消滅した悪役令嬢

マロン株式

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第2章

室長が知っていること

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〝・・・何でこんな所にいるんですか、室長〟

 そのリディアの質問に答える気など無いかのように、口からタバコの煙を吐き出して外へ視線を向けた。

 数年間この言葉足らずな人に部下として散々こき使われてきた私にはわかる。

 この態度は〝先に質問したのは俺なんだが〟と示唆しているのだ。つまり、質問に質問で返してくるなということなのだろう。


「・・この部屋が何の部屋か・・ということでしたら、〝勝利の間〟と扉の前に書かれてはいましたけれど・・。
勝利というよりは芸術品を観賞するための部屋に見えます」


 でも部屋の名前のわりに、勝利をモチーフにしたような芸術作品は一つもない。

 しいて言うなら、壁に飾られている数多の絵の中心に、好色王と呼ばれた男が馬にまたがっている肖像画が気になるくらいだろうか。  
 来客へ見せるように国宝級の品々をただ綺麗に並べているだけにも見える。


「此処にある全ての品が、他国の王家が代々家宝としてきたものだ」


 他国の王家が受け継いできた家宝ーーそれを聞いて息を呑んだ。

 セレイア王国は平和であったけれど、他国では未だ戦争が身近であることは、王太子妃教育で知っていた。
 
 大陸にある数多の国々の中で一番大きく、軍事力のあったトラビア王国は、小さな国へ難癖をつけては滅ぼし領土を拡大していた。

 その戦利品として、滅ぼした王家の家宝や王宮にあった骨董品がこの部屋に集められているから〝勝利の間〟という名前が部屋につけられたのだろう。

 辺りを見渡して、セレイア王国を思った。
 今、セレイア王国の人はトラビア王国に入国出来ない状態で、神官長が身分を詐称して助けを求めに来るほどの切迫した事情があると聞いたばかりだ。
 そのせいかーーセレイア王国とトラビア王国で戦が始まろうとしているのではないか。と、嫌な考えが脳裏に浮かんだ。
 
 けれど、首を横にふって、すぐにそんな予想を打ち消した。
 
 ヨゼフ陛下とは少しだけしか話をしていないけど、まだ即位して間もないというし、自ら戦を好むような人柄には見えなかったから。
 トラビア王国から何か仕掛けるとは考えにくい。
 
 そして、現在セレイア王国の王であるアンリ殿下は幼いけれど、それを補佐しているであろう2人の宰相はどちらも戦争を望まない平和主義者であるのは間違いない。


 リディアは宰相である、父の姿を思い浮かべた。


(大丈夫。
アンリ殿下には宰相としてお父様がついているのだもの。お父様の敏腕ぶりで外交は全く問題なくて助かると前セレイア王が感謝していたのを、良く覚えているわ)


 

「室長。
私、どうしても、これだけは聞いておきたいと思っていることがあるんです」
「・・・・」

 タバコを加えながら外を見ている室長は無言だったが、リディアは気にした様子もなく続けた。



「私と出会った時から、セレイア王国で何が起こるのかを知っていたんですか?」


 私と室長が出会ったのは私の幼いころではあるけれど、魔塔に来ないかと冗談でも声を掛けてくれるほどには才能をかってくれて、私がトラビア王国に難なく来れる知恵を教えてくれたり、その後の生活が立ちゆくよう手配までしてくれた。

 幾ら普段から口が悪くて、たまに人でなしだと思うことがあったとしても、根本は親切で情の深い人なのだと私は信じて疑ったことはない。
 バンリに再会して、セレイア王国で起こったことを聞くまでは。

 室長は、バンリが奴隷として奴隷商で売られていることをもとから知っている風だった。
 何を知っているのか、私が前に尋ねたとき『セレイア王が消滅したくらいだな』そう答えていた。
 私が居なくなった後のセレイア王国で起こったことも、私よりもずっと知っていることがあるのは間違いなくて。それを私に教えないのに、バンリとは引き合わせたのは何故なのか。

 もし好色王が淫魔との間に産んだミミルという存在。
 それによって、セレイア王国が被る被害。

 それを知ったうえで、黙っていたのだとしたらーー室長が親切で情の深い人という私の認識は大きく変わる。

 

 
「おまえの考えているとおり、俺は親切でおまえをトラビア王国によんだ訳じゃない」
「魔塔の人手が足りないからですよね。
そんな理由で、全部私に黙っていたんですか?」

「ーー勘違いするな。
温室育ちの令嬢が、縁もゆかりもない隣国に突然自殺を装ってまで来た理由を探るのに、この黒鳥を通してセレイア王国を見ただけだ。

得体の知れないものを、自分の周りに置いておく趣味は無いからな」

「・・・・」

「つまり、俺が知っているのはおまえがトラビア王国ここに来てからのことだ」

「なら、どうして教えてくれなかったんですか?もっと早く。私にセレイア王国の状況を」


 せめてーーバンリが奴隷としてトラビア王国に来ようとしていたことを。奴隷となる前にどうして。
 
「俺が、そんな親切な奴に見えるか?
おまえに住まいを手配してやったのは魔塔で人員不足を補い稼いでもらうためだと初めから伝えている。


それ以外に、何かあると思うか?」



 確かに室長はいつも職場でもプライベートでも淡泊だ。
 親しみを抱いていたのは、こちらが勝手に抱いた情と信頼でしかない。
 


「ーー室長のお考えは良くわかりました」


 
 身を反転させて、背を向けたリディアに、室長は声をかける。





「魔塔をやめるなら、退職届はだしておけよ」





 その言葉にリディアは足をとめたが、何も答えないまま扉をしめて、勝利の間を後にした。


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みんなの感想(520件)

きよぴか
2024.06.11 きよぴか

書籍と出会い、こちらにいきつきました。
凄く良かったです!
ヤンデレ系のバンリがめちゃくちゃ好みでしたし、リディアも可愛い。室長も謎があり、モルトも悪魔っぽいような!?
ぜひぜひ続きが読みたいです!
応援しています。更新楽しみに待ちますね。

解除
RoseminK
2024.02.22 RoseminK

お久しぶりですわ!

商業誌随分とキャラのイメージが違いましたわ。
ふふ

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RoseminK
2023.07.05 RoseminK
ネタバレ含む
マロン株式
2023.07.10 マロン株式

いつも、長らく応援してくださり、ありがとうございます😊!😭

解除

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