無双の解体師

緋緋色兼人

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二章

21:獣系・特級ダンジョン動画配信4

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 七月十日の夜、<EAS>のメンバーと宇野啓介は、獣系・特級ダンジョンの最下層に到着していた。
 高さは三メートル程度、横幅五メートルほどの通路を進みつつサリアが口を開く。

「もうしばらく進んだらそこそこ広い部屋があって、そこには通路が六つや」
「ここは二十層で最下層だから、そのうちのひとつがボス部屋に繋がる道ってことね」
「せやね」

 特級モンスターセンサーの感知範囲はおよそ半径五十メートル。
 そのため敵の気配が感じられないときは、三人がまとまって歩き、その数メートル後ろに啓介という隊列になっていた。

 サリアと恵梨香の会話に耳を傾けつつ、朔斗は考える

(レアボスがなかなか出ないよな。まあ十分の一の確率でしかないから仕方ないが……特級ダンジョンではまだレアボスが出ていないし、上級でも出現したのは一回だけ。できれば早めに稼いで超級モンスターセンサーが欲しいところ)

 収入面のみに焦点を当てると恵梨香のスキルに比べ、どうしても見劣りしてしまう『ギャンブラー』のスキル。

(それでもないよりマシだ。こんな言い方は本人にできないが。とはいえ、エリクサーはレアボスを撃破した際のほうが出る可能性が高いのは過去のデータから明らか。そこで真価を発揮してくれればいいか)

 そんな風に考え事をしている朔斗や、雑談をしている恵梨香とサリア、そして生配信をしつつ視聴者に話しかけている啓介。
 今日中にボスへたどり着く予定だということもあって、視聴者の人数はもの凄いことになっている。
 その数値を見た啓介はホクホク顔。

 と、そこで朔斗が声を出す。

「敵の反応を捉えた」
「位置的に部屋になってる空間やね」

 マップメイカーのモニターを見つつ、そう言ったサリア。

「わかった。いつもどおり俺が先行する。恵梨香とサリアは二十メートル程度離れてついてきてくれ」
「うん」

 恵梨香が返事をし、サリアは頷きながらモニターをアイテムボックスに収納した。
 それとほぼ同時に侵入者の存在を察知したモンスターたち。

「グゥゥゥゥアアアア!」
「グルゥ」
「グルルルゥ」

 お腹に響くような重低音の唸り声が四人の耳に入ってくる。
 無意識にビクンと身体を反応させた朔斗以外の三人。
 部屋まで残り三十メートルの位置までやってきた朔斗。
 そこから先はじりじりと近づいていく。

「出てきてくれたら楽なんだが……」

 そう言った彼は、通路の先が部屋となっているのをすでに確認できている。
 しかし、モンスターの姿は見えず。
 緊張感を高めた朔斗が一歩一歩ゆっくりと足を動かす。
 通路の途切れ目まで残り十五メートル。
 唸り声だけはずっと続いているが、モンスターが視界に映らない以上、【解体EX】を使用できない。

(これ以上近づくのは危険か……敵の数は十一体)

 モンスターを通路におびき寄せる必要があると判断した朔斗は、【ディメンションボックス】から直径一センチの球を数個取り出す。
 それを右手に握りしめ、オーバースローで通路の先へと投げ込んだ。
 そしてすぐさま次の行動に移る朔斗。
 瞬間、展開される魔法陣。

「【ウォーター】!」

 かざした手のひらの数センチ先から水が放出される。
 それは棒状で直径三センチほど。
 朔斗が使える水魔法は下級なため、正直なところ威力はあまり高くない。
 それでも魔力を多く注入したのなら、細い木であれば倒せる程度の攻撃力を持つ。

【ウォーター】
 系統:下級水魔法。
 発動時間:瞬時~。
 待機時間:なし。
 効果継続時間:瞬時~。
 対象:術者が指定する場所や範囲。
 効果:水を顕現させて操る。

