上 下
14 / 248
はじまりの章

第13話 金貨の価値

しおりを挟む
 軍医のいる天幕は、開け放たれていた。リーリュイが中へ入ると、軍医が驚いたように膝をつく。

「リーリュイ殿下」

「立て。この者の治療を頼みたい」

 天幕に備え付けられた簡易ベッドに、光太朗の身体をそっと横たえる。
 いつのまにか意識を失っていた光太朗の顔は、血の気が引いて真っ青だ。その姿を見て医師が驚いた。

「フェンデではないですか! これを治療しろと仰るのですか?」

「何か問題があるか? 傷ついた兵士を治療するのが、医師の役割ではないのか?」

「……しかし……」

 リーリュイに鋭い視線を向けられ、医師は慌てて光太朗の状態を確認した。いつもなら負傷兵を運ぶだけで去っていくリーリュイが、今回は何故か帰ろうとしない。

 医師は背中にリーリュイの視線が刺さるのを感じながら、光太朗の身体を隅から隅まで診た。

「肋骨が数本折れているのと……脚の骨にも少し損傷が見受けられます。発熱もありますね。……このまま衰弱して死ぬ可能性が高いでしょう」

「……! 治療は出来ないというのか?」

「フェンデの身体は、まだ解明されていない部分も多いのです。身体も小さいので、適正な薬もその適正量も、まだ分かっておりません」 

 そう言うと、医師は光太朗に視線を投げた。その視線に侮蔑の感情が見て取れて、リーリュイは低く言い放つ。

「薬は、フェブールに使うものと合わせよ。医師ならば知っているだろう?」

「! しかしリーリュイ殿下! フェブールに使われる薬は貴重で、こんなフェンデには……」

「治療せよ。薬代は私が払う」


 寝台の上で眠る光太朗を見て、リーリュイは胸を押さえた。

(あの地獄のような戦場で……君は生き抜いた。その最後がこれなんて、認められるか)

 未だ戸惑う医師を睨み付け、リーリュイは懐から袋を取り出した。中から金貨を出すと、医師の目つきが変わる。

 袖の下を使う事など、今まで一度もなかった。規則を破ること、人の道から外れること。リーリュイが一番嫌う事だ。しかし今は、彼を救う事が最優先だった。

 金貨を受け取った医師へ心中で唾棄しながら、リーリュイは光太朗の姿を見つめ続けた。



 _______


 ゴトゴトと頭の下から振動が響く。一際強い揺れによって、頭が何かに打ちつけられた。その刺激で、光太朗は目蓋を押し開く。

 今いるのは屋外のようで、光に満ちている。眩しくて目を眇めると、目の前に格子のようなものが映った。

(……あ、これ知ってるわ……確か、牢馬車だ)

 牢馬車は、罪人を移動させるときに使う馬車だ。近くから蹄の音も聞こえてくる。どうやらこれから、どこかに移送させられるらしい。

 ゆっくり過ぎ去っていく景色を、光太朗は牢の中で横たわったまま眺める。

 あれからどれだけの時間が経ったのか。ゲイラスはどうなったのか。色々考えることは多いのに、頭がしっかり機能しない。

 身体中が痛むが、治療跡があることに光太朗は驚いた。今までは負傷しても、治療を受けることは出来なかったのだ。自分で処置することが常だった。


「気が付いたか?」

 聞こえてきた声に光太朗は驚き、そして苦笑する。お節介もここまで来たかと思いつつ、つい頬が緩んだ。

 光太朗が声の出所を探していると、格子の外からリーリュイが手を伸ばした。

「……枕を。……すまないな、道が悪くてずれてしまうんだ」

「?」

 リーリュイは格子の隙間から手を伸ばし、光太朗の頭からずれた枕を引き寄せた。それを光太朗の頭の下へと敷き直し、リーリュイは直ぐに手を引っ込める。

 その様子を見て、光太朗はつい笑い声を漏らした。

「あんたは、本当にお人好しだな……」

「……君は……ここから一番近い都市であるランパルへ移送される。そこで裁判を受けなければならない」

「そりゃ……寛大だな。即処刑だと思ってた」

 光太朗の言葉に、リーリュイが顔を歪めた。その顔は悔しそうにも憤っているようにも見える。
しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ

秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」  ワタクシ、フラれてしまいました。  でも、これで良かったのです。  どのみち、結婚は無理でしたもの。  だってー。  実はワタクシ…男なんだわ。  だからオレは逃げ出した。  貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。  なのにー。 「ずっと、君の事が好きだったんだ」  数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?  この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。  幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

処理中です...