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復活の蔵
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不思議な蔵
「あっ。これこれ。この蔵がお目当てなのよ」
「へえ…… これが『復活の蔵』ね。なんか神秘的な感じするわ」
「でしょ」
「これで、今年のクリスマスは元カレと寄りが戻るかもね…… 」
「だと良いけど」
「鰯の頭も信心からよ」
うちの庭には、白壁の蔵がある。
隣が神社になっていて、パワースポットだという噂が立ち、この蔵を『復活の蔵』と呼んで、写真に収めようとたくさんの観光客がやって来る。
なぜか恋愛の寄りを戻す『復活の蔵』と誰かがネットで広めたようだ。
他人の家の庭にズカズカ入っても、罪悪感を感じないのは神社と繋がってるせいだろう。
「何となくその心理はわかるんだけどね…… 」
十蔵は、窓から庭先を眺めていた。
『恋愛復活』と書いた、蔵のストラップをせっせと作っている。
「家の庭の通行料として、500円いただきますよ」
こうつぶやくと、完成したストラップをケースに詰めて、神社へ運んだ。
蔵の人気のおかげでストラップは、バカ売れしている。
「恋愛復活の秘訣は『復活の蔵ストラップ』を付けたからです」
萌えキャラのインフィード広告を付けた、こんな呟きをSNSで拡散している。
「買い忘れた方には、通販もいたします。遠方で、なかなか参拝できない方には、代わりに願掛けをさせていただきます…… っと」
広告のコツは、常に新しい付加価値を感じさせる戦略を、立て続けることである。
十蔵は、試行錯誤をしてそれを熟知している。
だからいつも蔵の傍に何かを置いて、新しい景色を感じさせる工夫をする。
そこに気づく人もいて、リピーターもいる。
ちなみに今はピンクのハートを貼っている。
「これって短絡的な演出なんだけど、蔵と一緒に見ると神秘的に見えちゃうんだな…… 」
幼い頃から蔵と共に育ち、名前にも『蔵』がついている。古風な名前だし、この家の住人という感じがする。
高校2年生で、16歳の津村十蔵は、アルバイト感覚でいつもストラップ作りをしている。
「はいよ。今日は何人来るかねぇ」
弟の蔵人は社務所担当である。交代で制作と販売を分担している。
こうして座っているだけでかなりの稼ぎになるのだが、日がな一日こうしていると退屈である。
だから蔵人もSNSをアップしたり、通販の発送作業を社務所でしている。
おかげで津村兄弟は文章を書く力がついたようで、国語のテストは大抵満点だった。
蔵やキャラクターのイラストは十蔵が書いて、ハメパチにしたり、UVインクジェットプリンターでプラ板に印刷したりする。
この蔵は、津村家を支える重要な観光資源だった。
「十蔵、今日は仕事だから、後は頼むぞ」
父は大手広告代理店の広告マンなので忙しい。津村兄弟が蔵をSNSで宣伝し始めたのも、父の影響が強いのである。
何が真実か
「ちょっと、兄ちゃん。これ見てくれよ…… 」
社務所の様子を見に行くと、蔵人が暗い眼で何かを訴えてきた。
「どうかしたのか? 」
「うちの蔵のこと、批判する奴がでてきたんだ…… 」
そのSNSはこんな内容だった……
「私はこの蔵のことを良く知っています。
恋愛復活とか、心願成就とか書いて高額なストラップを売っている悪質商法です。
蔵にご利益があるなんて話は、事実無根です。
この家に住む兄弟がデッチ上げて、商売のために作った話です。
騙されないでください Restore00001」
「なるほど。大胆な書き込みだが、否定はできないな…… 」
「兄ちゃん! 他人事みたいに言うなよ! ついさっき書き込まれたみたいだ。心当たりはないかい? 」
「うん…… しかし、悪質商法とまで言われたくないな。これが悪質だったら、父さんの仕事はすべて悪質商法だ。自分でいつも自嘲してるからな…… 」
