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21. 嵐を呼ぶ講演会④
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足早に遠ざかる会場の方から、私たちの耳に乾いた銃声のような音が微かに聞こえてくる。
おそらく、先程姿を現した『敵』と志麻子が交戦しているのだろう。
異能組織内で最強クラスの実力を持つとはいえ、志麻子を残して退くことにはもちろん気が引けるが、全てを承知であえて残ってくれた彼女のためにも、今は御崎杏花を護りきることに専念しなければならない。
それに、向こうには明莉と梓、それに戦闘での戦力になるかは知らないが、一応、遊佐も残っている。ここは彼等に襲撃者のことを任せて、御崎たちを早急に安全な場所へ移動させる方が最善ベストな判断だと思われた。
「お二人とも、落ち着いて私の後に続いてください」
御崎と、もう一人の文化人を先導しながら、私は会場の裏通用口を足早に移動する。その私たちの後方で殿を務めるのは《盾》の異能を持つ藤野真吾だ。
真吾は移動しながらも時々背後を振り返って敵の追撃がないか周囲を油断なく伺っているが、今の所は大丈夫のようで、私と目が合うとインカム越しに「後方クリア」と合図をくれる。
私は「了解」と短く応答しつつ、注意深く危険を確認しながら通路の先へと歩を進めていく。それに二人の文化人、そして真吾が最後尾に続く。
この通路には、要所要所に警備の人間が配置されている予定───だったはずが、なぜかこの緊急時に、不自然なほど人影がない。遠くでは、おそらく講堂内から逃げ惑う人々のものと思われる声や足音が響いているが、警備担当者たちも皆、そちらの誘導等に向かったのだろうか?
そう疑問に思ったが、今は危急の時なので、立ち止まって悠長に考えるわけにはいかない。私は御崎杏花たちを先導することに意識を集中させ、案内を急ぐ。
───そうこうするうちに、私たちは講堂の外に繋がる非常口近くまで移動していた。ここまで来ると通路の幅が今までよりも若干だが広くなっていて、人が何人か並んでも問題なさそうに見える。
あともう少しで非常口───そう思った矢先に、通路の先から人影が見えた。
「お二人とも、止まってください!」
私は背後の二人に制止の合図を送り、腰のベルトに小さく収まっていた伸縮性の強化棍を抜いて、一気にそれを引き伸ばした。
「下がってください」
私の様子に驚いた二人が立ち止まったが、私はさらに下がらせて棍を構える。
そこに非常口側から足早に現れたのは────、
講堂警備の責任者、加納だった。
オールバックの髪型に、スーツの上からでも鍛え上げられた身体つきがわかる引き締まった容貌は、イベントが始まる前に挨拶をした時と、当然ながら変わりがない。
向こうも私たち一向に気づき、耳のインカムに手を当てながら近づいてくる。
「牧野さん───!よかった、御崎さんも御無事でしたか!」
加納は、私の手前で立ち止まった。
私も構えていた棍を下げて答える。
「はい、何とか───。それより、ここはあなただけですか?他の警備の方々はどちらへ?」
私は加納以外に人の気配を感じない、周辺を見渡しながら訊いた。
「ええ。他の者は来場者の誘導に向かわせました。このままでは、逃げ惑う人々で集団恐慌になりかねませんからね。襲撃そのものよりも、そちらの方が危険となることを憂慮しての判断です」
「なるほど」
私は頷いた。
確かに、凄惨な事故やテロの現場において、その被害がその場に居合わせた人々のパニックで、さらに拡大されるケースが往々にしてあることは事実だ。加納は経験豊富な現場の人間として、その危険を重要視したのだろう。
しかし───何かが、引っかかる。
うまく言えないが、この状況に、ごくわずかな違和感があった。
それが何なのか?
