無双の解体師

緋緋色兼人

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二章

24:ブレイバーズ 8

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 ドライアド――それは樹木を依り代にしたモンスター。
 見た目は女性的な魔物だが、実際のところ性別はない。
 緑色の長髪に瞳、幾重にも絡む植物が衣服の代わりに身体を覆い尽くす。
 本体は普段、依り代に同化しているため、一見しただけではドライアドだと見抜けないが、不自然に樹木が生い茂っている場所があれば、それはドライアドの集団である可能性が非常に高いので注意が必要だ。
 ちなみにドライアドの出現が確認されているのは現状、特級ダンジョン以上に限られる。

 そのようなドライアドに関する知識を頭の片隅から持ってきた恵子は、現在身体の中にある魔力を練り上げている最中。
 樹木の密集地帯から離れること――三十メートルの場所に陣取る<ブレイバーズ>の面々。
 この距離は、恵子が使用する攻撃魔法が届くギリギリの距離なのだ。

 右手に杖を持ち、神経を集中している恵子の少し前方――虚空に展開される魔法陣。
 その大きさは直径二メートルといったところ。

「やるよ。【ファイアボルテックス】!」

――ゴゴゴゴゴオオオォォォ!

 どこからともなく響く重低音。

【ファイアボルテックス】
 系統:上級火魔法。
 発動時間:瞬時~。
 待機時間:なし。
 効果継続時間:瞬時~。
 対象:術者が指定する場所や範囲。
 効果:顕現させた渦巻き状の炎を操る。

 限界近くまで込めた魔力。
 そこまでしても、恵子の魔法が樹木の密集地帯をすべて覆うに至らないだろう。
 樹木の上空に発生した燃え盛る炎が渦を巻きながら、下方向へ向けて発射された。
 その渦の大きさは直径十メートルにも及ぶ。
 恐ろしいほどの温度を内包した炎だが、恵子のコントロールによって、<ブレイバーズ>の元まで熱さは届いていない。

 大魔法と呼んでも差し支えない攻撃魔法を繰り出した恵子の能力は以下のもの。

 名前:赤根恵子
 ジョブ:魔導士
 ジョブランク:中級
 スキル:魔導・最大魔力小アップ・上級火魔法・中級水魔法・上級風魔法・中級土魔法
 ダンジョンクリア回数:最下級20、下級70、中級64、上級6
 備考:

 二つの属性が上級な点や、魔力が二倍になる【最大魔力小アップ】も凄いが、それよりも特筆すべきは、『魔導士』なら誰しもが持つスキルの【魔導】だろう。

【魔導】
 系統:アクティブスキル。
 発動時間:瞬時。
 待機時間:二時間。
 効果継続時間:三分。
 対象:使用者。
 効果:自身が発動させる魔法の威力が五割上昇。

 恵子の魔法が着弾した瞬間、絶叫が響き渡る。

「キイイイイイイ!」
「キシャアアア!」
「キイイィィアア!」

 円状に生い茂っていた樹木の範囲は直径三十メートルほど。
 その中心地で炎がぐるぐると回りながら、燃やしているのはモンスター。
 様子を見ていた俊彦が号令を下す。

「ドライアドだ! 突撃いいい!」

 言うが早いか、樹木へ向けてすでに足を動かしていた彼のあとを追う良太が声を出す。

「おう!」

 着弾地点にいたドライアドが燃え尽きたのを見て取った恵子。
 彼女は再び魔法を使うべく、魔力を練り上げていく。
 今はまだ【魔導】の効果時間内。

 身の危険を本能で感じたドライアドは依り代との同化をやめ、姿を現わす。
 怒り狂った魔物たちが四散する。
 襲撃者の的を絞らせないようにしたモンスターが次に行ったのは、身体に巻いていた細い枝を四方八方に向けて発射すること。
 それは言うならば鞭の嵐。
 長さをある程度自由に調整できる己が武器を使い、真っ先に沈めるべき敵として恵子をロックオン。
 自分へと迫る攻撃をかわせないと判断した恵子だったが、そこへ瑞穂の魔法が発動する。

「任せて! 【シールド】!」

【シールド】
 系統:下級神聖魔法。
 発動時間:瞬時~。
 待機時間:なし。
 効果継続時間:瞬時~。
 対象:術者が指定する場所や範囲。
 効果:顕現させた半透明の単一から複数の盾を操って物理攻撃を防ぐ。

――ガシンッ!