「俺は悔しいよ! こんなことを書かれて。一生懸命にストラップを作って、こうして一日中社務所に詰めて仕事しているのに。このRestore00001って、どこの誰だよ! 」
「まあ、落ち着け。今のところ、復活の蔵のあり方を批判しただけで、誹謗中傷したわけじゃない」
「だけど…… 」
「そもそも、この蔵の人気が出たのは何でだったかな…… 」
「わかんないんだよ。突然たくさん人が押し掛けるようになったんだ」
「じゃあ、俺たちが客寄せをして始まったわけじゃないな。でも、最近は事実無根なことも書いている。でも釈然としないなぁ」
「でしょ。兄ちゃんも、もっと怒っていいんだよ」
「ちょっと待て。それなら、この書き込みをした人と直接話すべきじゃないのか? この書き込みからは、何を訴えたいのかはっきりしないし…… 」
「わかったよ…… 」
「それじゃ、兄ちゃんがこの人にダイレクトメッセージを送ってみるから。蔵人は何もするな」
十蔵は、冷静に、さっきのつぶやきを分析してみた。
『この蔵のことを良く知っています』
まずこの文。
近所に住んでいるのかもしれない……
『高額なストラップ』
ここも引っかかる。
500円は観光のお土産として、適正な価格だ。
普段使いのストラップとして考えると、キャラものでもないのに少し高い感じはする。
だから、近所の人が文房具屋さんやファンシーショップのストラップと比べて、高いと言っている可能性がある……
『悪質商法です』
値段が高くても、悪質商法に当たるほどではない。
高いと思ったら、買わないで帰ればいいだけだ。
売りつけてはいない。
『蔵にご利益があるなんて話は、事実無根です』
ご利益があった神社があるのだろうか……
神社仏閣で願掛けをするのは、何か具体的な見返りがあることを期待しているわけではない。
気休めや、習慣、自分の決意表明などが入り混じった、曖昧な目的で拝むものだ。
『この家に住む兄弟』
自分たち兄弟が交代で社務所にいるから、両方を知っている人物ということになる。
1度や2度来たくらいでは、兄弟だけでやっていることを知ることはできないはずだ。
『デッチ上げて、商売のために作った話です』
これはその通りだが、始めは自然発生的だった。
それに、どこかの神社のご利益のようなものに真実があるのだろうか。
『騙されないでください』
ストラップを買わないように啓発しようとしている。
なぜ妨害したいのだろうか……
「やっぱり、何か変だね…… さすが兄ちゃんだ。こうして分析すると、近くの人が書いた気がする」
「遠くの、面識がない人が、いたずらしたとすると、不自然な点が多い…… 」
「復活の蔵」誕生秘話
蔵人を社務所に残して、家に帰った。
「さてと。Restore00001にどうアプローチするか…… 」
しばらく考え込んだ。
「あまり批判的な事を書くと、態度を硬化させるだろうな…… 基本的に、お客さんの一人として扱おう。この蔵に興味を持って、関わる人は皆お客さんだ。例え批判的であっても、攻撃的なことを返してはいけない…… 」
パソコンを起動して、ワープロを立ち上げた。
「Restore00001様
この度は、蔵に関する貴重なご意見をいただき、ありがとうございます。
私はこの蔵の所有者である、津村蔵之助の息子の十蔵です。
つぶやきを拝読したところ、お近くにお住まいの方ではないかと思いました。
ご指摘の通り、弟の蔵人と一緒に、社務所で蔵ストラップの販売を行っております。
ご心配をおかけしたかと思いますので、これまでの経緯を説明させていただきます。
まず、この蔵を『復活の蔵』として恋愛復活のご利益がある、と拡散したのは私共ではありません。
ある日突然観光客が押し寄せるようになって、このような噂が広まったのではないか、と弟の蔵人が申しておりました。
私は、いつどのようにして人気が出たのか思い出せず、弟の言うことを信用しています。
最近は、様々な演出をして神秘性を感じさせるなどの、広告戦略をしていることも事実です。
ご指摘いただいた、ストラップは500円で販売しております。
