無双の解体師

緋緋色兼人

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三章

10:悪魔系・超級ダンジョン3

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 地面から生えているかのように設置されている門。
 辺り一面が草原のため、金属で出来たそれは周囲の風景から明らかに浮いている。
 しかし、何度もダンジョンに来ている<EAS>にとっては、そういった形状の門は見慣れた物。
 ダンジョンによって門がないこともある。
 その場合は、目立たないように階段が地面にあるだけだったり、岩などに人がひとり通れるくらいの穴が開いていたりとさまざま。

 門を潜り、階段を降りながら朔斗が呟く。

「ふぅ、やっと半分を超えるな」
「次が十六層やね」

 彼のひとり言を拾ったのはサリア。
 彼女はマップメイカーを片手に持ち、朔斗のすぐ後ろを歩いていた。
 階段は頑張れば二人一緒に通れる程度の幅があるが、わざわざ狭い思いをすることはなく、三人が縦に並んで段差を下っていく。

「ここまで六日だから、かなりいいペースじゃないかな?」

 後方から聞こえてきた義妹の声に答える朔斗。

「そうだな。基本的に下層のほうが敵が強く、時間がかかるのが一般的だけど、俺たちのパーティーは戦闘時間が他のパーティーに比べると極端に短いから、ここまでの速度と変わらずに攻略していけるはずだ」
「超級は平均クリア日数が二十日間だったよね」
「ああ」

 次の階層のマップを頭に詰め込みながら足を動かすサリアを挟み、会話を続ける兄妹。

「入る前に言ったとおり、目標は十五日」
「タイムアタックをしてるわけじゃないのに、私たちのクリア日数は本当に早いよね」
「毎層、階段を一直線に目指してるからこそだな」
「うんうん」

 と、そこへサリアが割って入る。

「次の層やけど、階段があるのは北西方向や。途中で方角がズレたらその都度言うで」
「ああ、わかった。っと、そろそろ出口が見えてきたな」

 薄暗い階段ゾーンに差し込む光が朔斗たちの視界に入る。
 そのまま何事もなく歩き、朔斗がまず最初に十六層へと足を踏み入れたが、それと同時に彼の眉がピクリと動き大声を出す。

「近い! 一時、二時、十時の方向に敵影! 数はそれぞれ三、五、四。距離は二十メートルから三十メートル。二人はそのまま階段ゾーンにいてくれ」

 ダンジョン内に現れるモンスターは、階層と階層の繋ぎ目である階段がある所へは侵入できない。
 そういった特性を利用し、層の入口や出口までモンスターを釣ってきて、そこで戦うパーティーも存在している。
 これは立派な戦術と言えるかもしれないが、あまり推奨されていない。
 というよりも、告げ口されてしまえば、迷惑行為としてWEOから厳重注意を受ける可能性すらある。
 なぜなら、世界中にダンジョンが多数存在しているので、他のパーティーと狩り場が被ることはそうそうないが、それでもそれは絶対とは言えないし、探索者のボリュームゾーンが挑戦することが多い下級から中級までのダンジョンでは、そこの環境にもよるが、自分たち以外のパーティーを目にする機会が多いのだ。
 もしも階段の入口で戦っているとしたら、違うパーティーが次の層へ行く邪魔になるし、階段の出口で戦闘をしていてもそれは同じこと。

 とはいえ、今回の<EAS>のような状況――すでに入口付近に敵が陣取っているような場面かつ、その後も継続してその場所で狩り続けなければ問題はない。

「まずは十時方向へ行ってくる!」

 剣と盾を構えつつ駆け出す朔斗。
 モンスターの居場所はわかっているが、その姿はまだ見えない。
 門付近で待っているのが良さそうなものだが、階段のゾーンへと足を踏み入れられないのをモンスターは本能で悟っているため、その場で待機していてもなかなか襲ってこないのだ。
 敵が戦闘状態になったのなら、階段近辺まで追いかけてくるが、そうするには魔物が攻撃を開始しなければならない。
 朔斗が走って時を移さず、十時方向にいたモンスターに動きが見えた。

 艶のある真っ黒な鱗で覆われた身体。
 紅く光る瞳が目の前の敵を射抜く。
 ゴテゴテとした二対の翼を大きく広げたのなら、自身の身体を隠せるだろう。
 そのモンスターの名称はサタン。

 すべてのサタンが魔法を使う。
 モンスターのすぐ近くの虚空に超高速で描かれる魔法陣。
 途端に朔斗の足が鈍る。

「くっ、暗黒魔法か!!」

 四つの魔法が重複し、彼の身体を支えきれなくなった地面が沈む。
 サタンが使ったのは暗黒魔法の【グラビデ】。

【グラビデ】
 系統:特級暗黒魔法。
 発動時間:瞬時~。
 待機時間:なし。
 効果継続時間:瞬時~。
 対象:術者が視認して指定した場所や範囲。
 効果:重力を操り、負荷をかけたり軽減したりする。

「はぁはぁ……間に合ったか」

 四つん這いになってしまった彼が視線を上げれば、落下中の魔石が目に入る。
 すぐさま立ち上がりたかった朔斗だったが、激痛に顔が歪んだ彼はバランスを崩してしまう。

「折れたか?」

 辛うじて転ばなかった朔斗は痛みを我慢しつつ、腰に差してあったポーションを即座に呷る。
 中級回復ポーションでも問題ないかもしれないが、念のために彼は上級治療ポーションを使用した。
 そして今度こそ立ち上がり、再び駆ける。

