無双の解体師

緋緋色兼人

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二章

10:初めての特級ダンジョン1

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 五月十九日――二日間で英気を養った<EAS>のメンバーたちが朝方、WEO東京第三支部の大部屋に設置されたモノリスの前にやって来た。
 周囲から聞こえてくるさまざまな声。

「あれって<EAS>だよね」
「朔斗君、かっこいいぃ」
「これからダンジョンに行くみたいだね。どのランクにするんだろう?」
「可愛いなぁ、恵梨香ちゃん」
「あのパーティーに入れて、『ギャンブラー』の子は羨ましい……」
「ケースケがいないし、今回は動画の配信なさそうかなぁ」
「<ブレイバーズ>より注目を集めてるね」

 ぶしつけにならない程度に、視線をチラチラと朔斗たちへと向けているのは多くの探索者。
 女性が多めで男性は少ない。
 中にはフリーの探索者ではなく、どこかの企業の社員として雇われている者らも含まれていた。

 それらを気にしないようにしつつ、表面が碧く輝やくモノリスに朔斗は左手を添える。
 彼のすぐ前に浮かび上がったホログラムを操作すべく、朔斗の右手が動く。

《カードの発行》
《能力の表示》
《ダンジョンの選択》

 現れた三つの選択肢。
 当然朔斗は一番下を選ぶ。
 切り替わるホログラム。

《最下級》
《下級》
《中級》
《上級》
《特級》
《超級》
《神級》

 朔斗は初挑戦となる《特級》を選択。
 心なしか緊張しているのを感じる彼は、大きく深呼吸を行い、次の選択肢に視線をやる。

《獣系》
《亜人系》
《巨人系》
《植物系》
《不死系》
《悪魔系》
《水棲系》
《ランダム》

 特級のランクからは、これまでのように似たり寄ったりのモンスターばかり出現するダンジョンではなく、いろいろな敵が出てくることもあって、難易度が跳ね上がっている。
 ダンジョンのランクによって出現したりしなかったりするが、例えば《獣系》であれば白獣狼やケルベロスやベヒーモスなど、《亜人系》はリザートマン、サハギン、セイレーン、デーモンとかが敵として現れる。
 ちなみにデーモンは《悪魔系》でも出現するし、リザートマンやサハギンは《水棲系》にも存在していいるので、どこにどういったモンスターが出るのかの知識を身につけておくのはとても重要だ。

 ホログラムを操作した朔斗の目の前に表示される文字。

《悪魔系・特級ダンジョンへの転移》
《はい》
《いいえ》

「行こう」
「うん」
「おっけーや」

 朔斗の掛け声に反応する恵梨香とサリア。
 そして周囲の注目を浴びていた<EAS>はWEO東京第三支部から姿を消した。

 ダンジョンへと転移した朔斗は、【ディメンションボックス】からマップメイカーと、先日購入したばかりの特級ボス魔石を取り出す。
 五センチの立方体であるマップメイカーをモノリスに接触させ、次に特級ボス魔石をマップメイカーに近づける。
 魔石は丸形になっていて、その直系は約十五センチでサッカーボールよりも二回り程度小さい。
 カチンと小さな硬質音が聞こえたのと同時に、魔石がマップメイカーの子機に吸い込まれていく。

「これでオッケー。あとは頼むぞ、サリア」
「もち! 任せてや!」

 サリアが左手で持つのはマップメイカーの親機となるモニター。
 大きさは7.9インチとなっており、大きすぎず小さすぎずで使いやすい。
 モンスターと戦う際には邪魔になるマップメイカーを、本来であればダンジョン内を先導する朔斗が持ちたいところだが、彼はいつ出るかわからない敵を警戒しつつ、モンスターとエンカウントした際にはいち早く戦闘に取りかからねばならないので、サリアにマップメイカーを持ち運ばせ、それを見ながらの指示を頼んでいる。

 なぜ恵梨香ではなくサリアなのかというと、特級ダンジョンは初めてとはいえ、ダンジョン自体の経験が恵梨香に比べるとサリアのほうがかなり多いので、とっさの判断力や常日頃の立ち位置などは、彼女が断然に優れているからだ。
 大事そうにマップメイカーを持っているサリアを見て朔斗は思う。

(最下級のアイテムボックスを買ったし、マップメイカーが壊れることはないだろう……多分)

 最下級のアイテムボックスは容量が簡易トイレ程度しかない。
 しかし、価格は一個六〇〇万円となかなかのもの。
 上級ダンジョンでマップメイカーを使っているとき、サリアがモンスターに襲われそうになってハラハラした場面があったので、できればアイテムボックスを欲しいと朔斗は思っていた。
 株式会社シエンから一度限りではあるが、二割引きで雑貨を購入できる機会があったのは、僥倖と言っても差し支えなかった。

 サリアの指示に従い、足を進める朔斗たち。
 今回のフィールドは砂漠。
 所々に廃墟となった建造物があるため、そういった物の陰からモンスターが現れないか細心の注意を払わないとダメだろう。
 歩き続ける彼らに降り注ぐ日光。
 ダンジョン内であるにもかかわらず、太陽があったり月があったりする事実は、地球にダンジョンが出現して間もない頃であれば、混乱する者らが少なくなかった。
 しかしそれは今は昔で、もはや常識となっている。

