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はじまりの章
第13話 金貨の価値
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軍医のいる天幕は、開け放たれていた。リーリュイが中へ入ると、軍医が驚いたように膝をつく。
「リーリュイ殿下」
「立て。この者の治療を頼みたい」
天幕に備え付けられた簡易ベッドに、光太朗の身体をそっと横たえる。
いつのまにか意識を失っていた光太朗の顔は、血の気が引いて真っ青だ。その姿を見て医師が驚いた。
「フェンデではないですか! これを治療しろと仰るのですか?」
「何か問題があるか? 傷ついた兵士を治療するのが、医師の役割ではないのか?」
「……しかし……」
リーリュイに鋭い視線を向けられ、医師は慌てて光太朗の状態を確認した。いつもなら負傷兵を運ぶだけで去っていくリーリュイが、今回は何故か帰ろうとしない。
医師は背中にリーリュイの視線が刺さるのを感じながら、光太朗の身体を隅から隅まで診た。
「肋骨が数本折れているのと……脚の骨にも少し損傷が見受けられます。発熱もありますね。……このまま衰弱して死ぬ可能性が高いでしょう」
「……! 治療は出来ないというのか?」
「フェンデの身体は、まだ解明されていない部分も多いのです。身体も小さいので、適正な薬もその適正量も、まだ分かっておりません」
そう言うと、医師は光太朗に視線を投げた。その視線に侮蔑の感情が見て取れて、リーリュイは低く言い放つ。
「薬は、フェブールに使うものと合わせよ。医師ならば知っているだろう?」
「! しかしリーリュイ殿下! フェブールに使われる薬は貴重で、こんなフェンデには……」
「治療せよ。薬代は私が払う」
寝台の上で眠る光太朗を見て、リーリュイは胸を押さえた。
(あの地獄のような戦場で……君は生き抜いた。その最後がこれなんて、認められるか)
未だ戸惑う医師を睨み付け、リーリュイは懐から袋を取り出した。中から金貨を出すと、医師の目つきが変わる。
袖の下を使う事など、今まで一度もなかった。規則を破ること、人の道から外れること。リーリュイが一番嫌う事だ。しかし今は、彼を救う事が最優先だった。
金貨を受け取った医師へ心中で唾棄しながら、リーリュイは光太朗の姿を見つめ続けた。
_______
ゴトゴトと頭の下から振動が響く。一際強い揺れによって、頭が何かに打ちつけられた。その刺激で、光太朗は目蓋を押し開く。
今いるのは屋外のようで、光に満ちている。眩しくて目を眇めると、目の前に格子のようなものが映った。
(……あ、これ知ってるわ……確か、牢馬車だ)
牢馬車は、罪人を移動させるときに使う馬車だ。近くから蹄の音も聞こえてくる。どうやらこれから、どこかに移送させられるらしい。
ゆっくり過ぎ去っていく景色を、光太朗は牢の中で横たわったまま眺める。
あれからどれだけの時間が経ったのか。ゲイラスはどうなったのか。色々考えることは多いのに、頭がしっかり機能しない。
身体中が痛むが、治療跡があることに光太朗は驚いた。今までは負傷しても、治療を受けることは出来なかったのだ。自分で処置することが常だった。
「気が付いたか?」
聞こえてきた声に光太朗は驚き、そして苦笑する。お節介もここまで来たかと思いつつ、つい頬が緩んだ。
光太朗が声の出所を探していると、格子の外からリーリュイが手を伸ばした。
「……枕を。……すまないな、道が悪くてずれてしまうんだ」
「?」
リーリュイは格子の隙間から手を伸ばし、光太朗の頭からずれた枕を引き寄せた。それを光太朗の頭の下へと敷き直し、リーリュイは直ぐに手を引っ込める。
その様子を見て、光太朗はつい笑い声を漏らした。
「あんたは、本当にお人好しだな……」
「……君は……ここから一番近い都市であるランパルへ移送される。そこで裁判を受けなければならない」
「そりゃ……寛大だな。即処刑だと思ってた」