(次は一時の方向。敵は三体だ。二時のほうのモンスターと合流させないようにさっさと始末しなきゃな。【グラビデ】を避けるのは難しいが、その分俺の姿を捉えなきゃ使えない魔法だ)

 数秒後、モンスターとの距離が十五メートル程度になったところで、敵の魔法が飛んできた。

(近すぎて回避はきついな)

 そう判断した彼は、盾を前面に掲げて飛来する幾本もの氷の槍をガードしていく。
 普通の氷であればそこまでの硬度はないが、魔法の氷の場合は込められた魔力が多かったり、術者の練度が高かったりしたら、それに比例して硬くなっていくので注意が必要だ。
 もしもやわな盾を装備していたのなら、それごと朔斗の身体を貫いていたかもしれないくらいに威力のある魔法だったが、彼は全身の装備を合計一億円もかけて新調していたため、この程度の魔法であればなんなく防ぐことができた。
 そうはいっても、基本的に朔斗の戦闘スタイルは回避に重点を置いているので、現状はモンスターが優位のペースで戦いが進んでいると言えるだろう。
 その後もしばらく姿を見せないモンスターが魔法を乱打してきたが、どれも決定打にはならずにいた。
 そんな中、焦りを感じ始めていた朔斗。

(このまま二時の方向にいた五体が合流すると非常にまずい。ここは思い切るしかない)

 近づけば近づくほど敵の魔法を処理しにくくなるが、そうも言っていられないと断じた彼がモンスターに向かって急接近していく。
 敵の魔法は氷を使ったものだけだが、そのペースに衰えを見せない。
 ちなみに、これは水魔法のひとつで名称を【アイスランス】と言う。
 魔法の系統に氷魔法というものはなく、これはあくまでも水魔法に分類されるのだ。

【アイスランス】
 系統:上級水魔法。
 発動時間:瞬時~。
 待機時間:なし。
 効果継続時間:瞬時~。
 対象:術者が指定した場所や範囲。
 効果:氷で出来た槍を飛ばす。

 人間に比べるとモンスターは明らかに魔力が多い。
 もしも人間がこれだけ上級魔法を連打していたのなら、ほとんどの探索者はすでに魔力切れを起こしていることだろう。

 魔物との距離が縮まり、徐々に処理が追いつかなくなってきた朔斗。

(かなりきつくなってきたが……もう少しで敵の姿を捕捉できるはず!)

 彼がそう思ったのも束の間。
 ついに【アイスランス】が朔斗を捉えてしまう。
 
「ぐあああああ!!」

 血を飛び散らせながら宙を舞う剣を握ったままの右腕。
 それはぼとりと草原に落ち、青々とした草を鮮やかな赤色に染めていく。
 ダンジョンへの侵入者が挙げた絶叫を好機と感じ取ったモンスターが、翼を動かしながら宙へ移動した。
 その姿は先ほど朔斗が倒した魔物とまったく同じ。

 もしもフルプレートアーマーなどを朔斗が装備していたのなら、今回のような事故は起きなかったはず。
 しかし、基本は敵からの攻撃は回避するという戦闘スタイルの彼にとって、関節部分に柔軟性がなく、さらにかなり重いフルプレートアーマーはどうしても合わないのである。
 今回、彼が身につけていたのはランクの高いドラゴンの鱗や革をベースとし、所々にオリハルコンで補強した防具。
 前腕や上腕をすっぽりと包み込み、多くの攻撃を防げる構造になっているが、肘や肩が可動しやすいように、その部分は覆われていない。
 肩の関節部分は上からの攻撃を防げるようにしているが、前方や後方からの攻撃にはどうしても弱い。

 サタンが虚空に現れると同時に左手に持っていた盾を放り投げ、左手で肩から噴き出る血を抑え込む。
 ギリっと音がするほど歯を食いしばり、気が遠くなりそうな激痛を堪えた朔斗が、五体のサタンに【解体EX】を即座に叩き込む。
 モンスターが五つの魔石に変化したのを視界に収めた彼は、地面に転がる自身の右腕の側まで移動する。

「ぐううぅ……いってぇぇぇ……」

 言葉にできない苦痛を感じつつ、腰から超級治療ポーションを取り出し、蓋を開けて一気に飲み干す。
 そして彼は左手で右腕を拾い、それを元あった場所へくっつける。

「ぎぎぎぃぃ……ががぁぁ」

 二時の方向にいたモンスターに動きがないことにもきちんと意識を向けつつ、そのまま少し待つ朔斗。
 そうして十秒も経たないうちに痛みが引いていき、怪我をする前と同じように右腕が彼の身体の一部と化す。

「はぁ、これだけ血が付着しちゃったら、恵梨香やサリアにバレちゃうな……」

 軽く頭を振った彼は右腕をぐるぐると回したり、手のひらを開いたり閉じたりして腕の調子を確かめる。

「よし、問題ないな。んー、敵はまだ動かないか」

 少し思案した彼が再びひとり言を漏らす。

「スルーしたいところだが、後方から襲撃されても厄介だし、倒しにいくか」

 朔斗は地面から剣と盾を拾い上げ、残り五体となったこの近辺にいるモンスターの討伐に向かうのだった。
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