええ? まじか」
ガインゲルドは希少な魔獣で、出没するエリアも限られている。森に入ればいつでも見かけるギダ鼠とは価格が桁違いだ。
「うっわ、高そう。俺なんかが飲んで言いわけ?」
「飲まないと比較できないでしょ」
ウィリアムから薬を手渡され、光太朗は眉を吊り上げる。おそらく1粒あれば、庶民が1週間は暮らせるほどの薬価だ。
「この国の人間だったら、一回2錠。フェブールは1錠で大丈夫」
「分かった」
光太朗の返事にウィリアムは頷くと、包帯が巻かれた手首を指で撫でる。
それは優しい手つきだったが、光太朗はその手を引きはがした。しかしまた直ぐに握られる。
光太朗は諦めたように嘆息して、口を開いた。
「それとな、お前に言いたいことがある。……近くに越してきた騎士団だが、毎日のように来店してくるぞ」
「……え? なんで? 薬屋になんて用はないはずだけど?」
「知らねぇよ。毎日のように来て、しかも礼儀はしっかりしてるんだ。文句をつけて追い返すこともできない」
「……2年前から、奴隷兵士は廃止された。当時のことを知っているものは少ないし、気にしている者はもっといない。コータローは悪いことしてないんだから、堂々としてればいいよ。……ゼロは死んだ、コータローとは別人だ」
『ゼロは死んだ』
その言葉に光太朗の胸がつきりと傷んだ。
奴隷兵士として過ごした2年間は、光太朗にとって辛い思い出ばかりでは無かった。特に最後に出会った戦友との思い出は、心に沁みついて離れない。
(……あの青年、今はどうしているんだろうな)
あれから3年だ。きっと立派な戦士になっているだろう。そう思うと、光太朗の強張った頬が緩んだ。
もう会うことはきっと無い。しかし光太朗は、何度も彼を思い出しては、その前途を祈った。その度に胸が温かさに包まれる。
しかしその思考を打ち消すようにして、ウィリアムの視線が潜り込んできた。
昏い色を含んだ瞳が、こちらをじっと見据えている。その独占欲に塗れた目線を見て、光太朗は肺にたまった息を吐き切った。
ウィリアムは最近、光太朗に向ける感情を隠そうとしない。出会った頃は善人の皮をかぶってはいたが、今はその下から覗く真っ黒いものを故意に晒す。
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