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11. 諸星②
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「───へぇ?」
眉一つ動かすことなく、平然と呟く諸星に私は言い放つ。
「お二人を、今すぐ解放しなさいッ!」
私は《偽装》の別スキル、【千本桜】を使って全ての分身体を一斉に動かした。
柊木監察官との戦いで私が使った【百花繚乱】と【千本桜】は、厳密には別々のスキルである。
【百花繚乱】は《偽装》で分身体を発生させるスキルで、【千本桜】はそれとは別に、発生させた無数の分身体をコントロールするためのスキルである。車に例えるとボディとエンジンのような関係で、それぞれが単体では意味を成さないが、スキルを合わせることではじめて両者の特性を最大限に生かすことができる。つまり、【百花繚乱】という体だけがあっても、【千本桜】という動力がなければ、分身体たちを指一本動かすことができない、不完全なスキルに成り下がってしまうのだ。
私の分身体たちの目標は当然ながら、余裕綽々の表情でカフェテーブルに座る諸星。
この状況でも慌てる素振りがまったくないのは驚くべき胆力だが、これだけの数の私の分身体たちに攻撃されても、諸星はまだ余裕を保っていられるだろうか?
最も諸星に接近した私が、諸星に手を伸ばそうとした瞬間。
諸星は、まるでピアノを弾くかのように両手の指を広げ、それを上から下に『ただ』振り下ろしてみせた。
「【全範囲重力】」
「───うッ?!」
諸星の体まで後一歩、というところで全ての分身体の動きが、諸星の操る強烈な重力によって止められてしまった。
「ま、牧野ちゃん!」
同じように強い重力で拘束させれている志麻子が声をあげる。
「くっ……!」
「ハハハハハ!なかなか面白い異能を見せてもらったよ。それだけの数の分身体を操る力はかなりのものだと褒めてあげたいけど───残念、その程度では、まだ僕には届かないね」
諸星は何事もなかったかのようにティーカップに口をつけて、眼前で動きを止めた私たちに向かって言う。
「ち、ちくしょうめ……!」
万策が尽きたことを悟り、志麻子が苦々しく吐き捨てる。
「ハハハハ!どうする、牧野さん?お次は、ここにいない藤野兄妹の援軍でも期待するかい?だけど、生憎とこの異能結界が仇になったね。彼らには連絡なしではここを見つけられないだろうし、仮に来れたとしても、あの二人の異能では到底この僕には届かない」
「────」
「僕の実力をわかってもらったところで、まずは大人しく降参してもらおうか───」
諸星がそこまで言った時だ。
「いいえ───。降参するのは、あなたの方です」
諸星の背後の空間から、本物の私は分身体たちが手にしていない『強化棍』を彼に突きつけて、静かに言った。
「───へぇ~?どういう手品を使ったのかな?」
諸星の重力に囚われていた分身体たちが次々と消え、残った背後の───本物の私に向かって、諸星は訊いてきた。
私は冷静に解説した。
「そう難しい種ではありません。【千本桜】で分身体たちを動かすのと同時に、事前に梓さんから頂いていた【身体能力強化】の護符の力で、私本体はあなたの《重力操作》の範囲外まで急速離脱しながら後ろに回り込んだのです」
分身体を全て諸星に向かわせたのは『囮』である。本体の私は、梓の護符の力を借りて別行動をしていたわけだが───それにしても、この状況でも諸星には焦りというものが見られなかった。
「どうです、現実として私の異能はあなたに届いたわけですが?」
私は、強化棍を突きつけながら諸星に言った。
それでも彼は余裕を崩さず、ため息まじりに答えた。
「いやいや。本当は“お見事!”と言ってあげたい所なんだけど───実に惜しいね」