この価格はお守りや観光のお土産として適正な市場価格であり、悪質であるという認識はございません。
価格は、私と弟が日夜制作している手数料、材料費、設備投資、社務所に詰めるという労働の対価を上乗せしたものです。
他にご質問や、ご不明な点がございましたら、お問い合わせください。
もし込み入ったお話になるようでしたら、直接お越しください
津村十蔵」
蔵人にも文面を見せた。
「うん。これなら、こじれないと思うよ。誠意ある対応だね。僕はちょっと感情的になってたよ…… 」
「もしかしたら、Restore00001が社務所に来るかもしれない。そしたら、俺に電話をかけて呼んでくれ」
「わかった。何だか安心したよ」
ネガティブな事を書かれても、復活の蔵の人気に影響はなかった。
しばらくは何ごともなく観光客が訪れ、ストラップを買い求めて行った。
そんなある日のこと。
せっせとストラップを拵えていると、蔵人から電話がかかってきた。
「大変だ! 兄ちゃん! 来たよ」
小声でささやくような声だが、興奮している。
「何が? 」
「例の人だよ! 」
「ん? …… おおっ! 今行く」
夜6時を回ったところだった。
高校から帰宅して、ボーッとしていたところに、ついにやってきた。
サンダルを突っかけて、小走りで社務所へ向かった。
すると、社務所の前に十蔵と同い歳くらいの女の子が立っていた……
「こんばんは」
とりあえず、普通に挨拶した。
「…… 」
小さく会釈したが、黙っていた。
「この人が、Restore00001だってさっき名乗ったんだ。お兄ちゃんと話がしたいって…… 」
蔵人が耳打ちした。
「ここでは何ですから、社務所の中へどうぞ」
促すと、少し距離を置いて椅子を出した。
「…… へえ。社務所って初めて入ったわ」
少女は中を見まわして、興味深げに物色し始めた。
「これが例のストラップよね。さぞかし儲かったでしょうね」
ちょっと棘がある言い方をする。
「突然、SNSに変なつぶやきしたのに、冷静に対処した、津村十蔵さんはあなたかしら? 」
「そうです。失礼ですが、あなたは? 」
「弟さんには名乗ったのだけど、Restore00001こと久藤桐乃。高校2年生よ。桐乃でいいわ」
なおも、社務所の中を見まわしている。
「私、この神社と蔵のことは、ずっと前から知ってたの」
狭くて何もない空間だが、何かを探しているのだろうか。
同い歳だと分かったので、少し安心した。
「桐乃さんは、近くに住んでるの? 」
「まあね。300mくらい先に家があるわ。あの文面からバレバレだったかしら」
ニヤリとして見せたので、強い敵意を持っているわけではなさそうだ。
「兄ちゃんは賢いから、あの文章をあっという間に分析して見せたんだよ。僕は嫌がらせだと思ったけどね」
「まあまあ。蔵人。悪い人ではなさそうだぞ」
「普通は、弟さんみたいに反応するものじゃないかしら。ダイレクトメッセージを読んで、一本取られた感じがしたわ。ちょっと悔しくて、来てみたのよ」
横目に十蔵を見つめている。
「それで、なぜあんな書き込みをしたの? 」
「つぶやきをするのに、いちいち理由があるかしら? ちょっとムシャクシャすることがあってね…… つい書いたのよ。内容は事実だし、別に謝るつもりはないわ」
いろいろ指摘した部分はあるはずだが、そこを突いても大した意味がない。
こういう人に、感情的な文章をぶつけたら、どうなっていたかは想像に難くない。
蔵人は自分の考えが浅かったと、内心恥ずかしかった……
「別に、咎めるつもりはないんだけど、こうして会いに来た理由は他にあるんじゃない? 」
面識があったとしても、こちらは全然覚えていないのだから、知人でもない。
普通はネット上のやり取りで済ませるはずだ。
「ふふふ。実はね。私が『復活の蔵』を産み出したからよ」
「えっ! 」
蔵人が声を上げた。
「そうそう。驚いてくれないと、張り合いがないわね。十蔵さんはどう思った? 」
