幻のスロー

道端之小石

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9月

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甲子園が終わった。池上達、雪月高校は全国1位の座を手にした。
そして3年達は野球部を引退する。

「「「お願いします!」」」

しかし彼らの高校野球の引退試合は甲子園の決勝ではない。

「プレイボール!」

9月も半ば、晴れ渡る空、南から吹く涼しくなってきた風。
引退する3年チームと在校生である1年と2年の混合チーム。

試合が始まった。

3年は有終の美を迎える為。
何よりプライドを守り先輩風を吹かす為。
後輩に負けるつもりはない。

1年と2年は無事に勝利して自分たちだけでもやっていける、と3年を安心させる為。
というのは建前。
試合前の池上が放った一言……勝ったら焼き肉を奢る宣言。

肉の為、1年と2年は奮起する。絶対に勝つ。焼き肉を食べる。

ここに意地と欲がぶつかり合った。

(今日こそはそのすました顔を崩してやるぞ!)
(焼き肉より懐石料理が良かった……焼き肉がいらないとは言わないけど)

マウンドに立ちリベンジに燃える池上。
バッターボックスに立ち懐石料理に想いを馳せる秋山。

一球目、池上が全力でストレートを投げる。
投げる瞬間の池上の手先にボールの感覚がしっかり伝わる。

(今日は甲子園の時より調子がいい!)

インローへ投げられた157キロのストレート。そして秋山は当たり前のようにバットを振り、途中で顔を顰める。
そのまま行けばバットで芯を捉えたはずが秋山はバットをズラしボールをファールにした。

(危ねぇ……危うく二遊間にボールを返すところだった……)

ヒットには変わりないのだがここ最近の秋山の打席の際のセカンドショートセンターはスミダ達が入っていた。
秋山も何度かスミダ達の守備を掻い潜ろうとしたものの、ほとんど失敗に終わっている為にセンターラインへ打ち返すことを嫌うようになっていた。

(狙うのはライト前かレフト前、でも中途半端な所に落とすとセカンドとショートのスミダが追いつくからなぁ……)

そんなことを考えている間にカウントは2ストライク2ボール。
本来なら3球三振を狙うつもりであった池上と山本キャッチャーだったが秋山の露骨なボール選びにホームランを打たれた瞬間を思い出し……日和っていた。

(何投げても打たれるんじゃないか?いや、待てよ……
何を弱気になっている池上真斗。俺はエースだ、しっかりしろ)

山本からボールを受け取りそして構える池上。サインを待つ。
そして山本キャッチャーがサインを出した。

(だめだ!どのコースも打たれる気しかしない!ストレートは完璧に見切られてるしどうしろっていうんだ!分かんないし、縦スライダーでいいか!)

ヤケクソの縦スライダー要求。インローへの縦スライダーだ。
池上が首を縦に振り、ボールを投げる。
左腕が唸る。踏み出した足から力が腰を伝い、肩を経て指先へ。
142キロの縦スライダー、打てるものなら打ってみろとばかりに池上がボールの行く先を見る。

待ってましたとばかりに秋山らしからぬフルスイング。

甲高い金属音が鳴る。私が勝者だ、と言わんばかりに丁寧にバットを地面に置く秋山。池上と山本キャッチャー、ファーストやセカンド、ショートの3年達はサードの頭上高くを放心したように見ていた。

ガンッとボールがファールポールに当たる音がする。

(タンネギ塩かなぁ……いや、ハラミも捨てがたいか)

秋山の頭の中はすでに焼き肉になっていた。どこに行った懐石料理。
一年の中では秋山4番にするべき説がかなり出ている。

しかし出塁率ほぼ100%で盗塁走塁も上手い男が常にチャンスを作ってくれるのならばそれに越したことはないと1番打者になっている。
それに秋山の打球の飛距離もホームランとしては結構ギリギリなのだ。

そして、1番の理由は秋山の強い要望である。
盗塁がしたい。他の走者が邪魔とのことだ。我儘だ。

セカンドとショートの3年から池上にヤジが飛ぶ。

「秋山だからノーカン!いいボールだった!」
「秋山だからしょうがねぇって。俺じゃ打てないね!」

そのヤジに池上が反応する。

「秋山でも三振取れなきゃ意味ねぇだろ?!」

秋山は異常、スミダは変態守備。これが三年の総意である。
スミダの変態守備は野球部全員の総意でもあるのだが。

そして2番、澄田。普段は撹乱してくれる秋山が2塁で三塁を狙っているはずなのだがその影はベンチからこちらを見ている。

サード、ファーストは前へ。外野も前進。
バント絶対許さないシフトである。

そして澄田はバントの構えを取る。

何があってもバントするマンVS何があってもバント阻止するシフトの戦いが幕を上げ、下ろした。

悲報 澄田、縦スライダーに対応できない。

「ダメだったよ……」

バントで空振り三振をやらかした澄田がトボトボとベンチに帰っていく。
続くバッター達は池上の好投の前に手は出るが、足が出ない。

そして攻守交代。1、2年混合チームの先発は森本。
お前、誰やねん。

説明しよう!森本は2年のピッチャーである!
変化球の種類と変化量で勝負するタイプだ。

球速はMAX141キロ。
変化球は若干落ちるシュート、サークルチェンジ、パーム、スラーブ、カットボールを使いこなす。
なお、コントロール能力が乏しい。

四球!かつ、テンポが悪い!そして変化球にキレがない。
ストレートが伸びない。クイックモーションが下手。
ピンチに弱く打たれ弱い。

1回裏。1、2年混合チームの現在は、3点を取られカウント1ストライク3ボール1アウト満塁。
とんでもねぇピンチ……むしろもうピンチは過ぎた。
アウトだよ!3点取られてるよ!

