ただ、愛を貪った

夕時 蒼衣

文字の大きさ
上 下
34 / 35

老婆

しおりを挟む
 本格的にさむくなってきた冬の日。一人の女性に声をかけられた。その女性はこんなに寒いというのに、ずいぶんと軽装であった。髪はくしゃくしゃで気をつかっているとはいいがたく、目も虚ろでどこを見ているのかわからなかった。ただ、その女性はすごく優しい微笑みをうかべ、わたしにこう尋ねたのだ。
「すみません。この辺で、女の子を見かけませんでしたか。高校生くらいで、背はこのくらいで。…そうそう、娘の名前はあやかって言うんです。もし、見かけたら、教えていただけますか。」
 女の子を探しているという老婆。最近、この辺で、腰を曲げた女性が道行く人に声をかけているということが有名になっていた。この近所の人では見かけない顔だったので、すぐにそのひとが噂の老婆であることがわかった。というのも、その老婆は薄着で荷物も持っておらず、行方不明かなにかになっている徘徊老人なのではないかという噂になっているのだ。それに老婆が高校生の女の子を娘と言い探しているのも、不可解だ。
 噂はうわさであるが、どうも気になる。とにかく、警察にでも連絡して引き取ってもらった方がよいのではないだろうか。あきらかに、普通ではないなにかが、彼女のまわりをつつんでいるのだ。やけに優しそうなその笑顔もが、彼女の異様さをさらに引き立てていた。
「ちょっと、まってくださいね。もしかしたら、知人が前に見たって言ってた女の子かもしれません。今連絡するんで…」
 そう言って、私はカバンから携帯を取り出し電話をしようとした。我ながらうまい言い方だと思う。これなら、どこかに連絡していても、怪しまれることはない。それがたとえ110番だとしても。
 なれない手つきでわたしは電話をした。なんだか、すこし緊張する。警察にこうやって連絡するのは初めてである。
 コールのあとにすぐに女性の声が聞えた。
「事件ですか、事故ですか。」
 その言葉を聞いて、一瞬迷ったが、私はその老婆についてのことを話した。電話が終わり、私の緊張は一気に緩んだ。
 はあ…これでひとまず安心。
 そう思ったのもつかの間だった。辺りを見渡すとそこにはもう、老婆の姿はなかった。あの異様な空気を身にまとうあの女性は私が電話をしているあいだに、姿を消したのだ。
「消えた。」
 あたりを私は探したが、その女性はすでにどこかに行ってしまったようで、どこにも姿はなかった。そして、それ以来、私の街で娘を探しているという徘徊老人のうわさは、ぱたんと聞かなくなってしまった。
 あれから、どのくらいの月日がながれただろうか。あの老婆はいまも、どこかの知らない街で娘をさがしているのだろうか。それとも、娘をみつけ、一緒に仲良く暮らしているのだろうか。ただ一回だけ言葉を交わしただけのわたしには、そんなこと知る由もなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

正妃に選ばれましたが、妊娠しないのでいらないようです。

ララ
恋愛
正妃として選ばれた私。 しかし一向に妊娠しない私を見て、側妃が選ばれる。 最低最悪な悪女が。

愛していないと離婚を告げられました。

杉本凪咲
恋愛
公爵令息の夫と結婚して三年。 森の中で、私は夫の不倫現場を目撃した。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

【完結】愛されないのは政略結婚だったから、ではありませんでした

紫崎 藍華
恋愛
夫のドワイトは妻のブリジットに政略結婚だったから仕方なく結婚したと告げた。 ブリジットは夫を愛そうと考えていたが、豹変した夫により冷めた関係を強いられた。 だが、意外なところで愛されなかった理由を知ることとなった。 ブリジットの友人がドワイトの浮気現場を見たのだ。 裏切られたことを知ったブリジットは夫を許さない。

処理中です...