「負け惜しみですか?」
「本気でそう思うかい?『深淵を覗くものは深淵からもまた覗かれている』───君、自分自身への注意が疎かになっていないかい?」
「何を言って───」
てっきり、本当に負け惜しみの言葉だと思って諸星に言い返そうとして、私はようやく気づいた。
いつの間にか───、
私自身の『首』に背後から鋭利な刃物が突きつけられていて、それが首の皮膚に食い込む寸前だということに。
「───動かないでください。もし、指の一本でも体を動かせば貴女の首は、胴と永遠の別れをすることになります───」
それは、背後から突如として現れた新しい気配───というより濃密な『殺気の塊』とでも言うべき存在だった。
私の耳元でその気配が、若い女性らしき声で恐ろしい台詞を投げかけてくる。
体を動かさずに、瞳だけを下に向けると───かろうじて視界に入ったのは、戦争映画で見たことがある大振りな戦闘ナイフのような物体の刀身部分が、私の首筋にぴたりと当てられている光景。身動きがとれなくなった私には、背後の気配の主の顔までは見えない。
諸星に『王手』をかけたつもりで、伏兵の存在にまったく気づかずに、逆に詰んでいたのは私の方だった。
「得物を捨てなさい」
背後の声に従い、私は強化棍から手を放した。乾いた音をたてて、棍が地面に転がる。
素直に従ったのは、単なる脅しではないことが気配からはっきりと伝わってきたからだ。おそらくだが───実際に人を殺めたことがある者が発する、異様な空気感。それが、背後の人物からありありと感じられた。
「─── 桐島、もういいよ。下がれ」
「ハッ───」
諸星が片手を上げると、背後の気配がスッと私から遠ざかった。
「───というわけだよ、牧野さん。僕は自分を全知全能だなんて思っていないし、君たちの異能を別に見くびっているわけでもない。だから、この程度の人員配置は当然だと思わないかい?」
「────」
「───まぁ、挨拶も無事に済んだだからね?今日の所はこの辺りで失礼するよ。あ、そうそう。藤野兄妹にも、君からよろしく伝えておいてくれないか?」
諸星はスーツの襟を颯爽と整えて、立ち上がった。
そのまま歩き出し、呆然と佇む私とすれ違い様に、
「───また会おう、牧野さん」
と、ささやくように言うと、諸星は『異能結界』の範囲を抜けて悠然と歩き去り、家族連れや若い人たちで賑わう遊園地の雑踏の中に消えていった。
追うこともできず、残された私はその場に立ち尽くしていた。
───諸星によってかけられていた重力の拘束からようやく解かれ、荒い息を吐く梓と志麻子の存在を私が思い出したのは、それからしばらく経ってからだった。
眉一つ動かすことなく、平然と呟く諸星に私は言い放つ。
「お二人を、今すぐ解放しなさいッ!」
私は《偽装》の別スキル、【千本桜】を使って全ての分身体を一斉に動かした。
柊木監察官との戦いで私が使った【百花繚乱】と【千本桜】は、厳密には別々のスキルである。
【百花繚乱】は《偽装》で分身体を発生させるスキルで、【千本桜】はそれとは別に、発生させた無数の分身体をコントロールするためのスキルである。車に例えるとボディとエンジンのような関係で、それぞれが単体では意味を成さないが、スキルを合わせることではじめて両者の特性を最大限に生かすことができる。つまり、【百花繚乱】という体だけがあっても、【千本桜】という動力がなければ、分身体たちを指一本動かすことができない、不完全なスキルに成り下がってしまうのだ。
私の分身体たちの目標は当然ながら、余裕綽々の表情でカフェテーブルに座る諸星。
この状況でも慌てる素振りがまったくないのは驚くべき胆力だが、これだけの数の私の分身体たちに攻撃されても、諸星はまだ余裕を保っていられるだろうか?