「可能性は、あると思っていたよ…… 会いに来ると言うことは、よほどはっきりしたメッセージを用意しているのだろうと」
「あなたは探偵になるべきじゃないかしら…… ちょっと面白くないわ…… はあ…… 」
「僕は生まれたときからこうでね。その分蔵人が驚いてくれるよ」
「その、何もかも自分の掌の上ですって顔がね…… まあいいわ」
桐乃は立ち上がって、なおも周りを見まわしている。
「ねえ。ストラップ。私にも作らせてよ」
十蔵は、表情を明るくした。
「ああ。これは家で作ってるんだ。こっちへおいで」
「復活の蔵」とは
「おお…… これがハメパチマシーンね。本格的だわ」
パソコン、プリンタ、そして型抜きする専用マシーンを見まわして驚きの声を上げている。
「作ってみるかい? 」
十蔵は丁寧にレクチャーしながら、作って見せた。
「へえ…… 位置合わせとか、結構難しそうね」
「キットは、丸型、角型、ハート形、お守り形、ピック形なんかもあるよ」
「ちょっとやらせて…… 」
慣れないと、おっかなびっくりで時間がかかった。
「うわぁ。何とかできたわ…… 」
「それで、こっちがUVインクジェットプリンタ」
「うはあぁ。こんなに小さいのね。これで写真を? 」
「そう。ちょっと時間がかかるから、データを持って来てくれれば作ってあげるよ」
「ええっ! 作るわ。お願い」
「で。こっちがレーザー加工機」
「こんなものまで! 凄いわ! 高いんでしょう」
「UVプリンタも、レーザー加工機も、30万くらいだよ。父の伝手で少し安く買えたんだ」
「ねえ。時々来ていいかしら」
「はは。気に入ってくれたみたいだね。もちろん良いよ」
桐乃は目を輝かせて、すっかりハマった様子だ。
「もっとこじんまりとした、やり方してるのかと思ってた。本格的なのね」
十蔵もなんだか嬉しくなって、笑顔を返した。
帰り際、蔵人がいる社務所に桐乃がやってきた。
「蔵人くん。さっきはごめんなさいね。時々来させてもらってもいいかしら」
顔がすっかり綻んだ桐乃は、かなりの美人だった。
「えっ。いいですよ。もちろん、どうぞ」
「誤解がないように、話しておくけど『復活の蔵』のストーリーは、実話なの」
「そうですか。細かいことは、覚えてないですけど。1年くらい前でしたかね」
「友達がね。この蔵に願かけしたら、寄りが戻ったのよ。だから、事実無根なんかじゃないわ…… 」
「ありがとう」
エピローグ
それから、桐乃は時々やって来てはオリジナルストラップを作っている。
「やあ。桐乃ちゃん。ごゆっくり」
父も声をかけるようになった。
「ちょっと用事があるんだけど、社務所頼んでいいかな」
「いいわよ」
時々社務所も手伝うようになり、桐乃もローテーションに加わった。
「ねえ。私もイラスト描くから、受注生産してみたらどうかしら」
「うん。いいんじゃない? 」
「じゃあ、六天市場に店を出しましょうよ。十ちゃんが店長で私と蔵ちゃんが社員で」
「何か。すごいパワフルだね…… 」
「機材があるんだから、どんどん作ろうよ。ね」
こうして「復活の蔵」六天市場店が開店した。
店は話題を呼び、蔵で願かけしたストラップと共に、かなりの売り上げを上げていった。
商品のほとんどは「恋愛復活」の文字と共にキャラクターが描かれていた……
了
この物語はフィクションです
「あっ。これこれ。この蔵がお目当てなのよ」
「へえ…… これが『復活の蔵』ね。なんか神秘的な感じするわ」
「でしょ」
「これで、今年のクリスマスは元カレと寄りが戻るかもね…… 」
「だと良いけど」
「鰯の頭も信心からよ」
うちの庭には、白壁の蔵がある。
隣が神社になっていて、パワースポットだという噂が立ち、この蔵を『復活の蔵』と呼んで、写真に収めようとたくさんの観光客がやって来る。
なぜか恋愛の寄りを戻す『復活の蔵』と誰かがネットで広めたようだ。
他人の家の庭にズカズカ入っても、罪悪感を感じないのは神社と繋がってるせいだろう。
「何となくその心理はわかるんだけどね…… 」
