ただ、愛を貪った

夕時 蒼衣

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慰めと掃き溜め

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 彼は鼻で笑った。
「それ本気で言ってるの。」
 どうして、今更そんなことを訊くのかわからなかった。
「本気だよ。さっきから、そう言ってるでしょ。私は本気だよ。」
 その言葉を聴いて、日野さんは安心しただろうか。同意の関係。言葉での約束なんて何の意味をもたない。それでも、上辺の関係がなりたったんだ。
 いや、どちらかといえば、私が罪人だ。私が彼に甘い蜜を吸わせようとしているのだ。それも、特別美味しそうな、上等な蜜のように見せて。
 本当を言えば、私の中にそんな甘い蜜なんてない。中身は空っぽ。ただ、うわべだけ取り繕った空き瓶だ。ただの空き瓶ではない。蜜を吸おうと舌を伸ばせば、ふちのキズで怪我をする。外から見たら、キズさえも光を集め、美しく輝いているというのに。所詮は上辺なのだ。
 それを知っていてか、知らずかはわからないが、彼は蜜を吸いにきた。あなたを怪我をさせるだろう空き瓶に。吸いに来たというより、空き瓶もろとも壊しに来たといった方がいいかもしれない。怪我をしにきたのだ。自ら空き瓶のキズにほのかに赤くうすい皮膚を引っ掛け、その血を好む。そんな血では満足出来ず、硝子を割り、ところ構わずその美しい刃物で自らを切り裂く。彼はそういう男だった。

「なあ、お前は幸せか。」
 そう言った彼の目は私を見てはいなかった。暗い部屋のどこか遠く。彼は底を見つめている。部屋の奥底を。どこまでも、底は深く思われた。彼はここにはもう居なかった。深い深い底に沈んでいった。どこまでも深く。私を置いて。
 ほんの一瞬、奥深くで彼の目がギラリと音もなく光った。獲物を見つけた、獣の目。
 刹那、思いっきり私の髪はひっぱられた。痛み。持ち上げられて、彼と目があった。痛いのは鷲掴みにされた髪のせいだろうか。
「お前は、こんな奴といて幸せだと思うか。」
 今度は彼は私を見ていた。真っ直ぐと、私を。その聴き方は、幸せではないという言葉を待つ聴き方だった。まだ、引き返せると訴えていたのかもしれない。
「私はそれでいい。私はあなたがいい。」
 その声は震えていた。声とともに、言葉とは裏腹に涙が1滴、頬をつたり、床に落ちた。
「俺は、お前を、綾香を、愛せない。」
 名前を呼ぶと同時に、私を掴む手を彼は緩めた。私は彼を抱きしめた。
「悟…それでも私は、あなたを愛するよ。」
 彼の背中は大きかった。そして、人の暖かさがあった。
 私はあなたを愛している。どうしようもないくらいに、愛している。

 
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