無窮の騎士

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第一章

第十七話〜事情聴取とこれから〜

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「……っ、やっぱり貴方だったのね」

「よう、予想が当たったようでおめでとさん」

 夜の闇に浮かび上がるはどこか猫の瞳を連想させる形をした投影魔術のディスプレイ。手入れの行き届いた鏡のような面に映し出されているアカネは訴えるような視線をアヤトへ向けていた。

「初めは何がなんだかわからなかったけれど、貴方が関わってるのなら色々と規格外な事でも納得できるのよ。デビルホースの惨殺現場を見た瞬間にはっきりしたわ」

「何匹かは逃したから、ちゃんと定期的に調査しろよ?」

「殲滅してほしかったところだけど、教会がうるさいものね。で、私に話があるんでしょ?プライベート……なわけないわね」

「がっつり仕事だな」

「はぁ……わかりました。ではさっそく要件を伺いましょう。ただし後で色々追求致しますので。主にこの黒猫のことですけど」

「クロトだ。すぐにへそ曲げるから刺激はしないでくれよ」

「当然です」

 目を見開き投影の魔術を展開し続けているクロトの身体を優しく撫でたアカネは、言葉だけでなく意識も仕事用へ切り替える。

「ん~、この人がアヤトさんっすか?普通にイケメンで逆にがっかりしたっす」

 ところが、同席していたシズクがディスプレイ全体を覆うように近づいてきたことでさっそく話の腰が折れてしまった。

「後輩か?」

「はい……」

「褒められてんのか貶されてんのか、さすがアカネの後輩だな。将来有望だよ」

「お褒めにあずかり光栄っす!」

「どういう意味よ!納得できないけど……とりあえずシズクは書記として今回の件に参加しなさい」

「了解っす!」

 華麗に敬礼を決めたシズクであったが、アカネによりディスプレイ後方に下げられていく。

「お待たせ致しました。ではお話をお願いできますか?」

「じゃあまずは現状の把握をしてもらわなきゃな。二人ともこっち来てくれ」

 アヤトに呼ばれたシャールとティリエルはまだ状況が掴めずにいたが、アカネと簡単な自己紹介を済ませ今回起きたクラン内での問題を漏れなく伝えていった。

「なるほど……立入禁止区域に侵入してしまったことについては問題ですが、まずは助かった事を嬉しく思います。身体の欠損もないようですし、本当に運が良かったですね」

「はい、アヤトさんが助けにきてくれなければシャール君を護ることはできませんでした。私も死んでいたと思います」

「それはそうでしょう、デビルホースの群れであれば危険度は中級ノーマルの中では最高峰です。アヤト様がいなければ逃げた二人も助からなかったのは間違いありません」

 冒険者のランク制度と同様に、魔物にも危険度を示すためランクが設けられている。
 分類は五つ。初級イージー中級ノーマル上級ハード特級レジェンド超級ミソロジーだ。
 特級レジェンド超級ミソロジーは国が傾くやら大陸が沈むやら眉唾物だが、事実それほどまでに強大な力を持つ魔物は存在している。基本は眠りについていたり神格化されていたりで自ら動く事はないが、もしもその力が人類に向けられれば被害は計り知れない。
 故に教会は禁断の魔物ネームドと呼称し別格の存在であることを周知することに努め、手出ししないよう厳命してきた。それはつまり人類が対応できるのは上級ハードまでであるという証明に他ならない。
 そして、上級ハードの魔物でも街が半壊する覚悟が必要と言われ、国や大陸と比較すればさすがに規模は縮小するが一個人が対処するべき相手ではない事がわかる。
 肝心のデビルホースの危険度は中級ノーマルの範疇におさまるものの、新人や中堅の相手としては格上と言わざるをえない。

「えっ!?俺たちを見捨てても逃げ切れなかったってことですか?」

「はい。アヤト様があっさり対処したことで勘違いされているのかもしれませんが、それだけデビルホースとの力の差が大きいということです」

「そんな……」

 魔物の強さや基準についてシャールの認識はライオネルが全てであった。冒険者に成り立ての頃から世話になってきたのだから仕方のないことだろう。それは裏切られたのだと認めたにも関わらず残っている憧れにも繋がっていたのだが、残念ながらライオネルの強さは突出したものではなかった。
 畳み掛けるようにアカネは辛辣な言葉を告げる。

「こう言っては失礼ですが、ミリィ様は言わずもがなライオネル様も逃げているところを背後から一撃でしょう」

 容赦のない言葉にシャールは顔を青くしていた。確かにパーティー全体の戦闘能力は低いが、ライオネルが戦闘の要でありシャールは逆立ちしても勝てる可能性はない相手なのだ。そんな身近な人間が何もできずにやられる姿を想像すれば恐怖しかないだろう。
 一方でティリエルは納得したように頷きアヤトへ視線を向けた。シャールと同じ環境にいてこの反応の違いは、実際にアヤトの戦闘を見ていたかどうかだろう。規格外というアカネの言葉があまりにもハマりすぎていて、思わず笑ってしまいそうになったのをなんとか噛み殺した。その上でアカネに同意を示す。