光太朗の言葉に、リーリュイが顔を歪めた。その顔は悔しそうにも憤っているようにも見える。
「リーリュイ殿下」
「立て。この者の治療を頼みたい」
天幕に備え付けられた簡易ベッドに、光太朗の身体をそっと横たえる。
いつのまにか意識を失っていた光太朗の顔は、血の気が引いて真っ青だ。その姿を見て医師が驚いた。
「フェンデではないですか! これを治療しろと仰るのですか?」
「何か問題があるか? 傷ついた兵士を治療するのが、医師の役割ではないのか?」
「……しかし……」
リーリュイに鋭い視線を向けられ、医師は慌てて光太朗の状態を確認した。いつもなら負傷兵を運ぶだけで去っていくリーリュイが、今回は何故か帰ろうとしない。
医師は背中にリーリュイの視線が刺さるのを感じながら、光太朗の身体を隅から隅まで診た。
「肋骨が数本折れているのと……脚の骨にも少し損傷が見受けられます。発熱もありますね。……このまま衰弱して死ぬ可能性が高いでしょう」
「……! 治療は出来ないというのか?」
「フェンデの身体は、まだ解明されていない部分も多いのです。身体も小さいので、適正な薬もその適正量も、まだ分かっておりません」
そう言うと、医師は光太朗に視線を投げた。その視線に侮蔑の感情が見て取れて、リーリュイは低く言い放つ。
「薬は、フェブールに使うものと合わせよ。医師ならば知っているだろう?」
「! しかしリーリュイ殿下! フェブールに使われる薬は貴重で、こんなフェンデには……」
「治療せよ。薬代は私が払う」
寝台の上で眠る光太朗を見て、リーリュイは胸を押さえた。
(あの地獄のような戦場で……君は生き抜いた。その最後がこれなんて、認められるか)
未だ戸惑う医師を睨み付け、リーリュイは懐から袋を取り出した。中から金貨を出すと、医師の目つきが変わる。
袖の下を使う事など、今まで一度もなかった。規則を破ること、人の道から外れること。リーリュイが一番嫌う事だ。しかし今は、彼を救う事が最優先だった。
金貨を受け取った医師へ心中で唾棄しながら、リーリュイは光太朗の姿を見つめ続けた。
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ゴトゴトと頭の下から振動が響く。一際強い揺れによって、頭が何かに打ちつけられた。その刺激で、光太朗は目蓋を押し開く。
今いるのは屋外のようで、光に満ちている。眩しくて目を眇めると、目の前に格子のようなものが映った。
(……あ、これ知ってるわ……確か、牢馬車だ)
牢馬車は、罪人を移動させるときに使う馬車だ。近くから蹄の音も聞こえてくる。どうやらこれから、どこかに移送させられるらしい。
ゆっくり過ぎ去っていく景色を、光太朗は牢の中で横たわったまま眺める。
あれからどれだけの時間が経ったのか。ゲイラスはどうなったのか。色々考えることは多いのに、頭がしっかり機能しない。
身体中が痛むが、治療跡があることに光太朗は驚いた。今までは負傷しても、治療を受けることは出来なかったのだ。自分で処置することが常だった。
「気が付いたか?」
聞こえてきた声に光太朗は驚き、そして苦笑する。お節介もここまで来たかと思いつつ、つい頬が緩んだ。
光太朗が声の出所を探していると、格子の外からリーリュイが手を伸ばした。
「……枕を。……すまないな、道が悪くてずれてしまうんだ」
「?」
リーリュイは格子の隙間から手を伸ばし、光太朗の頭からずれた枕を引き寄せた。それを光太朗の頭の下へと敷き直し、リーリュイは直ぐに手を引っ込める。
その様子を見て、光太朗はつい笑い声を漏らした。
「あんたは、本当にお人好しだな……」
「……君は……ここから一番近い都市であるランパルへ移送される。そこで裁判を受けなければならない」
「そりゃ……寛大だな。即処刑だと思ってた」
光太朗の言葉に、リーリュイが顔を歪めた。その顔は悔しそうにも憤っているようにも見える。
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