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戦乱の常葉国
81. 朱楽と、たつとら 前編
しおりを挟む森の中で、タックスは一人の人間に出会った。
血に濡れた金の髪が顔を縁取り、赤い瞳は氷の様に冷たい。
目を逸らすことが出来なかった。
その人間が纏う空気に畏れを感じると同時に、どうしても惹かれてしまう。
見られていると気付いた人間は、タックスである自分を見遣ると、口元を緩ませた。しかしその笑みには寂寥や絶望が混じっていて、増々目が離せない。
「タックスの……亜種か」
亜種、とは何だろう。
他のタックスと毛色が違う事だろうか。尻尾が大きい事だろうか。色々と考えすぎる事だろうか。
この人間は、自分を自分より知っているのではないか?
そう思った瞬間、少し怖くなった。踵を返して走り去ると、後ろから人間が声を零す。
「……まぁいいか。タックスは、無害だしな」
なんて寂しい声だろう。
森の中を駆け抜けながら、タックスは少しだけ鳴いた。
一つか二つ季節が巡った後、またあの人間に会った。
冬が始まった森の地面は、枯れ葉で覆われている。その茶色の地面に、黒くて赤い塊が落ちていた。
それがあの時会った人間だと、最初は気付かなかった。
金の髪は血と煤で固まり、金にはとても見えない。顔中は赤黒く腫れていて、赤い瞳も閉じられている。目蓋からも血が流れ落ち、その中に眼球があるのかも判別できない。
左足と右腕が、多分千切れている。タックスとは身体の造りがかけ離れていて、どこが欠損しているのか、タックスには判別出来ないでいた。
そしてタックスは、絶望という感情をその時に初めて味わった。
いつかまた会えると思っていたのに、まさかこんな形で再会するとは、露にも思っていなかったのだ。
見れば僅かだが、胸が上下に動いている。生きている、と気付いた瞬間から脚が動いていた。
ねぐらに使っている洞に何とか引っ張ってくると、溜めておいた薬草を噛み砕いた。
タックスには効くが、人間にはどうだろうか。タックスだったら、塗ればすぐ治る。
自分が魔力を駆使して生やした薬草だ。祈る気持ちで、人間の傷ついた箇所に鼻を使って塗りたくった。
だが、陽が落ちても傷が治ることは無かった。
タックスは人間の治癒速度が、自分達より随分遅いことを知った。
顔を洗ってあげようと水を掛けると、人間は震え出した。
タックスは滅多に温度の変化に気が付かない。森の中で見つけた大きな布を掛けてやると、震えが治まった。
人間は、なんと脆弱な身体をしてるのだろう。
それからタックスは、ずっと彼に寄り添った。
薬草は底を付いたが、生やせばいい。効いているか効いていないか分からないが、傷が少しずつ塞がっていくのが嬉しかった。
欠損した箇所も、新しいピンクの肉で覆われる。
ある日の朝、彼を覗き込むと、顔の腫れが治まっていた。荒い呼吸も少し穏やかになっていて、タックスは嬉しくて尻尾を振った。
もう水を掛けるような真似はしない。
布を水に浸して口に咥え、髪を撫でるように拭う。何度も拭うとあの鮮やかな金色が、赤黒い中から顔を出す。
タックスは嬉しくなって、何度も何度も拭った。
髪だけじゃなく、顔も、身体も、汚れている箇所は全て。
綺麗になったらまた大きい布で包んで、横で眠った。
心地の良い感触に、タックスは目を開けた。
誰かが、頭を、身体を、優しく撫でている。
タックスが頭を上げると、彼の片目が開いていた。中から赤い瞳がタックスを優しく見ている。
「あり……がと……な」
それは掠れていて、以前聞いたものとは大違いだった。タックスはそれでも、嬉しかった。
タックスは返事の代わりに、頭を擦りつけた。その頭をまた撫でられて、歓喜が体中に満ちる。
もっと声が聞きたい。
もっと撫でてもらいたい。
ずっとずっと、一緒にいたい。
____
そのうち、彼は少しだけ身体を起こせるようになった。
左目の眼球はやはり欠損していたようで、未だに左の目蓋は閉じられたままだ。
彼はタックスを見ると、優しい笑みを浮かべる。
彼の笑みはタックスにとってこれ以上無い褒美だった。
「もう少ししたら、力も大分回復する。今まで、本当にありがとう」
彼の言葉に、タックスは絶望した。
ずっと一緒にいれると思っていたのに、彼は傷が治ったらここを出て行くのだろう。
尻尾を垂れ、タックスは項垂れた。その姿を見て、彼がふすりと笑う。
「魔神になるか? タックス。色々制約があって、生き辛くなるが……俺と運命を共にするか?」
運命を共に。
その言葉の意味は分からなかった。
だけど彼と少しでも長く過ごせるなら、返事は決まったようなものだ。
尻尾を振って、頭を擦りつける。
彼はくすぐったそうに身を捩ると、笑って毛並みを撫でてくれた。
「君の名は朱楽。よろしく、朱楽」
彼が回復し、左目も開くようになったころ、タックスは魔神になった。
名前を貰った。
彼が付けてくれた大切な名だ。
「言葉、うまく喋れるか? 朱楽、しゅらくって言ってごらん?」
「しゅ、らく」
