上 下
74 / 121
第1章

元皇帝と皇帝

しおりを挟む
 



   裁判の後、数日間、カルロは後処理もあるので神殿に滞在し、その後やっと王宮に帰る事となった。

 カルロが王宮から帰ってきて直ぐに向かったのは、独房のある場所だった。
 元皇帝の収監された独房に向かったのだ。

 

 カルロは自分が元皇帝と顔を合わせるのは、これで最後になるだろうと考えていた。

 明日にも元皇帝は消えてもらう事になっているからだ。

 民が驚かないようにひっそりとその身の生涯を閉じてもらう事が、神殿や王侯貴族側の総意だった。

 大々的には体調不良により、帝位から退いたと記されるだろうやり方で、玉座から降りてもらう事がこの時点で決まっていた。

 
 独房の中に居る元皇帝は、姿勢を崩さずその瞳に宿る猛々しさもそのままだった。

「余に最後、用事でもあったか?それとも今までの恨み言か?おまえの腹心だけで無く、罪なき者共をわかっていながら捌いて来た余に。
余程思う所があるようだな。」


 そう問われて、カルロは小さく深呼吸してから声を出した。

「…貴方の事で、ただ一つわからない事があったので…。答えて貰えるかはわかりませんが。聞きにきました。」

「…。」

「俺が腹心を2人失いそうになり縋った時、貴方は俺に無関心な視線を向けていました。
でも、2人が居なくなったあと、貴方は自分の手駒の中から、スピアという護衛をつけてくれました。」

「……ぁあ。そうだったな。皇太子が身一つでは周りに示しがつかぬだろうから手配した。」

「だが、芯に俺をどうでも良いと思い、手配するのなら、もっと…スピアのように、セドルスに害されない身分を持つとしても…芯の置ける、そして仕事の出来るような者でなくとも良かったはずだ。」   

「…それでおまえは、何が聞きたいのだ?本当はおまえに愛情があり、心配であったから人材選びを怠らず、手配したとでも言って欲しいのか?
そう言えば、皇帝の地位に返り咲かせてやるとでも?」


  元皇帝の言葉に、カルロは押し黙って拳を握る。

「…いえ。何でもありません。俺がどうかしていました。」

  くるりと反転して歩いていくカルロの背に向かって言う。

「言っておくがな、おまえは余を罰したつもりだろうが。おまえだっていずれ余と一緒になる。」

「…?」

「おまえが死に物狂いで得たその玉座とはな、血を血で争った末に今までの皇帝達も手に入れた。
手に入れた後も、人々に裁きを与え血を流し続ける。
己の采配一つで無実の者も、そうでない者の命もたやすく跳ぶ。
その中で、おまえにしか見えない物も見えてこような。」

「…ー。」

「おまえは、親兄弟の屍を超えて
今から余と同じ茨の道へ行くのだ。

覚悟しておけよ。」

 足を止めて振り返ったとき、元皇帝の目が笑っているようで、その様子がカルロの勘に触る。

「俺は、無実の者を裁くなどしない。
それに、皇太子として生まれた時点で俺には、この道しかなかった。
セリウムが俺に何もしなければ、俺は奴に何をする気も無かった。」


「…余とて、そうだった。出来うるならば皇帝などやりたくは無かった。人を殺すなど持っての他。

そんな時期も、あったのだ。

だが今はこのザマだ。」


 元皇帝が瞳に宿した猛々しい鋭い光の中にはこれまでの、道のりが重く鈍く陰りとして落ちている。

   それを悟って、肺の中にある空気が重苦しくなるのを感じた。

「……。」

「この国の皇帝となると言う事がどう言う事か、おまえはこれから身を持って知る事になるだろう。」


「ー・俺は、貴方のようには、ならない。」

「ほう?何故そう言い切れる。」

「俺は自分の為にこの地位を得た訳じゃない。
俺の守りたい者の為に、この地位を手に入れたからだ。そいつらが存在している限り、俺が間違えた道を選ぶ事は無い。」


   今度こそカルロはその場を立ち去ってゆく。

 その後ろで元皇帝は、口元に笑みを浮かべて、口にした「面白い。あの世で、杯を片手に、見届けてやる。おまえの行く末を。」それは誰の耳にも届かない言葉だったー…。


ーーー
ーーーーーーー
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄した王様は涙しながら神を呪う

青空一夏
恋愛
密教と呼ばれる宗教の教えを信仰していた婚約者を処刑しなくてはならなくなった王様は‥‥神はこの世にいるのか?と考えさせられる恋物語。

『夜はイケオジになる呪い』を掛けられた元聖女ですが、冷酷非情な辺境伯様に気に入られたようです。……夜(♂)の姿を。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
聖女である私の旅は終わったはずだった。なのに――。 「どうしてイケオジになる呪いなんて掛かっちゃったのよぉお!」 魔王討伐の旅の果てで、私は魔王に“とある呪い”を掛けられた。 それは夜になると、オジサンの姿になるというあまりにもフザケた呪いだった。 だけどその呪いのせいで、悠々自適な余生を過ごすはずだった私の人生プランは呆気なく崩壊。私は聖女の役目を外され、辺境の教会に左遷されてしまった。 すっかりやさぐれた私は、イケオジの姿で夜の街を毎晩のようにダラダラと過ごしていたんだけど……。 「やぁレイ。今日も良い夜ですね」 冷酷非情で有名な辺境伯様と、なぜか私は飲み友達になってしまった。 しかも私を完全に男だと勘違いしている彼は、どうにも距離感がバグっていて――。

処理中です...