私は眼鏡のブリッジを軽く押し上げながら、一呼吸おいて、その違和感の正体を探ろうとする。
そこへ、加納が思い出したように口を開いた。
「そうそう牧野さん。実は先ほど、こちらに襲撃者たちについての新しい情報が入ったんですよ。それを是非、お耳に入れたくて」
自然に────、
ごく然り気ない動きで、加納は私に近づこうとしたが、私は咄嗟の判断でその場を飛び退いた!
「────?
どうされたのですか、牧野さん?」
加納が不思議そうに私を見る。
「牧野さん?」
剣呑な気配を察し、背後から真吾も声をかけてくる。
私は右手を横に広げて、後ろの三人に鋭く言った。
「皆さん、下がってください!」
「?」
状況が掴めずに戸惑う文化人たちと真吾。
加納は心外そうに肩をすくめた。
「一体、どうされたのです?急にピリピリされて、これではまるで───私が敵対者か何かのようではないですか?」
私はその言葉を無視して強化棍を構え、切っ先を加納に向ける。
「あなたは───誰なんですか?」
「は?」
一瞬、加納がきょとん、とした顔をする。しかし、すぐに苦笑いをしながら頭を振って、胸ポケットから自らの写真入りのIDカードを取り出した。
「おやおや、御自分で何を仰っているかわかっておられますか?私は加納憲明、このIDカードが示す通り《クリード警備保障株式会社》の主任警備員です。イベント前に、あなたにも御挨拶したでしょう?」
「ええ」
私は頷いた。確かに、加納とはイベント前に初対面の挨拶を済ませている。
「だったら、なぜ────」
加納が疑問を口にする前に、私はそれを遮って言った。
「あなたは加納さんではありません。なぜなら、現場にいた私たちでさえもまだ襲撃者のことをまだ把握しかねているというのに、なぜ現場にいなかった貴方が『襲撃者たち』と複数形で言いきれるのです?」
加納は口ごもりながら反論した。
「いや、それは───だから、それこそを『新しい情報』として今お伝えしようとしているのですよ。それを何ですかな、その態度は?あなたは、この緊急時に人の言葉尻をあげつらって『探偵ごっこ』でも始めるおつもりか?」
加納の顔に、はっきりと怒りの色が浮かぶ。引き締まった身体からも怒気が立ち上って、さすがに迫力がある。
しかし、私も引き下がらなかった。
「では、遊びではないことを証明しましょうか。あなた、私と初めてお会いした時に『通常の脅威ならともかく、異能者が襲撃してきたら手に負えない可能性がある』という趣旨の発言をされましたよね?」
「───それが?」
加納は不審そうに返答する。そこへ、私は畳みかけるように続けた。
「それは普通に受け取れば、あなたが通常者であって、異能者ではないことを意味していました。なのに、なぜ今、あなたは異能を使っているのです?
あなた───鼻の頭に異能者が異能を使っている時特有の皺が出ていますよ?」
「─────!」
加納は無意識に鼻の頭を撫でて、私の言った皺を確認しようとした。
それが意味することは────、
「牧野さん、それ何の話ですか?そんな話、オレは初耳ですよ?」
背後から私に質問する真吾の言葉に、加納が───いや、加納の姿をした誰かが、衝撃を受ける!