 草原や岩場などに比べると、どうしても環境が悪いと言える砂漠だが、一応利点は存在している。
 それは何かというと、草原などに比べてダンジョン自体の大きさが一回り程度小さい点が挙げられるだろう。
 水魔法を使用できる者がパーティーメンバーにいない場合、飲料水や身体を清めるための水を持ち込む必要があるので、そういったパーティーはほぼ絶対に砂漠へと足を踏み入れず、速攻でチェンジを行う。

 足場が悪いためいつもより足取り重く進む朔斗は、約二十メートル前方にある砂色の廃墟へゆっくりと近づく。
 その距離が半分程度になった時、物陰から五体の魔物が飛び出す。
 その姿は小さく一メートルといったところで、頭髪はなく肌はダークグレー。
 背中から一対の羽を生やし、顔の面積に対して大きくぎょろりとした目が光る。
 とっさに叫ぶ朔斗。

「ヒュージインプだ!」

 ヒュージインプはインプの中でも相当強い部類。
 ただのインプであれば体長五十センチ程度で、ビッグインプは七十センチくらい。

「キシャシャキシャ」
「シャシャ」
「キシャキシャ」

 牙を見せながら恐ろしい速度で近づいてくるヒュージインプ。
 自身へを向かってくる三体に対し、朔斗は【解体EX】を使う。
 淡く発光したヒュージインプは虚空にて消失し、羽がひらひらと重力にしたがって舞い落ち、小さな魔石が落下してくる。
 仲間をやられたことを意に介さず、一体はサリアへと猛進していく。

 三体を処理した朔斗がすぐに振り向いた瞬間、マップメイカーをアイテムボックスに収納し終わっていたサリアが、敵の体当たりをギリギリ回避していた。
 そして、同時に朔斗の視界に入っていたのは、腹部に強烈な頭突きを食らって吹き飛ぶ恵梨香の姿。

「えりかああああ!」

 恵梨香へ追撃しようとしていたヒュージインプは、絶叫を上げた朔斗によって解体されていく。
 安堵する間もなく、彼は次の標的を視界に入れる。
 最後の一体だったヒュージインプは顔を歪ませつつ、火魔法を使用。
 十センチほどの魔法陣が宙に素早く展開され、モンスターの指先に灯った炎が秒もかからず巨大化していく。
 一メートル程度の大きさになった火の玉。
 それを確認した朔斗は焦りながらも【解体EX】を使った。
 すぐに素材となってしまったヒュージインプが発動しようとした魔法は、制御を失ってしまったことにより、宙に浮いたまま徐々に小さくなっていく。

 朔斗が【ディメンションボックス】から、中級治療ポーションと上級治療ポーションを取り出しながら、ヒュージインプによって十メートルほど後方へ飛ばされた恵梨香へと近づく中、使用者が倒されなければサリアへ向かっていき、甚大な被害をもたらしたと思われる火の玉や魔法陣が消失していた。

「うぅぅ……」

 お腹を右手で押さえ、うめき声を出している恵梨香の元へ朔斗がたどり着く。

「大丈夫か?」
「かはっ」

 朔斗の問いかけに答えられないまま、苦し気な表情をした恵梨香が血を噴き出す。
 その様子を見た朔斗は中級治療ポーションでは治しきれないと判断し、上級治療ポーションを恵梨香の口元へ持っていく。
 顔を歪ませた義妹が言う。

「の、飲ませて」
「ああ」

 ポーションが入っている小瓶を顔色の悪い恵梨香の口に当て、それをゆっくりと傾けていく。
 彼女の喉が何回も鳴る。
 すぐに穏やかな表情へと変化していく恵梨香。

「ふう」

 大きく息を吐いた恵梨香に朔斗が声をかける。

「無事で良かった。防具を新調していて正解だったな」
「うん、サイクロプスアーマーのままだったら、もっと怪我が大きかったかも……」

 実は、恵梨香が四月十七日に買ったサイクロプスアーマーセットは売却されていて、現在は三〇〇〇万円もしたワイバーンアーマーセットへと新調されている。
 最近購入したばかりだった防具を、そうそうに買い替えるという朔斗の提案に対し、一時は反対の姿勢を示していた恵梨香だったが、それでは今後の安全性に不安があると朔斗が自分の意見を押し通していたのだ。

「心臓に悪かったな」
「ごめんね……油断してた……」
「ああ。次からはもっと気をつけてくれよ?」
「うん」

 ダンジョンを攻略するにあたって、当然織り込み済みの支出であるポーション代。
 それを理解していたとしても、自分のミスによって一本の定価が一〇〇万円もする治療薬が消えてしまったのだ。
 今はまだダンジョンに入ったばかり。
 もし今回の出来事が、ダンジョンに潜って数日後に起きたのなら、積み重なった疲労のために仕方ないという見方もできたかもしれない。
 しかしそうではないのだ。

「次から頑張ろうやー」

 明らかに落ち込みを見せている恵梨香に対し、そんな言葉を大きな声を投げかけて元気づけるサリアだった。
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