 体内の魔力を練り上げ、魔法名を唱えて発動させるのが魔法。
 どれだけの威力を魔法に持たせるのかによって、込める魔力量を調整する必要があるし、手早く魔法を撃つためには、魔力を練り上げる時間を短くしなければならない。
 こうした理由があり、個人の技量や魔力量次第で、同じ魔法といえども歴然とした違いが発動時間や効果には表れてしまう。

 部屋に近づくにつれ水の高度は落ちていき、中に入って少しする頃には地面にまき散らされる。
 先ほど朔斗が投げたのは匂い玉と呼ばれる雑貨品。
 それは水に触れると即座に溶け出し、強烈な異臭を発生させるという効果を持つ。
 隠れている敵をあぶり出すときこそがこのアイテムの使いどころだ。
 朔斗の水魔法に反応した匂い玉は、ヘドロのような匂いを部屋に充満させていく。
 その効果は劇的だった。

「グゥアアア!」
「グルルアア!」
「ギャウアアア!」

 途端に暴れ回ったモンスターが朔斗の視界に映り込む。
 その姿はライオンの頭、山羊の身体、蛇の尻尾。

「キマイラかっ!」

 数体を視認していた朔斗へ向かって、一体のキマイラが通路を駆けてきたと同時に口を開いて炎を吐く。
 彼は考えるより早く【解体EX】を使用し、さらにしゃがんでから盾を前面に出し身を守る。
 朔斗が装備しているのは、真っ赤な色合いをしたファイアードラゴンシールド。
 これはファイアードラゴンアーマーセットを購入した日よりあとに購入した物で、炎に強い耐性を持っている一品。
 炎が自分の場所まで到達したと同時に消失したのを感じ取った朔斗は、すぐさま盾から顔を出す。
 ついさっき炎を吐いたキマイラと、さらに三体を始末していたので残りは七体。

 生き残っている個体がまた一体、通路に躍り出ながら口を開き炎を噴射する。
 それを感知していた朔斗は、その個体と後ろにいた数匹をまとめてスキルの餌食にした。
 同様の作業を数回繰り返すことで、全十一体の討伐に成功した朔斗。

「ふぅ」

 この洞窟が自然のものだったなら、これだけの火炎が放射された影響で酸素が急速に消失している可能性があるが、ここはダンジョンなのでその心配はない。
 なぜかなくなると同時に、酸素がどこからか供給され続けるのだ。
 そういった特性があるため、逆に酸素をなくして火を消すという手段は取れない。

「大丈夫!?」

 大きな声を出しつつ、駆け寄ってくる恵梨香。
 朔斗の横に来た彼女は中腰になり、心配そうにしゃがんだままの彼の顔を覗き込む。

「ん、ああ。平気だ」
「そっか、良かった」

 安堵した恵梨香に続き、サリアもやってきて朔斗を労う。
 それから三人は足並みを揃え、キマイラがいた部屋へと足を運ぶ。

「くさあああいいい!!」
「はよここから出ようや!」

 恵梨香とサリアが一気に言い切り、我先にと六つある通路のうちのひとつへ向かう。
 彼女ら同様、鼻をつまんでいた朔斗は、キマイラの皮や魔石を回収してから恵梨香たちに続く。

 キマイラを倒すために最善を尽くしたとはいえ、誰もが嫌いな匂い玉を使用したことで、四人全員の気分は落ち込んでいたが、特に怪我を負わずにボス部屋の前まで到着できた。
 そこで小休憩を取った<EAS>や啓介。
 そろそろボスへ挑戦というところでサリアが言う。

「【六面ダイス】を使うで」

 虚空に現れるダイス。
 カランコロンと音を出しながら転がったあと、出目が確定する。

「2かぁ」

 がっかりした様子の恵梨香の言葉。
 この数字は力が倍になるので、多くのパーティーでは有用と言えるだろう。
 しかし、<EAS>は基本的に敵を【解体EX】で倒すため、あまり有効ではないのだ。
 それでも朔斗が攻撃を防ぐ際などは剣を振るうので、まったくの役立たずと断じるまでいかない。

