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10.いつまでも

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「やあ、マリアンナ、久しぶりだね。
 元気だったかい?」

 スペンサーが前触れと綺麗な薔薇をプレゼントしてくれた翌日に、邸にやって来た。

 相変わらず彼の微笑みは、寂しかった私の心に火を灯す。

 私が突き放しても、こうやってスペンサーは何度も来てくれる。

 今二人はがらんとしたカウレン邸の居室にいて、話をしている。

「元気よ、スペンサーは?」

「僕はマリアンナにフラれて、まだ引きずっているよ。」

「ふふ、ごめんなさい。」

「マリアンナは僕を地獄に何度も落とすのに、いつ見ても美しいよ。」

 スペンサーは私のドレスをしげしげと見る。
 今日はスペンサーにプレゼントしてもらったドレスを着ていた。

 上品なスペンサーがくれた青色のドレスは、私のお気に入りだ。

「ありがとう、スペンサーも素敵よ。」

「こんなにフラれても、また君のところへ向かう僕はなんなんだろうね。」

「嬉しいわ。」

「本当に?」

「ええ。」

「バーバラ夫人がボレック公爵と結婚するそうだね。
 おめでとう。」

「ありがとう。」

「僕がボレック公爵と付き合っていると勘違いしていることは、わかっていたはずだ。

 それでも君は、少しも間違いだと匂わせない。
 さすがだね。」

「病いのお母様が元気になって、ボレック公爵と本当に結婚することは、まだ確定していなかったし、スペンサーには素敵な令嬢と結婚して欲しかったから。」

「なるほど。
 では今は君はボレック公爵の義娘になって、君の言うところの素敵な令嬢になったわけだ。」

「私は令嬢じゃないわ。
 夫人よ。」

「だとしても構わない。」

 スペンサーは、真顔になって、私の瞳を捉えて離さない。

「私は悪女で秘密を抱えているわ。」

「ああ、いいよ。
 一人でいるより、秘密を抱えた君といたい。」

「本当に?」

「ああ、僕は秘密があっても、君と言う人間がどんな人であるかを知っている。

 僕の知っているマリアンナは、人に対して酷いことはしない。
 だから、もういいんだ。

 秘密ごと、君を愛するよ。
 だから、結婚しよう。」

「スペンサー、私もあなたが好き。」

 私はスペンサーに抱きついた。

 こんな私をいつまでも好きだと言ってくれるのは、彼ただ一人。

 彼だけは、秘密を抱え、夫人となってしまった今も、私を求めてくれる。
 そのことが涙が出るほど嬉しかった。

 時は流れても、どんな私でも受け入れようとしてくれるスペンサーと一緒になりたい。

 もう、二人でいることを諦めたくない。

 スペンサーのくれる愛は、いつもごちゃ混ぜになっている私のすべてを包んでくれる。

 だから、スペンサーといると安心して、自然と笑顔になる。

 私だって、幸せになりたい。
 スペンサーのそばで。





 それから、しばらくして私はスペンサーと結婚した。

 スペンサーの瞳の青色のウエディングドレスは、私がレース選びからすべて、自分の望むように特注したものだ。

 スペンサーは私がドレスを自分で選びたいと告げると、色々な工房の見本を見せてくれた。

 こうやって私にプレゼントするドレスを選んでいたんだと、教えてくれながら。

 実際にレースや布地を見たら、どんどんイメージが湧いて来て、望むようなシルエットのドレスを作ることができた。

 それを着てスペンサーと結婚できたことは、私の長年の夢が叶った瞬間だった。

 私はどんな自分になった時も、心の奥底ではスペンサーと結婚したいとずっと思っていたから。



 結婚披露パーティーも終わり、もう夜更けだけど、二人きりでダンスのできる部屋に来ている。

 片隅にはピアノがあり、女性がピアノの前に座っている。

「どうしてこのタイミングでこの部屋なの?
 普通は僕達の寝室に行くところだよね?」

 スペンサーは、不思議そうに私を見ている。

「寝室に行く前にお話したかったの。

 実はね、悪女の仕事についてなんだけれど、結婚したらスペンサーには話していいと許可をもらったの。
 だから、教えるわ。

 お願いします。」

 私が告げると、ピアノの前の女性は静かな曲を弾き始める。

 私は不思議そうな顔をしているスペンサーに手を伸ばして、抱きついてキスをねだりながら、音楽に身を任せる。

 スペンサーは、二人きりではなく、女性がいることを気にしながらも、私と深いキスをしつつ、ピアノに合わせて、ゆっくりとしたステップを踏む。

「これが私の仕事よ。」

 そう耳元で囁きながら、スペンサーとのキスを続けて、踊る。

「色々な男性とキスして踊っていたのか?」

 スペンサーは突如、ダンスをやめて、私を睨む。