最も諸星に接近した私が、諸星に手を伸ばそうとした瞬間。
諸星は、まるでピアノを弾くかのように両手の指を広げ、それを上から下に『ただ』振り下ろしてみせた。
「【全範囲重力】」
「───うッ?!」
諸星の体まで後一歩、というところで全ての分身体の動きが、諸星の操る強烈な重力によって止められてしまった。
「ま、牧野ちゃん!」
同じように強い重力で拘束させれている志麻子が声をあげる。
「くっ……!」
「ハハハハハ!なかなか面白い異能を見せてもらったよ。それだけの数の分身体を操る力はかなりのものだと褒めてあげたいけど───残念、その程度では、まだ僕には届かないね」
諸星は何事もなかったかのようにティーカップに口をつけて、眼前で動きを止めた私たちに向かって言う。
「ち、ちくしょうめ……!」
万策が尽きたことを悟り、志麻子が苦々しく吐き捨てる。
「ハハハハ!どうする、牧野さん?お次は、ここにいない藤野兄妹の援軍でも期待するかい?だけど、生憎とこの異能結界が仇になったね。彼らには連絡なしではここを見つけられないだろうし、仮に来れたとしても、あの二人の異能では到底この僕には届かない」
「────」
「僕の実力をわかってもらったところで、まずは大人しく降参してもらおうか───」
諸星がそこまで言った時だ。
「いいえ───。降参するのは、あなたの方です」
諸星の背後の空間から、本物の私は分身体たちが手にしていない『強化棍』を彼に突きつけて、静かに言った。
「───へぇ~?どういう手品を使ったのかな?」
諸星の重力に囚われていた分身体たちが次々と消え、残った背後の───本物の私に向かって、諸星は訊いてきた。
私は冷静に解説した。
「そう難しい種ではありません。【千本桜】で分身体たちを動かすのと同時に、事前に梓さんから頂いていた【身体能力強化】の護符の力で、私本体はあなたの《重力操作》の範囲外まで急速離脱しながら後ろに回り込んだのです」
分身体を全て諸星に向かわせたのは『囮』である。本体の私は、梓の護符の力を借りて別行動をしていたわけだが───それにしても、この状況でも諸星には焦りというものが見られなかった。
「どうです、現実として私の異能はあなたに届いたわけですが?」
私は、強化棍を突きつけながら諸星に言った。
それでも彼は余裕を崩さず、ため息まじりに答えた。
「いやいや。本当は“お見事!”と言ってあげたい所なんだけど───実に惜しいね」
「負け惜しみですか?」
「本気でそう思うかい?『深淵を覗くものは深淵からもまた覗かれている』───君、自分自身への注意が疎かになっていないかい?」
「何を言って───」
てっきり、本当に負け惜しみの言葉だと思って諸星に言い返そうとして、私はようやく気づいた。
いつの間にか───、
私自身の『首』に背後から鋭利な刃物が突きつけられていて、それが首の皮膚に食い込む寸前だということに。
「───動かないでください。もし、指の一本でも体を動かせば貴女の首は、胴と永遠の別れをすることになります───」
それは、背後から突如として現れた新しい気配───というより濃密な『殺気の塊』とでも言うべき存在だった。
私の耳元でその気配が、若い女性らしき声で恐ろしい台詞を投げかけてくる。
体を動かさずに、瞳だけを下に向けると───かろうじて視界に入ったのは、戦争映画で見たことがある大振りな戦闘ナイフのような物体の刀身部分が、私の首筋にぴたりと当てられている光景。身動きがとれなくなった私には、背後の気配の主の顔までは見えない。
諸星に『王手』をかけたつもりで、伏兵の存在にまったく気づかずに、逆に詰んでいたのは私の方だった。
「得物を捨てなさい」
背後の声に従い、私は強化棍から手を放した。乾いた音をたてて、棍が地面に転がる。
素直に従ったのは、単なる脅しではないことが気配からはっきりと伝わってきたからだ。おそらくだが───実際に人を殺めたことがある者が発する、異様な空気感。それが、背後の人物からありありと感じられた。
「─── 桐島、もういいよ。下がれ」
「ハッ───」
諸星が片手を上げると、背後の気配がスッと私から遠ざかった。
「───というわけだよ、牧野さん。僕は自分を全知全能だなんて思っていないし、君たちの異能を別に見くびっているわけでもない。だから、この程度の人員配置は当然だと思わないかい?」
「────」
「───まぁ、挨拶も無事に済んだだからね?今日の所はこの辺りで失礼するよ。あ、そうそう。藤野兄妹にも、君からよろしく伝えておいてくれないか?」
諸星はスーツの襟を颯爽と整えて、立ち上がった。
そのまま歩き出し、呆然と佇む私とすれ違い様に、
「───また会おう、牧野さん」
と、ささやくように言うと、諸星は『異能結界』の範囲を抜けて悠然と歩き去り、家族連れや若い人たちで賑わう遊園地の雑踏の中に消えていった。
追うこともできず、残された私はその場に立ち尽くしていた。
───諸星によってかけられていた重力の拘束からようやく解かれ、荒い息を吐く梓と志麻子の存在を私が思い出したのは、それからしばらく経ってからだった。
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