豊家軽業夜話

黒坂 わかな

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御所から南へ少し行った所に、誓願寺という寺がある。

太閤秀吉によって寺町が整えられ、この地に移った誓願寺の境内には、市や猿楽小屋が立ち並び、大層な賑わいを見せていた。

その中に、竹早という軽業師がいた。
歳のころは十四、五、幼子のような大きな目をした小柄で静かな男であるが、世にも珍しい軽業を難なくこなし、天下一の軽業師だとその名を都中に轟かせていた。

鞠の上に乗って軽やかに歩く。綱の上を悠々と歩いて渡る。そんなことはお手の物で、四本の脇差しを掴んで投げ、手を代えてはまた掴んで投げと投げ回したり、口から炎を吹き出したりと、常人では考えられぬことを軽々とやってのける。

誓願寺は太閤の側室、松の丸殿と縁が深い。
本能寺の変ののち、囚われの身を経て側室となった松の丸殿は、清少納言や和泉式部も愛したというこの寺に帰依した。そのため、誓願寺の周辺は松の丸殿の生家に因み、京極と呼ばれていた。

太閤が都の中心から伏見に居を移してからも、松の丸殿は都の賑わいが忘れられず、誓願寺参りと称しては度々都に上った。

都の桜がすべて葉桜に変わった頃、参詣の帰りに竹早の軽業姿を見かけた松の丸殿は、声高々に止めりゃ、と言って輿を担ぐ従者の足を止めさせた。

綱渡りの途中でどよめきに気付いた竹早は、綱を渡りながら辺りに目をやった。鮮やかな赤い打掛が目に入る。高貴なお方が参られたと気付いた竹早は、ぴょんと綱から飛び降りて、一座と共に砂利の上に跪いて頭を垂れた。

―そなたが、竹早か。

竹早の噂は、松の丸殿の耳にも届いていた。

竹早は礼儀を知らない。顔を上げたまま、丸い目をさらに丸くして、返事も忘れて松の丸殿の美しい顔を眺める。

従者に叱りつけられ、竹早はあわてて頭を下げた。松の丸殿は竹早の顔をすぐに覚えた。丸い、幼子のような竹早の目は、太閤に殺された、先の夫との子の目に似ていた。

―この者らを伏見へ参らせよ。太閤様へのお慰みじゃ。

松の丸殿は従者に申しつけた。
それは、近頃病を得て気が弱くなっている太閤のために、伏見城にて軽業を披露せよとの命であった。
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