十蔵は、窓から庭先を眺めていた。
『恋愛復活』と書いた、蔵のストラップをせっせと作っている。
「家の庭の通行料として、500円いただきますよ」
こうつぶやくと、完成したストラップをケースに詰めて、神社へ運んだ。
蔵の人気のおかげでストラップは、バカ売れしている。
「恋愛復活の秘訣は『復活の蔵ストラップ』を付けたからです」
萌えキャラのインフィード広告を付けた、こんな呟きをSNSで拡散している。
「買い忘れた方には、通販もいたします。遠方で、なかなか参拝できない方には、代わりに願掛けをさせていただきます…… っと」
広告のコツは、常に新しい付加価値を感じさせる戦略を、立て続けることである。
十蔵は、試行錯誤をしてそれを熟知している。
だからいつも蔵の傍に何かを置いて、新しい景色を感じさせる工夫をする。
そこに気づく人もいて、リピーターもいる。
ちなみに今はピンクのハートを貼っている。
「これって短絡的な演出なんだけど、蔵と一緒に見ると神秘的に見えちゃうんだな…… 」
幼い頃から蔵と共に育ち、名前にも『蔵』がついている。古風な名前だし、この家の住人という感じがする。
高校2年生で、16歳の津村十蔵は、アルバイト感覚でいつもストラップ作りをしている。
「はいよ。今日は何人来るかねぇ」
弟の蔵人は社務所担当である。交代で制作と販売を分担している。
こうして座っているだけでかなりの稼ぎになるのだが、日がな一日こうしていると退屈である。
だから蔵人もSNSをアップしたり、通販の発送作業を社務所でしている。
おかげで津村兄弟は文章を書く力がついたようで、国語のテストは大抵満点だった。
蔵やキャラクターのイラストは十蔵が書いて、ハメパチにしたり、UVインクジェットプリンターでプラ板に印刷したりする。
この蔵は、津村家を支える重要な観光資源だった。
「十蔵、今日は仕事だから、後は頼むぞ」
父は大手広告代理店の広告マンなので忙しい。津村兄弟が蔵をSNSで宣伝し始めたのも、父の影響が強いのである。
何が真実か
「ちょっと、兄ちゃん。これ見てくれよ…… 」
社務所の様子を見に行くと、蔵人が暗い眼で何かを訴えてきた。
「どうかしたのか? 」
「うちの蔵のこと、批判する奴がでてきたんだ…… 」
そのSNSはこんな内容だった……
「私はこの蔵のことを良く知っています。
恋愛復活とか、心願成就とか書いて高額なストラップを売っている悪質商法です。
蔵にご利益があるなんて話は、事実無根です。
この家に住む兄弟がデッチ上げて、商売のために作った話です。
騙されないでください Restore00001」
「なるほど。大胆な書き込みだが、否定はできないな…… 」
「兄ちゃん! 他人事みたいに言うなよ! ついさっき書き込まれたみたいだ。心当たりはないかい? 」
「うん…… しかし、悪質商法とまで言われたくないな。これが悪質だったら、父さんの仕事はすべて悪質商法だ。自分でいつも自嘲してるからな…… 」
「俺は悔しいよ! こんなことを書かれて。一生懸命にストラップを作って、こうして一日中社務所に詰めて仕事しているのに。このRestore00001って、どこの誰だよ! 」
「まあ、落ち着け。今のところ、復活の蔵のあり方を批判しただけで、誹謗中傷したわけじゃない」
「だけど…… 」
「そもそも、この蔵の人気が出たのは何でだったかな…… 」
「わかんないんだよ。突然たくさん人が押し掛けるようになったんだ」
「じゃあ、俺たちが客寄せをして始まったわけじゃないな。でも、最近は事実無根なことも書いている。でも釈然としないなぁ」
「でしょ。兄ちゃんも、もっと怒っていいんだよ」
「ちょっと待て。それなら、この書き込みをした人と直接話すべきじゃないのか? この書き込みからは、何を訴えたいのかはっきりしないし…… 」
「わかったよ…… 」
「それじゃ、兄ちゃんがこの人にダイレクトメッセージを送ってみるから。蔵人は何もするな」
十蔵は、冷静に、さっきのつぶやきを分析してみた。