森本、ノックアウト。打順が一周、3アウト。
2年のピッチャーはこんなのばかり、コントロールが効かないばかりに、不要なピンチを招き、点を献上しては嘆くばかり。

コーチは頭を抱える。最近老眼が辛いらしい。
コーチの持つ練習メニュー草案には、コントロール強化の為の練習しか書かれていなかった。

とはいえ森本の球が通じないわけじゃない。
変化量はそこそこあるし球種も多い。
ただコントロールが甘い。
甲子園で優勝した3年達にとっては球速もそれほど早くない。

結果、面白いように打たれてしまった。

1、2年混合チームのベンチはお通夜である。
ピッチャー交代、次も2年。
純は出る予定あり、だがまだ先の話。
光希は出る気満々だが、まだ一年には回ってこないと純は思っていた。
1打席目を終えてウキウキだった秋山のテンションが急降下。
ちょっと険悪な空気が流れていた。

4人目のバッターがベンチに戻る。
一人、ヒットを打てた2年がいたらしく三者凡退は避けれたようだ。

次の投手イケニエは誰にするかと騒ぎ始め、ジャンケンに負けた2年がマウンドに立った。
彼は斉藤。速球に惚れ込んだ男である。
だが残念なことに池上よりも球速が遅い。
そして変化球はチェンジアップとカーブのみ。

悲しいかな。150キロのストレートでは3年達から三振が取れない。

お通夜(2度目)、打順は一周し(2度目)、攻守交代になった(2度目)

現在のスコアは『三年』対『1、2年混合』で15対1。
コールド負けはありますか……?
純達1年は何とも言えない表情をしていた。
というのも現在1年はライトの秋山、センターの澄田しか一年が出ていないのである。
せめて角田と隅田がセカンドとショートにいれば話が変わるのかもしれないが1年は6回から出場で、と事前の話し合いで決めていたのだ。
ピッチャーに関してはそうでもないが。

この試合はレクリエーションのようなもので全員一回は出場できるようにコーチが取り計らっているため二軍も一軍も関係なく試合に出場している。

その後何やかんやあり6回表。守備が一年のものになる。
がそれは二軍チームの者達。
二軍といえど練習を積み重ね実力をつけてきている。
ただめちゃくちゃ上手い奴らがいるせいで目立っていないだけなのだ。

スコアは33対2。もちろん33が3年達の得点である。
コールド負け?レクリエーションだからそんなものはない。

ちなみにレクリエーションとは娯楽という意味があるらしい。
要はリフレッシュして心を軽くさせる為の遊びである。

が全然リフレッシュ出来ていない。
むしろボコられてストレスがマッハである。

ちなみに純は9回に登板予定。
光希は8回、新野は7回に登板予定だ。

おそらく1、2年混合チームが勝つことはないだろうと純は思った。

そして9回が終わり1、2年混合チームは負けた。

長く……苦しい戦いだった……。

41対8は伝説になるだろう。
そしてピッチャー達への戒めにも。

焼き肉?そんなものはなかった。いいね?

ちなみに8点取れた理由は5回で池上がマウンドを降りたためである。
全員参加だから仕方ないことではあるが池上は悔しそうにしていた。
そして反省会が始まりコーチに2年ピッチャー達が絞られる。

「コントロールを強化する。文句はないな。変化球練習は無くす、どうせ自分達でやるだろ。腕痛めない程度にしておけよ」

それから1、2年生の各々の悪いところ、いいところを3年達が挙げていく。
と言っても主なメンバーのみである。全員を観察している人なんていないだろう……と思ったらいた。

「……お前はそういう癖があるから気をつけたほうがいい、あと森本はコントロールな?頑張れよ、それと赤石はボールちゃんとみろ。それから……」

山本キャッチャーはその後半数程度にアドバイスをばら撒いたところでコーチに止められその後は1、2年から3年への感謝の言葉的なものを述べる会が始まった。

純は無難なことを言って終わらせた。

そして解散。時計を見ると暗くなるにはまだ早いような気が純にはした。
しかし辺りは暗くなっていた。
風が吹く。もう夏に吹く暑くじめっとしたものではない。

桜の葉はまだ青々としているがそのうち枯れてゆくのだろう。

「では先輩、頑張ってください」
「ま、球団どこになるか分かんないけどな。
俺が入った球団を優勝に導いてやるからどこに入っても変わらないが」

純は池上に絡まれていた。
池上の態度は自信満々だがそれはどのようなものからくるものだろうか。
純には池上がプロ入りを前にして不安になっているように思えた。

「そうですか、いいキャッチャーに恵まれるといいですね」
「そうだな、山本がついてきてくれればいいんだけどなぁ」

(もう帰りたいんだけど……)

純は帰りたい。だが池上が返してくれそうにはなかった。

「ほら、焼肉行くぞ!奢ってやるよ」
「……な・ん・で・す・と?」

ゆらりと池上の背後に秋山が現れる。

「チッ……このままここで話してるといらない奴までついてきそうだ。行くぞ」
「ほら、純。行くぞ」

秋山がベットリと池上に引っ付きながら純を引っ張る。

「お前は付いてこなくていい」
「いえ、憑いていきます」
「しつこいぞ?家出青年」 
「うっせぇ、虚ニュー星人」
「お前っ……あとでオリーブオイルの刑な」
「ちょっ?!それはずるいだろー!」

純は思った。

お前ら兄弟か?!

「純、どうした?早く行くぞー!」
「あぁ……わかった」

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