「そうそう!上手だな」
タックスは自分の身体を見た。
彼と同じ形。尻尾だけは生えているが、ほぼ人間だ。
嬉しくなった朱楽は、尻尾をパタパタと振った。自分から僅かに香る匂いは、彼の匂いと一緒だ。
自分の中に、彼がいる。繋がりがあるのがしっかりと解る。
「あにぃ」
朱楽が発した言葉に、彼は目を丸くした。そして穏やかに笑う。
「ああ、俺の名はタイラだよ。タイラ。言えるか?」
「……兄ぃって、呼んでええか?」
朱楽が言うと、また彼が、タイラが目を丸くした。朱楽かスラスラと喋ることにも驚いていたが、何より……。
「ぷ、くく……! はは! 朱楽、何でお前、関西弁なんだよ! は、っあ! いてぇ!」
完治していない傷が痛もうとも、タイラは笑うのを止められないようだ。
笑うタイラはどうしようもなく愛しくて、朱楽の胸に甘くて温かいものが広がる。
「兄ぃ、無理したらあかん。傷が開く」
「ん? ああ、平気だよ」
平気だ。とタイラは言う。朱楽は首を捻った。
明らかにまだ熱をもっている身体は、異常では無いのか。そもそも人間は、痛みをどれくらい感じるのだろうか。
魔神は痛覚に鈍感だ。死ぬほどの怪我を追わない限り、痛みはそれほど感じない。
朱楽は人の身体の形状になったものの、人間の感覚は伴わなかった。
(感覚も一緒やったら、兄ぃをもっと助けられたのに……)
そんな想いも空しく、完全な異形である自分とタイラとの感覚のずれは、いつまでたっても埋まらなかった。
人間は栄養分を摂取しなければならない、というのも魔神になってから初めて知った。
タックスが好んで食べるベリーも、栄養を摂取する目的ではない。完全に嗜好品だ。
美味しいから好きかもしれないと、怪我で動けないタイラの口に突っ込んでいたベリーが、タイラにとっての栄養源だったらしい。
それでも回復するのだから、人間は思いのほか頑丈なのかもしれない。
その考えが大きな間違いだと気付いたのは、もっと後の事だった。
朱楽にとって、関わりのある人間はタイラ一人。しかも本人は人間ではないと言うため、怪我をしても死にはしないと言う。
タイラが自主的に痛いと言ってくれなければ、朱楽は気が付かないし、腹が減るのも分からない。
加えてこの主は、平然としていたのに突如倒れたり、何日も意識を失うこともあった。
朱楽はその度に不安に胸を抉られて、どうにかしようと奮闘した。しかしタイラ本人からは「平気だ」「問題ない」といった言葉しか出て来ない。
それから朱楽はトーヤの魔神となって、あの洞で過ごした。
タイラは良く来てくれた。怪我をしたら薬草を貰いに訪れる。近くに寄ったから、と話をしに来てくれることもあった。
聖女の護衛になったから、一緒に旅をしてくれと言われたときは、朱楽は跳び上がって喜んだ。
初めて、タイラ以外の人間と行動を共にする。
(これで、兄ぃの事も深く知れるかもしれん)
そう思った朱楽だったが、目の前に突き付けられた事実は、胸を抉るものだった。
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ビジューさん!!びっくりしました
つぎあなまで読んで頂けてるとは…💦かなり初期の作品で拙さ満載で読みにくいでしょうに…
それすらも楽しみに変えて頂けるとは…😭
ありがとうございます!
思い入れのある作品なので、はまっていただいて嬉しいです✨
つぎあな大好きです。キャラクターの名前や召喚から題名の謎まで読み進めるほどに面白さが増して、それぞれの守りたい方向が違ったり、たつとらの生きる自覚が足りないところまで全てひっくるめて愛おしいです。
学園編どこに行けば読めますでしょうか( ; ; )たつとらが倒れてボルちゃが焦ってるところがまた読みたいです。
ミカンさん、ありがとうございます!
つぎあなの最初、ちょっと書き直してたので非公開にしておりました😫戻しますね!
何度も読んでいただいてありがとうございます!
つぎあなを書いたのは随分前なので、こうして好きと言って頂くと本当に嬉しいです!
私にとっても思い入れの多い作品なので、今後もたっちゃんを応援して頂けると嬉しいです!
ご感想本当にありがとうございました!
いつも墨尽さんのBLものを読ませていただいておりました!本当にどのお話も大好きです!!!墨尽さんがBLものではないものも上げているとは恥ずかしながら存じておらず、このお話に出会うのが遅くなってしまいました…本当に大好きです!!!どんどん読み進めてしまい、本当に止まりませんでした( ^ω^)
頑張ってください(( °ω° ))✨
あーる。さん、ありがとうございます!
「つぎあな」を見つけて頂いて、嬉しいです。
この作品は処女作ですので、お見苦しい所もあるとは思いますが、楽しんで頂けると幸いです!
他のBL作品も読んでいただいて…( ߹ㅁ߹)
こうして感想まで頂き、ほんとに光栄です!
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ご感想いただき、ありがとうございました!