『この蔵のことを良く知っています』
まずこの文。
近所に住んでいるのかもしれない……
『高額なストラップ』
ここも引っかかる。
500円は観光のお土産として、適正な価格だ。
普段使いのストラップとして考えると、キャラものでもないのに少し高い感じはする。
だから、近所の人が文房具屋さんやファンシーショップのストラップと比べて、高いと言っている可能性がある……
『悪質商法です』
値段が高くても、悪質商法に当たるほどではない。
高いと思ったら、買わないで帰ればいいだけだ。
売りつけてはいない。
『蔵にご利益があるなんて話は、事実無根です』
ご利益があった神社があるのだろうか……
神社仏閣で願掛けをするのは、何か具体的な見返りがあることを期待しているわけではない。
気休めや、習慣、自分の決意表明などが入り混じった、曖昧な目的で拝むものだ。
『この家に住む兄弟』
自分たち兄弟が交代で社務所にいるから、両方を知っている人物ということになる。
1度や2度来たくらいでは、兄弟だけでやっていることを知ることはできないはずだ。
『デッチ上げて、商売のために作った話です』
これはその通りだが、始めは自然発生的だった。
それに、どこかの神社のご利益のようなものに真実があるのだろうか。
『騙されないでください』
ストラップを買わないように啓発しようとしている。
なぜ妨害したいのだろうか……
「やっぱり、何か変だね…… さすが兄ちゃんだ。こうして分析すると、近くの人が書いた気がする」
「遠くの、面識がない人が、いたずらしたとすると、不自然な点が多い…… 」
「復活の蔵」誕生秘話
蔵人を社務所に残して、家に帰った。
「さてと。Restore00001にどうアプローチするか…… 」
しばらく考え込んだ。
「あまり批判的な事を書くと、態度を硬化させるだろうな…… 基本的に、お客さんの一人として扱おう。この蔵に興味を持って、関わる人は皆お客さんだ。例え批判的であっても、攻撃的なことを返してはいけない…… 」
パソコンを起動して、ワープロを立ち上げた。
「Restore00001様
この度は、蔵に関する貴重なご意見をいただき、ありがとうございます。
私はこの蔵の所有者である、津村蔵之助の息子の十蔵です。
つぶやきを拝読したところ、お近くにお住まいの方ではないかと思いました。
ご指摘の通り、弟の蔵人と一緒に、社務所で蔵ストラップの販売を行っております。
ご心配をおかけしたかと思いますので、これまでの経緯を説明させていただきます。
まず、この蔵を『復活の蔵』として恋愛復活のご利益がある、と拡散したのは私共ではありません。
ある日突然観光客が押し寄せるようになって、このような噂が広まったのではないか、と弟の蔵人が申しておりました。
私は、いつどのようにして人気が出たのか思い出せず、弟の言うことを信用しています。
最近は、様々な演出をして神秘性を感じさせるなどの、広告戦略をしていることも事実です。
ご指摘いただいた、ストラップは500円で販売しております。
この価格はお守りや観光のお土産として適正な市場価格であり、悪質であるという認識はございません。
価格は、私と弟が日夜制作している手数料、材料費、設備投資、社務所に詰めるという労働の対価を上乗せしたものです。
他にご質問や、ご不明な点がございましたら、お問い合わせください。
もし込み入ったお話になるようでしたら、直接お越しください
津村十蔵」
蔵人にも文面を見せた。
「うん。これなら、こじれないと思うよ。誠意ある対応だね。僕はちょっと感情的になってたよ…… 」
「もしかしたら、Restore00001が社務所に来るかもしれない。そしたら、俺に電話をかけて呼んでくれ」
「わかった。何だか安心したよ」
ネガティブな事を書かれても、復活の蔵の人気に影響はなかった。
しばらくは何ごともなく観光客が訪れ、ストラップを買い求めて行った。
そんなある日のこと。
せっせとストラップを拵えていると、蔵人から電話がかかってきた。