 激しい打撃音が鳴り響き、半透明の盾に亀裂が入ってしまう。
 それを確認した瑞穂が思わず呟く。

「一発で……」

 意気消沈している場合じゃないと、彼女は残り四枚の盾を使ってドライアドからの攻撃を防いでいく。
 しかし、次々に破られていく魔法に限界を感じた瑞穂が叫ぶ。

「ごめん、これ以上守り切れない! 逃げて!」

 魔法を発動しようとしていた恵子がいったん魔力の練り上げを中止し、軽やかなステップワークで敵の攻撃をなんとか回避していく。
 ほっとしたのも束の間、このままでは近いうちに敵の攻撃を食らってしまうと判断した瑞穂が大声を出す。

「こっちのフォローをお願いっ! 長くはもたない!」

 そう言った彼女は再び【シールド】を発動させていた。
 俊彦へ繰り出されていた攻撃を巧みに盾で払い落としていた良太だったが、瑞穂からの要請を耳にした彼が口を開く。

「ごめん、あっちへ行ってくる!」
「ちっ」

 無意識に舌打ちした俊彦。
 とはいえ、たしかに後衛を落とされると不味いことは理解できる。
 彼はどうすべきか判断を下せずにいた。
 しかし、ドライアドは待ってくれない。
 戦闘開始前は五十一体もいたドライアドの残りは現在二十九体。
 これでも俊彦が五体倒しているのだ。
 リーダーからの了承を得ずに動き始める良太。
 彼は後衛の元へと向かっていく。

「ここが見せ場か! やるぜ! 【くう】」

 使用したのは『剣聖』のスキル。

【空】
 系統:アクティブスキル。
 発動時間:瞬時。
 待機時間:二時間。
 効果継続時間:三分。
 対象:使用者。
 効果:超感覚であらゆる事象を感知しやすくなる。
 詳細:周囲の時の流れが遅く感じるようになる。練度によって異なるが、最大でもそれは二倍。

 途端に俊彦の周囲から色が消え失せた。
 そうして辺り一面から空気を切り裂いてくる恐ろしい攻撃を、最小限の動きをもってかわしていく俊彦。
 しかし、いかんせん敵の数が多すぎる。
 ドライアドの攻撃を回避できても、思うように攻撃ができず、俊彦はその数をなかなか減らせないでいた。
 と、そこへ良太のサポートを得た恵子が、再び【ファイアボルテックス】を発射する。
 それによってある程度倒されるドライアドだったが、最初のように密集していないので、討伐できた数は決して多くない。

 戦闘前に付与魔法をかけていた和江は、時たま飛んでくる枝を剣によって間一髪防御していた。
 恵子や瑞穂や良太よりも後ろにいる彼女でさえそうなのだ。
 今の状況は果てしなく悪いのは誰の目にも明らか。
 いや、俊彦だけは諦めていない――それがいいことか悪いことかは別として……
 死闘を繰り広げる中、恵子は内心思う。

(これ以上は無理……魔力もそんなに残ってないし。最初の一発に多く使いすぎた。そろそろ撤退を視野に入れたいけど……)

 きっと親友も自分と同じ気持ちだろうと簡単に推測できていた恵子。
 そんな彼女の思いを代弁すべく、瑞穂が全員に聞こえるような声を出した。

「もう撤退しない? 限界が近いと思う!」
「うん」
「私もそう思う」

 恵子と和江が同意する中、彼女らを護衛していた良太の瞳が怪しく光る。

「そろそろだ」

 自分以外には聞こえない良太の呟き。
 時を置かずして、動きが悪くなる俊彦。
 三分が経過し、スキルの効果が切れてしまった彼が叫ぶ。

「良太あああ! こっちへ来てくれえええ!」
「わかった!」

 そう言いつつ、ドライアドからの攻撃を捌く彼は移動を開始した。
 しかしその方向は――敵が多くいるほうだ。

(くくく、こうやって時間を稼げば……面白いことが起きるはず!)