「─────ッ?!」
「偽物確定、ですね」
あらためて、私は敵に強化棍を構えた。
───まさか、過去に総務省で柊木監察官に尋問された時の、彼女の尋問技術がこんなところで役に立つとは思わなかった。
柊木監察官にこの嘘を使われた時に、私は《偽装》の異能を使用中だったので、危うく引っかかって鼻を触るミスを犯しそうになったのだが、いつか逆の状況になった時に、誰が異能者なのか、もし探りを入れる機会があれば使ってみよう───と心に決めていた。
それがまさに、この時タイミングだったのである。
加納の姿をした誰かは、しばらく俯いて沈黙していたが、やがてゆっくりと、くもぐった笑い声を漏らした。
「く、ハハハハハ……!事前に、なかなかの切れ者の女と聞いてはいたが、まさかこうも見事にしてやられるとはね」
「!?」
加納の顔をした何者かは、つい先程までとはまったく違う女性の声で笑った。
「───あなたは、一体?」
私の問いかけに、その人物は答えた。
「敵だよ、アンタたちから見て───ね」
おそらく、先程姿を現した『敵』と志麻子が交戦しているのだろう。
異能組織内で最強クラスの実力を持つとはいえ、志麻子を残して退くことにはもちろん気が引けるが、全てを承知であえて残ってくれた彼女のためにも、今は御崎杏花を護りきることに専念しなければならない。
それに、向こうには明莉と梓、それに戦闘での戦力になるかは知らないが、一応、遊佐も残っている。ここは彼等に襲撃者のことを任せて、御崎たちを早急に安全な場所へ移動させる方が最善ベストな判断だと思われた。
「お二人とも、落ち着いて私の後に続いてください」
御崎と、もう一人の文化人を先導しながら、私は会場の裏通用口を足早に移動する。その私たちの後方で殿を務めるのは《盾》の異能を持つ藤野真吾だ。
真吾は移動しながらも時々背後を振り返って敵の追撃がないか周囲を油断なく伺っているが、今の所は大丈夫のようで、私と目が合うとインカム越しに「後方クリア」と合図をくれる。
私は「了解」と短く応答しつつ、注意深く危険を確認しながら通路の先へと歩を進めていく。それに二人の文化人、そして真吾が最後尾に続く。
この通路には、要所要所に警備の人間が配置されている予定───だったはずが、なぜかこの緊急時に、不自然なほど人影がない。遠くでは、おそらく講堂内から逃げ惑う人々のものと思われる声や足音が響いているが、警備担当者たちも皆、そちらの誘導等に向かったのだろうか?
そう疑問に思ったが、今は危急の時なので、立ち止まって悠長に考えるわけにはいかない。私は御崎杏花たちを先導することに意識を集中させ、案内を急ぐ。
───そうこうするうちに、私たちは講堂の外に繋がる非常口近くまで移動していた。ここまで来ると通路の幅が今までよりも若干だが広くなっていて、人が何人か並んでも問題なさそうに見える。
あともう少しで非常口───そう思った矢先に、通路の先から人影が見えた。
「お二人とも、止まってください!」
私は背後の二人に制止の合図を送り、腰のベルトに小さく収まっていた伸縮性の強化棍を抜いて、一気にそれを引き伸ばした。
「下がってください」
私の様子に驚いた二人が立ち止まったが、私はさらに下がらせて棍を構える。
そこに非常口側から足早に現れたのは────、
講堂警備の責任者、加納だった。
オールバックの髪型に、スーツの上からでも鍛え上げられた身体つきがわかる引き締まった容貌は、イベントが始まる前に挨拶をした時と、当然ながら変わりがない。
向こうも私たち一向に気づき、耳のインカムに手を当てながら近づいてくる。
「牧野さん───!よかった、御崎さんも御無事でしたか!」
加納は、私の手前で立ち止まった。
私も構えていた棍を下げて答える。
「はい、何とか───。それより、ここはあなただけですか?他の警備の方々はどちらへ?」
私は加納以外に人の気配を感じない、周辺を見渡しながら訊いた。
「ええ。他の者は来場者の誘導に向かわせました。このままでは、逃げ惑う人々で集団恐慌になりかねませんからね。襲撃そのものよりも、そちらの方が危険となることを憂慮しての判断です」
「なるほど」
私は頷いた。
確かに、凄惨な事故やテロの現場において、その被害がその場に居合わせた人々のパニックで、さらに拡大されるケースが往々にしてあることは事実だ。加納は経験豊富な現場の人間として、その危険を重要視したのだろう。
しかし───何かが、引っかかる。
うまく言えないが、この状況に、ごくわずかな違和感があった。
それが何なのか?
私は眼鏡のブリッジを軽く押し上げながら、一呼吸おいて、その違和感の正体を探ろうとする。
そこへ、加納が思い出したように口を開いた。
「そうそう牧野さん。実は先ほど、こちらに襲撃者たちについての新しい情報が入ったんですよ。それを是非、お耳に入れたくて」
自然に────、
ごく然り気ない動きで、加納は私に近づこうとしたが、私は咄嗟の判断でその場を飛び退いた!
