ただ、愛を貪った

夕時 蒼衣

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開いたドア。

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「まあ、またいらっしゃってくださったんですね。」
 私に向けられた微笑みは、どこか遠かった。私を週に三日来てくれているヘルパーさんかなにかと思っているのだろう。この時にはもう、母親は家に出ることはほとんどなかった。ちいさなこの家に閉じ込められた母は私のことを、もう覚えていない。
 ただ、私が来ると必ず、あの湯飲みで温かい緑茶を出してくれた。たわいもない話。それでも、母は笑ってくれた。季節外れの桜が咲いたとか、窓から隣の家から逃げ出した猫が日向ぼっこをしているのが見えたとか。そんなたわいもない話。
 話が途切れた時、母が私を不安そうな顔でのぞき込んだ。どうして、そんな顔をするの。さっきまで、わらってたじゃん。母の手が私の頬を撫でた。優しい手から伝わってくるのは懐かしさだった。
「大丈夫ですか。何かあったの。」
 母の母親らしい温かさだった。母を近くに感じた。
「ううん。大丈夫だよ、ありがとう。…お母さん。」
 私が笑顔を見せると、母はまた、わたしに微笑んだ。大好きだよ。お母さん。もっと、早くに気付けられればよかった。そんな言葉が頭をよぎった。母が母親だった時に、あなたから、もっと愛を受け取っておけばよかった。
 私は最後まであなたを選べなかった。愛していたはずなのに。私はいつだって、あなたを一番には選べなかった。だから、最後の最後だけあなたをこの鳥かごから救い出そうと思う。青い青い空へ。雲一つないなんて、きれいな空ではないけれど。それでも。
 机にちいさい頃に、母が教えてくれたスープを置いて私はこの家を後にした。風が吹いた。木々がざわめき、一斉に小鳥たちが飛び立った。きっかけなんて、そんな些細なものでいいのかもしれない。私と母との間にも、そんな小さなきっかけがあれば、何かが変わっていたのだろうか。今更、考えても遅いのに、考えずにはいられなかった。
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