「大変だ! 兄ちゃん! 来たよ」
小声でささやくような声だが、興奮している。
「何が? 」
「例の人だよ! 」
「ん? …… おおっ! 今行く」
夜6時を回ったところだった。
高校から帰宅して、ボーッとしていたところに、ついにやってきた。
サンダルを突っかけて、小走りで社務所へ向かった。
すると、社務所の前に十蔵と同い歳くらいの女の子が立っていた……
「こんばんは」
とりあえず、普通に挨拶した。
「…… 」
小さく会釈したが、黙っていた。
「この人が、Restore00001だってさっき名乗ったんだ。お兄ちゃんと話がしたいって…… 」
蔵人が耳打ちした。
「ここでは何ですから、社務所の中へどうぞ」
促すと、少し距離を置いて椅子を出した。
「…… へえ。社務所って初めて入ったわ」
少女は中を見まわして、興味深げに物色し始めた。
「これが例のストラップよね。さぞかし儲かったでしょうね」
ちょっと棘がある言い方をする。
「突然、SNSに変なつぶやきしたのに、冷静に対処した、津村十蔵さんはあなたかしら? 」
「そうです。失礼ですが、あなたは? 」
「弟さんには名乗ったのだけど、Restore00001こと久藤桐乃。高校2年生よ。桐乃でいいわ」
なおも、社務所の中を見まわしている。
「私、この神社と蔵のことは、ずっと前から知ってたの」
狭くて何もない空間だが、何かを探しているのだろうか。
同い歳だと分かったので、少し安心した。
「桐乃さんは、近くに住んでるの? 」
「まあね。300mくらい先に家があるわ。あの文面からバレバレだったかしら」
ニヤリとして見せたので、強い敵意を持っているわけではなさそうだ。
「兄ちゃんは賢いから、あの文章をあっという間に分析して見せたんだよ。僕は嫌がらせだと思ったけどね」
「まあまあ。蔵人。悪い人ではなさそうだぞ」
「普通は、弟さんみたいに反応するものじゃないかしら。ダイレクトメッセージを読んで、一本取られた感じがしたわ。ちょっと悔しくて、来てみたのよ」
横目に十蔵を見つめている。
「それで、なぜあんな書き込みをしたの? 」
「つぶやきをするのに、いちいち理由があるかしら? ちょっとムシャクシャすることがあってね…… つい書いたのよ。内容は事実だし、別に謝るつもりはないわ」
いろいろ指摘した部分はあるはずだが、そこを突いても大した意味がない。
こういう人に、感情的な文章をぶつけたら、どうなっていたかは想像に難くない。
蔵人は自分の考えが浅かったと、内心恥ずかしかった……
「別に、咎めるつもりはないんだけど、こうして会いに来た理由は他にあるんじゃない? 」
面識があったとしても、こちらは全然覚えていないのだから、知人でもない。
普通はネット上のやり取りで済ませるはずだ。
「ふふふ。実はね。私が『復活の蔵』を産み出したからよ」
「えっ! 」
蔵人が声を上げた。
「そうそう。驚いてくれないと、張り合いがないわね。十蔵さんはどう思った? 」
「可能性は、あると思っていたよ…… 会いに来ると言うことは、よほどはっきりしたメッセージを用意しているのだろうと」
「あなたは探偵になるべきじゃないかしら…… ちょっと面白くないわ…… はあ…… 」
「僕は生まれたときからこうでね。その分蔵人が驚いてくれるよ」
「その、何もかも自分の掌の上ですって顔がね…… まあいいわ」
桐乃は立ち上がって、なおも周りを見まわしている。
「ねえ。ストラップ。私にも作らせてよ」
十蔵は、表情を明るくした。
「ああ。これは家で作ってるんだ。こっちへおいで」
「復活の蔵」とは
「おお…… これがハメパチマシーンね。本格的だわ」
パソコン、プリンタ、そして型抜きする専用マシーンを見まわして驚きの声を上げている。
「作ってみるかい? 」
十蔵は丁寧にレクチャーしながら、作って見せた。
「へえ…… 位置合わせとか、結構難しそうね」
「キットは、丸型、角型、ハート形、お守り形、ピック形なんかもあるよ」