「────?
どうされたのですか、牧野さん?」
加納が不思議そうに私を見る。
「牧野さん?」
剣呑な気配を察し、背後から真吾も声をかけてくる。
私は右手を横に広げて、後ろの三人に鋭く言った。
「皆さん、下がってください!」
「?」
状況が掴めずに戸惑う文化人たちと真吾。
加納は心外そうに肩をすくめた。
「一体、どうされたのです?急にピリピリされて、これではまるで───私が敵対者か何かのようではないですか?」
私はその言葉を無視して強化棍を構え、切っ先を加納に向ける。
「あなたは───誰なんですか?」
「は?」
一瞬、加納がきょとん、とした顔をする。しかし、すぐに苦笑いをしながら頭を振って、胸ポケットから自らの写真入りのIDカードを取り出した。
「おやおや、御自分で何を仰っているかわかっておられますか?私は加納憲明、このIDカードが示す通り《クリード警備保障株式会社》の主任警備員です。イベント前に、あなたにも御挨拶したでしょう?」
「ええ」
私は頷いた。確かに、加納とはイベント前に初対面の挨拶を済ませている。
「だったら、なぜ────」
加納が疑問を口にする前に、私はそれを遮って言った。
「あなたは加納さんではありません。なぜなら、現場にいた私たちでさえもまだ襲撃者のことをまだ把握しかねているというのに、なぜ現場にいなかった貴方が『襲撃者たち』と複数形で言いきれるのです?」
加納は口ごもりながら反論した。
「いや、それは───だから、それこそを『新しい情報』として今お伝えしようとしているのですよ。それを何ですかな、その態度は?あなたは、この緊急時に人の言葉尻をあげつらって『探偵ごっこ』でも始めるおつもりか?」
加納の顔に、はっきりと怒りの色が浮かぶ。引き締まった身体からも怒気が立ち上って、さすがに迫力がある。
しかし、私も引き下がらなかった。
「では、遊びではないことを証明しましょうか。あなた、私と初めてお会いした時に『通常の脅威ならともかく、異能者が襲撃してきたら手に負えない可能性がある』という趣旨の発言をされましたよね?」
「───それが?」
加納は不審そうに返答する。そこへ、私は畳みかけるように続けた。
「それは普通に受け取れば、あなたが通常者であって、異能者ではないことを意味していました。なのに、なぜ今、あなたは異能を使っているのです?
あなた───鼻の頭に異能者が異能を使っている時特有の皺が出ていますよ?」
「─────!」
加納は無意識に鼻の頭を撫でて、私の言った皺を確認しようとした。
それが意味することは────、
「牧野さん、それ何の話ですか?そんな話、オレは初耳ですよ?」
背後から私に質問する真吾の言葉に、加納が───いや、加納の姿をした誰かが、衝撃を受ける!
「─────ッ?!」
「偽物確定、ですね」
あらためて、私は敵に強化棍を構えた。
───まさか、過去に総務省で柊木監察官に尋問された時の、彼女の尋問技術がこんなところで役に立つとは思わなかった。
柊木監察官にこの嘘を使われた時に、私は《偽装》の異能を使用中だったので、危うく引っかかって鼻を触るミスを犯しそうになったのだが、いつか逆の状況になった時に、誰が異能者なのか、もし探りを入れる機会があれば使ってみよう───と心に決めていた。
それがまさに、この時タイミングだったのである。
加納の姿をした誰かは、しばらく俯いて沈黙していたが、やがてゆっくりと、くもぐった笑い声を漏らした。
「く、ハハハハハ……!事前に、なかなかの切れ者の女と聞いてはいたが、まさかこうも見事にしてやられるとはね」
「!?」
加納の顔をした何者かは、つい先程までとはまったく違う女性の声で笑った。
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