ただ、愛を貪った

夕時 蒼衣

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約束はいつも土曜日2

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 彼の家に着いた。私は彼の家のベルを鳴らした。このピンポンを鳴らしたのは何回目だろうか。私はこのベルを、幾度となく押し、そして彼に会い続けた。
 30秒もしないうちに玄関のドアがあいた。ドアが開いた途端、彼は私を引き寄せ、キスをした。その急なキスは、いつも以上に強引だった。彼と目を合わせるよりも先に私は、彼を直に感じた。
 彼はきっとすごく弱っているのだ。そんな彼を救えるのは、今、私しかいないのだ。私は彼を受け入れた、はずだった。でも、それを決して私の本能が許そうとはしなかった。
 彼のことが怖いと思った。怖い。怖い。こわい。おねがい。やめて。おねがい。やめて。おねがい。やめて、やめてやめて。悟さん。
 わたしの中には確かに恐怖しかなかった。あなたは誰なの。頭の中にぽつんと浮かぶその問いは、私の中から生まれた、紛れもないあなたへの問いだった。
 彼は悟さんの抜け殻を身にまとった偽物だった。彼の中に悟さんは存在しなかった。彼の中に、心なんて存在しなかった。私は、彼を拒絶した。本能が彼を拒絶した。
 何かが、切れる音がした。電球が切れるような衝撃。本当は、なにも音はしなかったのかもしれない。ただ聞えたのは「無」そのものだ。私の中に冷たい空気が一気に駆け抜けた。さっきまでが嘘のように急に寒気が襲ってきた。
 頭が一気に冴えた。私はこのほんの一瞬の間だけ、夢からさめた。それと同時に彼が私から離れた。彼の唇には血がにじんでいた。彼は薄気味悪く笑っていた。今の彼に痛みという感覚は存在しなかった。
「綾香。おいで。」
 優しい声で彼が私の名前を呼んだ。そうだ。彼を救えるのは私しかいないのだ。さっきまで、彼に恐怖を抱いていたはずなのに、今は彼を本能で受け入れていた。たった一言。彼の言葉で私は、地へでも、天へでも昇る。私は彼が差し出した、その手を握った。
 私はソファーに座らされた。ただ、彼はもう、私の隣には座らなかった。彼は私の目の前に立ち、私をまっすぐに見つめた。彼の目は真剣だった。私は、彼から、目が離せなくなっていた。彼の優しい目に引き込まれた。いつかのあの、幸せな日々を思い出した。
「綾香。お前は、俺にはすべてを捧げられるか。身体も心も何もかも。その命さえでも。俺にすべて捧げられる。その覚悟がお前にはあるか。」
 彼は私にそう、投げ掛けた。彼は弱っているのだ。彼は、私を必要としている。彼には私が必要なのだ。
「何もかも、あなたに捧げられる。だって、私は悟さん、あなたを愛しているから。たった一つの理由だけど、私は何もかも捧げられるって、自信を持ってそう言える。だって、私はあなたを愛しているから。」

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