ただ、愛を貪った

夕時 蒼衣

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言い合い

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 鈴村綾香とその母親が、ちょっとした事件を起こしかけていた、ちょうどその頃、三葉と悟の間では亀裂が走っていた。
 この日曜日は、あまり三葉の体調が芳しくなかった。家の中の空気は重く、イライラが絶えず起きていた。夕食の時間になっても、悟がちょっと散歩に出てくと言ってから、帰ってきていない。いつもは息子のことになると、脳の回路が曖昧になっているが、ふとした時に現実に戻ってくることが三葉にはあるのだ。そのことを悟ってかどうか、悟は彼女から逃げるように外に出て行ったのだ。そういうわけで、今日は息子である蒼汰の方には顔を出していなかった。
 そういう、ちょっとしたことをきっかけに、三葉は怒りをあらわにしていた。いつもの温厚な性格とは明らかに違うその言動は、彼女を知らない人から見ると、すごい形相で夫が遊んで帰ってくるのを待っている、鬼嫁そのものだった。
 時刻は8時を過ぎようとしていた。食事ができてから、すでに1時間がすぎていた。彼女はもう、我慢の限界だった。彼女は家の端っこに置いてある、固定電話を手に取った。そして電話の数字の書かれたそのボタンをポツリ、ぽつりと、ゆっくり、しかし力強く押していった。彼女が何のメモのなしに番号を押しているのを見ても分かる通り、それは夫に対しての怒りそのものであり、携帯番号だった。息子が生まれる前、はるか昔に彼に渡されたメモ書きが嬉しくて何度も見返し、時には実際に電話をかけて、覚えたものだった。若かりし頃の思い出。今となっては、ただの思い出に過ぎないのだ。今となっては、ただの番号であり、夫への興味も薄くなった。夫への興味が亡くなった分はすべて息子である、蒼汰へと向けられた。可哀そうな蒼汰。私の大切なただ一人の息子。それなのに。
 最後の数字である、4の番号を押したか押さないかのタイミングで彼は帰ってきた。手にはビニール袋を持っており、その中には、おそらく缶ビールが入っている。そして、たばこの臭いが彼のシャツから染み出てきた。蒼汰が生まれてからは禁煙をしていたはずだったが、いつの間にか、また、たばこを吹かすようになっていた。
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