「行くぞ!」

 号令を下すと同時に、朔斗によって大きな扉が開かれる。
 ボス部屋の中にいたのは巨大な体躯をした犬型の魔物。
 三つの頭を持ち、それぞれの頭は独立して動いている。

「ケルベロス!」

 啓介の叫び声が呼び水となったのか、一瞬身体を沈めたケルベロスが一気に跳躍。
 その高さは十メートル。
 高度から三つの頭を使って火炎放射を試みたボスだったが、大きく開かれた口の中に炎が生成されたと同時に、すべての頭が血を噴出しながら地面に落下していく。
 朔斗の攻撃はそれで終わらない。
 次は四肢をそれぞれ切り離し、最後に胴体を皮、肉、魔石、骨へと手早く変化させていった。

 ケルベロスだったものが、どすどすどすと次々に地面に転がっていくのを映していた魔導カメラ。

「圧勝じゃん」

 思わず呟かれた言葉は、啓介の本心を表していた。
 そんな彼がコメント欄に目を移す。

 名無しの視聴者:ケルベロスうううう
 名無しの視聴者:けるちゃん
 名無しの視聴者:わんこきた
 名無しの視聴者:飛んだあああ
 名無しの視聴者:落ちたwww
 名無しの視聴者:おいw
 名無しの視聴者:ケルいいところなし
 名無しの視聴者:おいおいおい
 名無しの視聴者:まじかぁ
 名無しの視聴者:【解体EX】マジヤバイでしょ
 名無しの視聴者:ボス戦って、もっとこうさ……
 名無しの視聴者:熱い戦いが見たい
 名無しの視聴者:ギリギリの戦闘!
 名無しの視聴者:そりゃあ視聴者からしたらそうだけど、現場の人は楽に勝ちたいでしょ
 名無しの視聴者:圧勝劇すぎ
 名無しの視聴者:うーん、強いけど動画映えしないなー
 名無しの視聴者:え? 特級ボスがこんなに簡単にやられていいの?
 名無しの視聴者:それな
 名無しの視聴者:もっと頑張れよ、ケルベロスさん
 名無しの視聴者:お前らどっちの味方だしw
 名無しの視聴者:ケルベロスかわいそう
 名無しの視聴者:いや、それ言うなら<EAS>が涙目
 名無しの視聴者:だよなw
 名無しの視聴者:せっかくボス倒したのに、ここまでお祝いの言葉なしww
 名無しの視聴者:さくとくーーーん、おめでとー
 名無しの視聴者:朔斗きゅんラブ
 名無しの視聴者:いや、私は画面の前で小躍りしてたよ。無事に討伐したから
 名無しの視聴者:ほんとかそれ
 名無しの視聴者:ケルベロスよりもキマイラのほうが頑張ってた件
 名無しの視聴者:まじそれwww
 名無しの視聴者:同じ火炎放射炎
 名無しの視聴者:あっちは火炎を出せたのに、ケルちゃんは口の中まで……
 名無しの視聴者:ボスがボスじゃない件について
 名無しの視聴者:私初めてケルベロス見た。強そうだね
 名無しの視聴者:動画じゃあっという間に倒されたけど、実際はめちゃくちゃ強敵だからああ
 名無しの視聴者:それな
 名無しの視聴者:これ、下手したらボスが弱いって勘違いした探索者が、特級ダンジョンに行っちゃう?
 名無しの視聴者:www
 名無しの視聴者:さすがにそんな馬鹿いないでしょw
 名無しの視聴者:絶対いないww
 名無しの視聴者:ねw
 名無しの視聴者:え、いないよね?
 名無しの視聴者:いないっしょ
 名無しの視聴者:勘違い君がいないことを祈る
 名無しの視聴者:話変わるけど、【六面ダイス】の無意味具合w
 名無しの視聴者:うけるw
 名無しの視聴者:大丈夫、サリアさんのポジションは戦闘要員じゃないし……
 名無しの視聴者:なんてポジションだっけ
 名無しの視聴者:たしかうらやまポジションw
 名無しの視聴者:うらやまああ
 名無しの視聴者:朔斗君はずっと戦ってた、恵梨香さんは今から本領発揮、ケースケは頑張って動画撮ってた、サリアさんは?