「ちょっとやらせて…… 」
慣れないと、おっかなびっくりで時間がかかった。
「うわぁ。何とかできたわ…… 」
「それで、こっちがUVインクジェットプリンタ」
「うはあぁ。こんなに小さいのね。これで写真を? 」
「そう。ちょっと時間がかかるから、データを持って来てくれれば作ってあげるよ」
「ええっ! 作るわ。お願い」
「で。こっちがレーザー加工機」
「こんなものまで! 凄いわ! 高いんでしょう」
「UVプリンタも、レーザー加工機も、30万くらいだよ。父の伝手で少し安く買えたんだ」
「ねえ。時々来ていいかしら」
「はは。気に入ってくれたみたいだね。もちろん良いよ」
桐乃は目を輝かせて、すっかりハマった様子だ。
「もっとこじんまりとした、やり方してるのかと思ってた。本格的なのね」
十蔵もなんだか嬉しくなって、笑顔を返した。
帰り際、蔵人がいる社務所に桐乃がやってきた。
「蔵人くん。さっきはごめんなさいね。時々来させてもらってもいいかしら」
顔がすっかり綻んだ桐乃は、かなりの美人だった。
「えっ。いいですよ。もちろん、どうぞ」
「誤解がないように、話しておくけど『復活の蔵』のストーリーは、実話なの」
「そうですか。細かいことは、覚えてないですけど。1年くらい前でしたかね」
「友達がね。この蔵に願かけしたら、寄りが戻ったのよ。だから、事実無根なんかじゃないわ…… 」
「ありがとう」
エピローグ
それから、桐乃は時々やって来てはオリジナルストラップを作っている。
「やあ。桐乃ちゃん。ごゆっくり」
父も声をかけるようになった。
「ちょっと用事があるんだけど、社務所頼んでいいかな」
「いいわよ」
時々社務所も手伝うようになり、桐乃もローテーションに加わった。
「ねえ。私もイラスト描くから、受注生産してみたらどうかしら」
「うん。いいんじゃない? 」
「じゃあ、六天市場に店を出しましょうよ。十ちゃんが店長で私と蔵ちゃんが社員で」
「何か。すごいパワフルだね…… 」
「機材があるんだから、どんどん作ろうよ。ね」
こうして「復活の蔵」六天市場店が開店した。
店は話題を呼び、蔵で願かけしたストラップと共に、かなりの売り上げを上げていった。
商品のほとんどは「恋愛復活」の文字と共にキャラクターが描かれていた……
了
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職場では鬼のように恐ろしいうえに婚約者もいる遥人に膝枕なんて、恐怖でしかない、と怯える那智だったが。
やがて、遥人の不眠症の原因に気づき――。
ルール違反はやめてちょうだい!【声劇台本】【一人用】
マグカップと鋏は使いやすい
ライト文芸
あらすじ
告白のセッティングを依頼されたある人物の話
頭良いけど行き過ぎた方に頭の回転が早い人、好きです。
楽しいですね(∩´∀`)∩
普段使わない「~だわ」「~かしら」の語尾はわくわくしますね。
内容が大きく変わらない程度の変更は構いません。
語り主は女子ですが、性別は不問です。
言いやすいように語尾など変更、文章の入れ替えなどしていただいて構いません。
動画・音声投稿サイトに使用する場合は、使用許可は不要ですが一言いただけると嬉しいです。
自作発言、転載はご遠慮ください。
著作権は放棄しておりません。
使用の際は作者名を記載してください。
別所に載せていたものを大幅に書き換えています。
みいちゃんといっしょ。
新道 梨果子
ライト文芸
お父さんとお母さんが離婚して半年。
お父さんが新しい恋人を家に連れて帰ってきた。
みいちゃんと呼んでね、というその派手な女の人は、あからさまにホステスだった。
そうして私、沙希と、みいちゃんとの生活が始まった。
――ねえ、お父さんがいなくなっても、みいちゃんと私は家族なの?
※ 「小説家になろう」(検索除外中)、「ノベマ!」にも掲載しています。
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