「確かに彼は負ける戦いはしない人だったので、そのうち逃げているところをあっさりやられそうです」

「命あってのものなのでその考えは正しいとは思うのですが、軽薄さがついてくると話は変わりますね……ところで、お二人はこのまま四人でやって行くおつもりですか?」

「いえ、私とシャール君二人だけでパーティーを組もうと思っています」

「それが良いと思います。ただ……二人には一度書類上で死亡扱いとなる可能性が高いのですがよろしいでしょうか?」

「えっ?あぁ……そっか今の状況ってあり得ませんもんね。私も大事には巻き込まれたくないので良いですよ」

「ご理解いただきありがとうございます」

 遠く離れた場所にいながら、互いに顔を合わせ会話が成立する。そういった機能を有する 古代遺物アーティファクトも存在しているが、欠損が激しく技術の蓄積が不十分であり残念ながらまだ実用化には至っていない。
 そして、魔術においても行使できる者は限られてくる。教会に一人と冒険院に一人、そして帝国に二人の計四人だ。五人目が見つかったとなれば、実用性と希少価値の高さから騒がれるのは目に見えている。それが人権のない猫となれば争奪戦も起こり得るだろう。
 だからこそ、アカネはシャールとティリエルの生存を知っているにも関わらず言及するわけにはいかない。それはライオネルが提出するであろう死亡届を突き返すことができないということに繋がるのだ。
 アカネの言わんとする事を即座に理解したティリエルは、その横で頭に浮かんだ疑問符がとれないでいたシャールへ掻い摘んで説明していく。戦闘力だけでなく知識もまだまだ未熟なようだ。
 ひと段落したと捉えたアカネは一切会話に入らないアヤトへ視線を向ける。

「さて……アヤト様、お二人のカバーストーリーはいかがいたしましょうか?」

 あくまでも声は真剣そのものであったが、今の今までクロトを撫で続けている事をアヤトは見逃してはいない。触り心地が良い事は否定しようのない事実で、クロトも受け入れているのか嫌がるそぶりもなく相性は良さそうだ。引き取ってくれないかと考えてしまったが、なんだかんだで付き合いも長いので、そうなれば寂しくなることも否定できない。だから口には出さなかった。

「明日の教導場所はテイラーの森にするからその時に発見しました、で良いんじゃないか?それまでは結界石任せになるけど、この辺りに俺の魔力密度壊せる魔物いないし大丈夫だろ」

「やっぱりそうなるわよね。討伐も採集も救助も一度に見学できるなんて恵まれてること」

「あいつらにとっては濃い数日になるだろうな。ってかまた戻ってるぞ?」

「あぁもう、貴方が相手だとすぐに気を抜いてしまうのよ。これからは気付いても指摘しないでちょうだい」

「いや指摘するべきじゃないのか?」

「貴方にしかこうはならないから良いのよ」

「開き直りやがった」

 相手によって態度を変えるのはどのような職業でも、そもそも人としてもあまり褒められたことではない。だが、それだけ心を許してくれているのだと思う事にしたアヤトは帰りまで数日かかってしまう事をティリエルに伝える。そして、それを伝言ゲームの如くシャールへ伝えにいったのだった。

「なんというか姉と弟ね」

「今はな。こういった関係から進展することもあるし、見てる分は楽しくないか?」

「悪趣味ね。私は自分の事で手一杯よ」

「そんな忙しいんだな。大変だろうけど頑張ってくれよ。俺にはお前しかいないんだからな」

「違うわよ、何言ってるの馬鹿」

「馬鹿はひどくねえか?」

 そっぽを向くアカネの顔はアヤトの位置からは見えないが、すぐ隣で今回の事件についてまとめていたシズクは見てしまった。顔を真っ赤にしてにやけているアカネを。
 あまりにも分かりやすいアヤトへの想いだが、これで惚れているわけではないと断言していたのを思い出し呆れてしまう。同じ女として何故か悲しくもなってきた。
 役に立ちたいというアカネの想いもまだ理解できていないが、つかみどころのないアヤトへの興味は湧いてきた。
 一方で顔を背けたアカネは、未だ変わらず撫でているクロトについて振り返らずに質問をぶつけてきた。
 
「ところで、この子猫って貴方の使い魔なのかしら?」

「ただの居候としか言いようがないんだよな」

「それを信じろと?」

「勝手に窓から入ってきて居座っちまったんだ。最初っから魔力持ってたし、なんなら魔術も当たり前のように使ってたぞ」

「最初から?じゃあ何かしらの加護でも受けてるのかしら?」

「さてね。どっちみち俺は使い魔契約なんてできないから、同居人以上にも以下にもなれねえよ」

「あら、何でも出来ると思っていたのだけど意外ね」

「何でもはできねえよ」

 攻撃一辺倒の能力を磨いてきたアヤトに主人と使い魔という上下関係を結ぶ契約はできない。だが、使い魔を必要とする場面は過去に一度としてなく、欲しいと思ったこともない為不便に感じることはなかった。
 もっともアヤトと触れ合った精霊や妖精などは使い魔を望む個体がいたので、一方的に新たな関係が成立していたこともある。盟友という信頼から成り立つ対等な関係だ。なので嘘はついていない。
 結局それ意外にも質問されたものの、クロトについて答えることのできる情報をアヤト自身がほぼ持っていないことであっさり話は終わったのだった。
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