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一度きりの新婚旅行

一度きりの新婚旅行(4)

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 妻はあの日、言っていた。


「言いたいことがあるの」


「何?」


私はその妻の言葉に普段通りの口調で言う。


「今日、私の誕生日…。一度でいいから、あなたの前で誕生日ケーキの蝋燭を吹き消したい」


私は仕事が忙しいという理由で、これまで妻の誕生日を祝うことはなかった。


一度も妻から誕生日という言葉を聞かなったので、私も気にすることはなかった。


しかし、あの時は、妻が誕生日ケーキを欲しがった。


「仕事だからな…」


私は、仕事で疲れているからといつものように言い訳が口から出る。


「何時でもいいから待ってる」


あの時の妻は意思を持っていた。


「わかった、なるべく、残業しないで帰ってくるようにする。そうしたら、行こう」


私が行こうと言った後の妻の表情は、今でも目の前にいるかのように思い出せる。


あのふわりとした頬が上がり、薄紅に赤らみ、瞳は大きく、黒真珠のような丸い瞳。


目の前にケーキが見えているかのような無邪気な表情だった。


その日は、朝一番で上司に頭を下げて、残業しないようにせっせと仕事をこなした。


家に帰ると、すでに妻は外出できる装いで待っていた。


今日だけでも、妻に楽をしてもらおうと、私が車を出そうとする。


「え、私の車でいいよ、だって、疲れているでしょ?」


しかし、妻はそう言って、妻の車に向かうと運転席側に乗った。


私は妻の言葉に甘えて助手席に乗った。


夕暮れが空を赤く染める。


それは次第に暗がりへと変わっていく。


その移りゆく空を見上げながら、私は助手席に乗っていた。


ケーキ屋さんに着くも、ケーキを選ぶのにずいぶんと時間がかかった。


妻はこのケーキも良いし、このケーキも美味しそう、こっちは期間限定…。


店員さんも困惑する程だった。


私は呆れた表情でケーキを選ぶ妻の後ろ姿を見ている。


「どうするんだい」


夢中になる妻の視線を遮らないように、私は言った。


「だって、今日は特別な日だから」


妻は、そう言いながらじっくりと吟味して、ようやく決めたケーキを購入した。


帰る時、私は、妻に少しでも何かしたいと感じた私は運転を替わった。


帰路はもう藍色の空が広がり、辺りの街灯が煌びやかに彩っていた。


あの時、私が運転を替わらなければ、事故は起きなかった?


「来年からは、きっとお互いの誕生日を祝えなくなるから、だから、今日して欲しかったの」


妻はケーキを箱の小窓から覗きながら言う。


「ん? 仕事の状況にもよるけど、いつでも祝えるだろう?」


私は言う。


「うん、でもね、きっと、二人だけで居られる時間がたぶん少なくなるから」


妻は、ケーキの箱を少し開けて、甘い匂いを堪能しながら言う。


「ん?」


私は話を捉えられないまま返す。


「うん、あのね、私、言いたいことがある」


私は運転をしながら、妻の横顔をちらりと見る。


「言わなくちゃいけないことがあるの」


妻はケーキから視線を離し、フロントガラス越しに風景を見ていた。


「なんだ?」


私は答える。


家の近くの曲がり角に入る。


「あのね、喜んでくれるかわからないけど…」


妻がお腹をさすりながら言いかけた時だった。


車が速度の勢いにより、外輪が外側に引っ張られて、ハンドルが上手く利かなくなる。


慌てて、ブレーキを踏み込んで減速をするも間に合わず、車はガードレールに接触した。
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