 どうにも我慢できなくなった良太は顔を歪ませる。
 女性陣は自身の後ろにいるから、自分の表情を見えないのは計算済み。
 当然、最前線でドライアドと対峙している俊彦も言うに及ばず。

「早く来い!!」
「わかってるうう!」

 良太が必死の素振りを演出しながら、徐々にだが俊彦に近づいている中――とうとうその時が訪れた。
 俊彦の死角から放たれた枝は凄まじい速さで彼に迫る。
 その一撃は俊彦の脇の下に入り込んだ。
 そのまま上へと突き抜けたドライアドの枝は切れ味抜群だった。
 全身鎧を着用している良太と違い、重要な部位のみを守るように防具を装着していた俊彦の右腕が宙を舞う。

「ぎゃあああああ!!」

 轟く絶叫。
 俊彦の利き腕が右手だったこともあり、残っていた左手から離れ、腕と一緒に飛んでいった大きな剣。

「や、やめろおおお! 来るなあぁぁ」

 みっともなく這う這うの体で逃げ出そうとする俊彦だったが、それを簡単に許すドライアドではない。

「としひこおおおお!」
「俊彦!」
「まずいんじゃ……」

 恵子、瑞穂、和江がパーティーリーダーの身を案じつつも、悪化した状況に顔色を悪くしてしまう。
 三人の頭によぎる転移石の存在。

「良太あああ! お願いだ、俺の腕を持ってきてくれええ」

 ギリギリ敵の攻撃をかわしながら、ようやく自分の側へとやってきた『守護者』に懇願する俊彦。
 それに対して頷きながら違うことを考える良太。

(こりゃあいい! 斬り落とされた腕さえなければ、こいつは探索者としてやっていくのが難しくなるはず。少なくとも、今までどおりにはいかない)

 今すぐに腕を切断面にくっつけ、特級治療ポーションを飲んだのなら、彼の欠損した腕は問題なく繋がり動くようになる。
 一個一五〇〇万円もするそのポーションは、俊彦の父親が息子に譲った物。

(一応取りに行く素振りは見せなきゃダメか)

 とはいえ、もうすぐ仕留められそうということもあり、攻撃が俊彦に集中している現状では、良太が本気を出しても、地面に転がった右腕を回収するのは難しいと言わざるを得ないだろう。
 泣き叫ぶ俊彦を良太が守る中、幾多もの枝によって細切れにされていく俊彦の右腕。
 それを目にした彼は絶望してしまう。
 そして、ここが限界点だと判断した瑞穂が叫んだ。

「もう転移石を使おう!」
「脱出するよ!」
「ごめん、石を使わせてもらうね」

 瑞穂に賛同した恵子と和江がポケットから転移石を取り出し、それに魔力を流す。
 点滅する転移石。
 瞬間――女性陣三人の姿が掻き消える。

「僕も使う!」

 尻もちをついている俊彦を見下しながらそう言った良太。

「うぅぅ、お、俺もだ……」

 和江には一個しか持っていないように見せかけていた転移石だったが、実は父親の石井達也からは二個貰っていた俊彦。
 彼は拙い動きでポケットからアイテムボックスを出し、さらにそこから転移石を取り出して転移を発動させる。
 俊彦をこの場で殺させるまでしようとしていなかった良太は、彼がワープするまでドライアドからの攻撃をシャットアウトしていた。

(まあ、こいつが死んだら死んだで達也さんがうるさそうだし、仕方ないだろう)

 彼の命が失われても構わないという気持ちが根底にあったが、良太の頭にあったそんな理由でなんとか一命を取りとめた俊彦。
 ある意味においては――結成した当初から内部崩壊していたとも言える<ブレイバーズ>。
 そんなパーティーが初めて挑戦した特級ダンジョンは、良太が最後に脱出をしたことによって、たった二日で終えてしまったのだった。
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