「ふふ、違うわ。
 ピアノの方よ。」

「えっ?」

「羞恥心や身体の障害が出たりして人前では踊れなくなった老年の夫婦のために、ピアノを弾いていたの。

 こうやって、二人がキスをしたり、抱き合っている横で、ピアノを弾くの。

 夫婦でダンスをすることは、年を重ねた方にもとても良いスキンシップになるし、運動にもなるそうなの。

 でも、普通は恥ずかしくて、依頼できないものなのよ。

 でも、私は悪女と呼ばれて、大勢の人のいる夜会で同じようなことはすでにしていたから、夫人達も私の前だと恥ずかしくないわけ。

 それに私は秘密を守ることも一部の方々には、知られていたから。 

 それを紹介してくれたのが、ボレック公爵よ。」

「なるほど、これが秘密の君の仕事か。
 それでボレック公爵と夜会に出ていたんだね。」

「そう、ボレック公爵世代の方々の悩みの一つらしくて、最初は秘密にすることを条件にピアノを弾いたの。

 するとそれがとても良かったと、同じように思っている方を紹介してくれて、段々と仕事という形になっていったの。

 今は、何組ものご夫婦と契約しているわ。

 ところで、私はダンスとキスでスペンサーを誘惑できているかしら。」

「リアだから、僕は熱くなっているけれど、正直君は悪女と言う割にキスに慣れていないと言うか、抱きしめられても、何となく違和感を感じるよ。」

「そう?
 残念だわ。
 やっぱり、キスもその先も経験が必要なのね。

 スペンサー、実は私にはもう一つ秘密があるの。」

「まだあるのかい?」

「ええ、これはドブソン子爵しか知らないことなんだけれど、私はキス以上をしたことがないの。」

「え?」

「しかも自分からしたのは、さっきスペンサーにした誘惑のためのキスが初めてよ。」

「えっ?」

「ドブソン子爵には、自分からしたことはなかったわ。」

「でも、君はドブソン子爵と夜会で抱き合ってキスしていたじゃないか?」

「それは、ドブソン子爵がそう見せていただけよ。

 彼にはプライドがあって、私を満足させていると周りに思わせたがった。

 だから、わざと未婚の私を選んだ。
 経験のある女性に馬鹿にされたくなかったから。

 でも、機能はなかったから、人前以外で触れられたことはなかったの。」

「えっ?
 そんなことがあるのか?
 じゃあ、君は僕がすべて初めてと言うこと?」

「まあ、そうなるわ。」

「ごめん、驚いて言葉が頭に入って来ない。
 君は悪女と呼ばれるほど、男達を振り回していた女性だよね?」

「まあ、世間的には。
 そう言う経験が実はないのは、秘密だったから。

 本当の私は、スペンサーと付き合っていた頃のままよ。」

「じゃあ僕は時が経ったけれど、あの時のままの君を手に入れたんだね。
 言葉にできないくらい嬉しいよ。」

「ふふ、そう言うことね。」

 スペンサーはいきなり笑顔で私を抱き上げると、その場でクルクルと回り出した。

「…どうしたの?」

「ごめん、嬉しくて。
 あの頃の僕ならこうやって、リアと結婚できることを喜んだと思ってね。」

「ふふ、そうね。
 あの頃のスペンサーならやりそうだわ。
 でも今のあなたは大丈夫なの?」

「これくらい大丈夫に決まっているさ。
 僕は嬉しくてたまらないんだ。
 リアを愛している。
 あの頃も今もこれからも。」

「ええ、私もよ。
 秘密にしていて、ごめんなさい。
 私もあなたをずっと愛していたの。

 あなたのように結ばれないかもしれないと思いながら、言葉にする勇気がなかっただけ。

 私はあなたに愛されて良かった。
 あなただけは、私を諦めないでいてくれたから。

 スペンサー、本当にありがとう。
 そして、これからも愛してね。」

「もちろんだよ。」

「ふふ、大好き。」

 私は背の高い彼に抱きついて、背伸びをすると、再び彼の口に覚えたてのキスをした。

 そして、二人は熱いキスをしながら、見つめ合いダンスを楽しんだ。

 私も仲の良い高齢夫婦を見ながら、いつかしたいと思っていたのだ。

 私達はお互いに遠回りをしたけれど、一番欲しかったものは、時が経っても変わらずで。

 あの頃からは、失ったものも、得たものもあるけれど、それをすべて抱えて生きていく。
 スペンサーと一緒に。

 私はスペンサーを愛することを何度も諦めたし、秘めた想いを隠し続けたけれど、彼は私への想いを抱えて、何度も言ってくれたし、最後まで離すことはなかった。

 だから、私達はこうやって一緒になれた。

 これからは私も隠すことなく、スペンサーに負けないぐらい真っ直ぐ愛していきたい。



 秘密を抱えた悪女は、すべて受け入れると誓う彼を手に入れて、微笑むのだ。

 永遠に。



                 完




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