 名無しの視聴者:マップメイカー
 名無しの視聴者:それw
 名無しの視聴者:そうだ、ちゃんと仕事してんじゃんww
 名無しの視聴者:わろたw
 名無しの視聴者:マップメイカーを持ちつつのナビなら、誰でもできるっていうね
 名無しの視聴者:いや、特級ダンジョンでだと怖いじゃん
 名無しの視聴者:あー、たしかに
 名無しの視聴者:おい、お前ら他人事だからってあんまりサリアさん下げるなよ、かわいそうだろ
 名無しの視聴者:<EAS>に在籍している以上、嫉妬を受けるのは仕方ない
 名無しの視聴者:真理
 名無しの視聴者:まあ一理ある
 名無しの視聴者:君たち、あんまり言わないほうがいいよ。<EAS>が気を悪くしたら、今後動画に出てくれないかもしれない
 名無しの視聴者:それは困る
 名無しの視聴者:ボス戦の楽しみはないけど、でもこれはこれで面白いからなぁ
 名無しの視聴者:朔斗きゅんは眺めてるだけで癒される
 名無しの視聴者:私も
 名無しの視聴者:あ、報酬箱開けるぽい
 名無しの視聴者:お、何出るだろう
 名無しの視聴者:超級治療ポーション2
 名無しの視聴者:超級体力回復ポーション4
 名無しの視聴者:転移石4
 名無しの視聴者:オリハルコンインゴット10キロ
 名無しの視聴者:恵梨香さん仕事しすぎっす
 名無しの視聴者:報酬箱の中身多すぎるw
 名無しの視聴者:ずるいいい
 名無しの視聴者:『大道具師』やばいね
 名無しの視聴者:『大道具師』っていうか、恵梨香さんがすごい
 名無しの視聴者:それな
 名無しの視聴者:たしかに。同じジョブでもスキルのランクって人それぞれだし
 名無しの視聴者:スキル構成は人によって違う
 名無しの視聴者:『大道具師』の基本スキルは【〇〇製造】
 名無しの視聴者:それ以外はランダムだけど、【獲得報酬品質〇〇アップ系】はつきやすい
 名無しの視聴者:【獲得報酬個数アップ】は相当レアなはず
 名無しの視聴者:だね
 名無しの視聴者:うらやま
 名無しの視聴者:【獲得報酬品質特大アップ】もかなりレア
 名無しの視聴者:たしかにそうだ
 名無しの視聴者:小、中、大、特大の4つだっけ
 名無しの視聴者:うん
 名無しの視聴者:『大道具師』でも普通に【獲得報酬品質中アップ】とかいるからね。ちなみにそれは私……
 名無しの視聴者:お、おう
 名無しの視聴者:どどどんまい
 名無しの視聴者:てか、オリハルコンって当たりだよね
 名無しの視聴者:だねー
 名無しの視聴者:うん
 名無しの視聴者:オリハルコンはいくら?
 名無しの視聴者:売却価格がキロで1200万円
 名無しの視聴者:今回は10キロだから、締めて1億2000万かー
 名無しの視聴者:基本的にダンジョン産の物は定価の六割が売値
 名無しの視聴者:だね。だからオリハルコンインゴットを、もしも購入するのならキロ2000万円
 名無しの視聴者:まあ金属だけを買う人は、個人で加工したり知り合いに頼んだり、業者だったり
 名無しの視聴者:それはどうでもいいw
 名無しの視聴者:<EAS>が超級ダンジョンを攻略するところも見たいなー
 名無しの視聴者:同じく
 名無しの視聴者:私も見たい
 名無しの視聴者:わたしもー
 名無しの視聴者:俺だって見たいな

 視聴者が超級ダンジョンの生配信を望んでいる旨を、コメントから察した啓介。
 今すぐは難しいかもしれないが、朔斗が超級のモンスターセンサーを入手してからなら可能性があるかもしれないと彼は考え、とりあえず交渉していこうと考えるのだった。
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